四日目その4 真犯人
それから十分もしないうちに、ラッキービクトリー香椎店にはパトカーが大挙した。先行して来たのは轟木と草波だったが、轟木が手錠を掛けている間に草波がパトカーの無線を使っていたので、彼が呼んだのだろう。現場に警官が増えるのに比例して野次馬の数も一応は増えたが、店内にいた客の多くは、大して興味を示さず台に向き合っていた。ここまでくれば逆に感服する不動の精神だった。
警官の半数は、弾痕を取り囲んでメモや調べ物をしているようだった。コルネットが渡した拳銃も入念に調べられていた。肝心の轟木は、自分が乗ってきた覆面パトカーの後部座席を開けっぱなしにして桂を座らせ、草波や複数の制服警官と一緒に、その周囲を取り囲むようにして立っている。
私とコルネットが近づくと、敬礼して場所を譲る制服警官がいた。おそらく東警察署の者で、私の事を轟木と一緒に来た中央署の刑事だと勘違いしているのだろう。私は遠慮なく轟木の斜め後ろに立った。
「少しは落ち着いたか、桂」
最初に声を掛けたのは草波だった。他の警察官達よりも一歩前に出て威圧するように桂を睨んでいたが、それを見上げる桂は口の端を上げて嘲り笑った。
「ああ、落ち着いたよ。お陰で冷静に話が出来そうだ」
「なら連行する前に、少し事情を聞かせてもらうぞ。まず、パチンコ屋の中で発砲したのはお前だな」
「そうだな。流石にそれは認めるよ」
「あれは3Dプリント拳銃だな。どこで買った? もしくはお前が作ったのか? ゴム弾の入手先は!?」
「そう一気に聞かないでくれよ。えーと、まずなんだっけ?」
「拳銃の入手方法だ!」
「さあ……最近忘れっぽくて、覚えてないなあ」
「覚えていないわけがあるか! 冷静に話せると言ったのはどこの誰だ!」
「冷静に話してるさ。だから覚えてないの」
「桂ぁっ!!」
草波が喚き声を上げたが、桂はまったく動じていなかった。おそらく一年前の私物化事件の時に、警察には余計な事を話さなくても良いと学んだのだろう。確かに冷静な対応を心掛けているようだった。
拳銃を持ち歩いていたのも、私との会話を考えれば、自衛策だと思われた。既に発砲事件を起こしている彼にとっては、危険物を持とうが持つまいが、警察に肩を叩かれた時点でアウトなのだ。
「じゃあ、質問を変えるぞ。先日、香椎の貸倉庫からゴム弾が撃ち込まれたアンドロイドが見つかっている。これはお前の仕業だな?」
「……へえ。そんな事があったんだ。物騒だね」
「お前がやったのに、物騒だね、はないだろう!」
「いやいや、それも知らないよ。勘弁してよ刑事さん」
「てめぇ……!!」
草波は握り拳を震わせ、また一歩桂に詰め寄ったが、そこまでだった。轟木が対照的にニコニコ笑いながら草波の肩に手を掛けたのだ。その笑顔が意味するものはなんなのか草波も承知しているようで、彼は不満の表情を浮かべながらも引き下がり、代わりに轟木が桂の前で中腰になった。
「すまんねえ、うちの若い者がうるさくして」
「まったくだよ。刑事さん、しっかり教育して欲しいな」
「分かった分かった。……で、発砲は認めてくれたね。この後、署で取り調べになるんだけど、ちょうど昼食のタイミングになるだろう。どうだい、何か食いたいものあるかい?」
「……はあ?」
「昼飯の希望だよ。俺が奢るからさ。かつ丼でもうな丼でも、なんでも頼んでよ」
「おいおい、ドラマかよ。飯食って情にほだされて話すわけないだろ? 警察はどれだけ無能なんだよ」
桂はそう言って鼻で笑ったが、轟木の背中には動揺が見られなかった。むしろ笑顔に磨きを掛けている事だろう。私は桂に哀れみさえ覚えてしまった。
「まあまあ、そんなに遠慮しないでいいんだよ。長期間の実刑は確実なんだから、今のうちに美味しいものを食べなさいな」
「……長期間の、実刑?」
「そう。君は昨年、ベストエレキ社の備品を私物化して執行猶予が付いてたんだろ? 詳しい期間は知らないがね」
「……執行猶予二年だからアウトだよ。でも懲役は一年だけだ」
「そうはいかないんだな。3Dプリント拳銃は製造だけでも実刑二年の例がある。これが丸ごと乗っかって計三年。アンドロイドへの発砲と投棄……あと、もしも君が反社会勢力に武器を横流しでもしてようものなら、まず五年は超えるんじゃないかな。かわいそうに」
「ご、五年も……?」
桂は明らかに動揺した声を漏らした。盛った数字だろうが、効果はあるようだった。
「いやあ、五年で済めばいい方さ。私の読みでは八年だ。素直に罪を認めれば、もうちょっと短い可能性もあるんだろうけどね。ほら、そんなわけで昼は好きなものを食べなさい。……どうにでも取り計らってあげるからさ、私が」
おそらく、今の轟木はおぞましささえ感じる笑みを浮かべているのだろう。みるみるうちに凍り付いた桂の表情がそれを物語っていた。彼は口元を震わせて後部座席を降り、許しを請うかのように跪いて顔を横に振った。ある程度の懲役は覚悟していたのだろうが、轟木の笑顔が、その覚悟を突き崩した格好だった。
「け、刑事さん、違うんだ、俺、本当に……」
「何が違うんだい?」
「拳銃だ。俺が造ったんじゃない、庄司組に譲ってもらったんだ!」
「おやあ、庄司組と繋がりがあったのかい、君は。良ければ詳しい話が聞きたいな」
「も、もちろんだ。……まず庄司組の幹部、小田桐とは十年前、学生時代から面識があったんだ」
「恋人として、かい?」
「なんだ、もうそんなところまで調べられてたのか。……ああ、そうだ」
桂はアスファルトを見つめながら、消えてしまいそうな声で呟いた。捕まって消沈しているというよりも、幹部の小田桐という男に想いを馳せているようだった。この期に及んで哀愁に浸れるとは大したものだ。愛は人を狂わせるとはよく言ったものだった。
「……だが小田桐は出世した。俺はいつかお払い箱だろう。そこでベストエレキ社の武器をチョロまかして小田桐に流し、関係を続けていたんだ。その結果、会社をクビになったのが昨年の話だ」
「で、拳銃を譲られたってのは? 小田桐の命令で拳銃を渡され、撃ったって事かい?」
「そうじゃないんだ。クビになった後、俺もやくざになろうと思って小田桐に相談したんだが、無一文でやくざになっても上納金に苦労すると言われたんだよ。……そんな時、ある人物からアルバイトを持ちかけられたんだ。そのアルバイトをやり遂げる為に拳銃が必要だったんで、小田桐に貸して貰ったんだ」
その桂の言葉に、私の胸は強く震えた。彼の言葉の先には大方の想像がつく。この事件に黒幕がいるという事だ。まだ何も終わっていないのだ。パチンコ屋にいた彼には、私の事務所を空き巣できない事からも、事件が終わっていない可能性は考えられたが、いざ判明すると、それはそれで衝撃的だった。私は桂から視線を切らず、側にいたコルネットに「録音だ」と小声で告げた。コルネットが神妙に頷く気配があった。
「……裏バイトアプリってのが野良で落ちてるんだよ。表沙汰に出来ない依頼が高額で請け負えるんだ」
「サーバーを介さずに依頼できるから、片方を捕まえても、もう片方に辿り着けないって奴だろう?」
「さすがに刑事さんは知ってたか。……それで依頼を受けたんだ。細かい時間はアプリのメッセージを見ないと分からないが、先々週の土曜日、夜に冷泉公園前を通った奴を撃てって。報酬は二百万だった。罪に問われるのは分かっていたけど……金が必要だったんだ。もう一度、小田桐さんに愛して貰う為に……」
「で、アンドロイドを撃って連れ去り、投棄したわけだな。よく人目に付かなかったもんだなあ」
「それが、おかしいんだよ。……アンドロイドが来たのは、約束の時間よりも三分は早かった。しかも、あのジジイのアンドロイド『言うとおりにするから、人目に付かない所で撃って下さい』って自分から言うんだ。そのお陰で、誰にもバレずやり遂げられたんだよ。なんだっんだ、あれは……」
桂の告白を受け、警官達の中に小さなどよめきが沸き起こった。轟木と草波も腑に落ちない表情を見せ合っていた。私としてもジョンの思考はトレースできない。バグか、或いは正常な動作の下、そのように願った可能性もあるだろうか。だが、それを確認する方法が一つあった事に思い至った。私は前に進み出て、桂を見下ろしながら口を開いた。
「ジョンのメモリーは、お前が持っているな?」
「え? あ、ああ……自宅にある」
突然、先程まで取っ組み合いをしていた男から尋ねられたからか、桂はビクつく様子を見せたものの頷いた。
「なら、ジョンの考えはメモリーから分析できるな。あと二つ聞きたい。先週の土曜日、冷泉公園近くで私を尾行したのはお前か? それと今朝、私の事務所に空き巣が入ったようだが、犯人に思い当たりはないか?」
「な、なんだよそれ……俺はどっちも知らないぞ。本当だ、本当に知らない……」
「黒田! 捜査の邪魔をするな!!」
草波がまた喚き声をあげて、それ以上の質問を遮った。こうも連日怒鳴られると、私という存在が彼の栄養剤になっている気さえした。
「おい、誰かこの男とアンドロイドを外に出せ! こいつらは刑事じゃないんだ!」
「犯人を取り押さえた功労者に、随分な態度だな」
「うるさい。どうせ怪我もしていないんだろう! お前にもう用はないんだ!」
「そう騒ぐな。自分から出るさ」
私は肩を竦め、轟木に目礼を送ってからその場を離れた。後を付いてきたコルネットが「いかがしましょうか」と尋ねてきたが、まだ次の行動は決めかねていた。
今後、東警察署で更に徹底した取り調べが行われ、並行して桂の自宅調査も実施されるだろう。場合によっては庄司組も調べるかもしれない。その過程で何かしらの答えが分かる可能性はあるが、ジョンのメモリーの内容も含めて、全ては私が知り得る情報ではないのだ。
ひとまず金田ミーアに状況を伝えようと決めた私は、現場を覆っているバリケードテープを乗り越えながら、携帯端末で金田ミーアの番号を入力した。五回コール音した後で音声ガイダンスが電話に出て「端末に電源が入っていない為、掛かりません」と告げてきた。いつでも電話に出られるよう待機を命じたはずなのにだ。
「……コルネット、金田家に行くぞ」
「何かありましたか?」
「電話が切られている。嫌な予感がする」
◇
大濠までの道をビュートで飛ばしている最中、本日大活躍の携帯端末がまた鳴った。金田ミーアからの連絡かとも思ったが、取り出した端末ディスプレイに表示されていたのは『草波健二』の文字だった。普段ならまず受信しないし、今でも無視したかったが、そうも言ってられない。私は重い嘆息を零しながらも、コルネットに渡してスピーカーをONにさせた。
「おい黒田、今どこにいる!」
電話が繋がるなり、草波の乱暴な声が車内に響き渡った。雑音が殆ど聞こえない辺り、屋内からの電話かもしれない。
「大濠に向かっている。用件はそれだけか?」
「それだけなわけがあるか。すぐに東署に来い。正式な事情聴取がまだだろう」
「来い、という事は、お前も東署にいるのか?」
「そうだ。こっちには俺と東署の担当刑事がいる。轟木警部は桂の家の捜索令状を貰いに掛け合っているから不在だ。連絡してもつうじない。助けて貰えると思うなよ」
「ならちょうど良かった。そっちに向かう代わりに、教えて欲しい事がある」
「なんだ、言ってみろ」
「桂もそこにいるんだろう? 奴の携帯に裏バイトアプリが残っていたら、取引メッセージを正確に教えてくれ」
「何故、そんな事をしなくちゃならん」
草波は訝しむというよりも、純粋に疑問に感じたような声で尋ねてきた。金田ミーアが危ないかもしれないので情報を多く集めたい、と正直に告げたところで面倒臭い事になるだけだろう。私は轟木警部にまた借りを作る事にした。
「大濠へは、轟木警部に頼まれて向かっているんだ。メッセージを知りたいのも、その絡みだ」
「警部が? 何も聞いていないぞ」
「お前が信用されていないんじゃないか?」
「なんだと!? おい、何を頼まれたんだ。知っている事を全部話せ!」
「それは言えない。お前こそメッセージの内容を教えろ。後で警部に叱られても知らんぞ」
「……ちょっと待ってろ」
草波は吐き捨てるようにそう言って電話を保留にした。メッセージの確認ではなく、轟木へ連絡しているのかもしれないが、彼ならば何かしら事情があるのだと察して話を合わせてくれるだろう。
そのまま運転を続けて金田家の前に到着し、車を降りたところで、保留音が解消された。重要な情報を得られるかもしれないのに、草波の声を聞かねばならない時点で不愉快だった。
「……メッセージを確認した。ここで読みあげればいいのか? 結構数があるが、ざっと見た感じ、依頼者が特定できそうなメッセージはないぞ」
「犯行の手筈を指示した時のメッセージを読んでくれ」
「分かった。ええと……これか。『実行日は十一月三十日、午後九時三十分。喫茶大英から出てきた者のうち、前にいる奴を撃て』だそうだ」
「それだけか?」
「待て。もう少し文章が続いている。『アンドロイドのない社会を築く為、除かなくてはならない存在だ』とも書いてある。なんじゃこりゃ。依頼者はファラピンマフィアなのか? それにしたって妙だ。ターゲットのアンドロイドはただのハウスロイドだろうに」
「分かった。ちょっと用事ができたが、すぐに掛けなおす」
私は強引に草波の話を遮って電話を切り、金田家の玄関前に駆け寄った。金田ミーアが肌身離
さず持っていると言っていたロケットペンダントのチャーム部分が落ちていた。拾い上げ、暫し見つめてからコートのポケットに入れると、コルネットがそのポケットを見ながら声を掛けてきた。
「マスター、何故ペンダントが落ちているのでしょうか」
「嫌な予感が当たったな。金田ミーアの身に何かあったんだろう」
「これからどうされますか?」
「家の中を調べる」
「今度こそ、警察との合流を待った方が良いのではないでしょうか。依頼者がファラピンマフィアの場合、危険です」
「いや……おそらくファラピンマフィアは無関係だ。依頼文が、金田ミーアの情報に精通しすぎているのが気になる」
「アルバイトの終了時間を指定している点ですか」
「それだけじゃない。前を行く者をターゲットとして断定した事だ。ターゲットがたまたま後ろを歩いていたらアウトだろう? 実は、お前がいない時に金田ミーアから『ジョンはいつも自分の後ろを付いてくる』と聞いた事があるんだ」
「……マスター。依頼者が精通しすぎている点は承知しました。しかし、その行動パターンに照合すると……」
コルネットは目を激しく瞬かせ、金田家を見た。私もそちらに向き直って頷いた。
「ああ。犯行当時も前を歩いていたのは金田ミーア……つまり、本当のターゲットは彼女だったんだ。何故かジョンが走り出したので、計画どおりにはいかなくなったんだろう」
「そうなると、犯人の候補者は絞られますが……」
「それを確認する為、中へ入る。……いいか、コルネット。アンドロイドだからといって、桂の時みたいに無茶はするな。当たり所が悪ければリカバーはできないんだ」
私はコルネットを鋭く見つめてそう言い、玄関のノブに手を掛けた。ゆっくりと回してみるとドアを引く事ができた。室中では靴が散らばっていて、玄関マットも土間に落ちている。中に押し入った際に乱れたのではなく、外に出る際にひと悶着あって乱れたようだった。
それでも警戒は怠らず、足音を立てないようにして中に入り込み、まずはリビングを確認したが、玄関とは違って争った形跡は何も無かった。リビングに繋がっている和室と、トイレや浴室も確認したが、そこも変わった様子はなかった。
「マスター、二階も探しますか?」
「おそらく、二階には私室があるだろう。むしろ本命だな。調査は主に俺がやるから、お前は背後を警戒していてくれ」
「承知しました」
コルネットの了解を得た私は、リビングに戻ってもう一度室内を一瞥し、隅に立てかけられていた箒の柄を取り外して構え、階段を昇った。二階は廊下が左右に分かれていて四つのドアが見えたが、そのうちの一つが半開きになっていた。
壁際で半身になって半開きのドアの中を覗き込むと、中は十畳ほどの広さで、書類や本が散乱し、パソコンチェアが横倒しになっている。ダブルベッドがあった事と、壁には男物の服が二点掛けられていた事から、金田慶の部屋と見て間違いないだろう。人の気配がないのを確認して中に入ると、先程は死角で見えなかった服がもう一つ掛かっているのが確認できた。まさかと思ったが、手に取ってみると大自然教の白装束だった。
「マスター、その白装束が気になるのですか?」
背後のコルネットが、廊下の警戒を切らずに尋ねてきた。私は頷きながら、白装束を元の場所に戻した。
「調査開始初日に尾行されたのを覚えているな。あの時、僅かに見えた尾行者の服が、これと同じものだった」
「それでは、私達を付けていたのは……」
「おそらくは金田慶だ。……だが、娘が胡散臭い探偵に騙されていないか調べただけかもしれない。金田ミーアに害を成そうとしているのが、父の金田慶と結びつけるのは、まだ早い」
「では、他の部屋も確認ですね」
「そういう事だ。答えが見つかるかもしれない」
私は部屋を出て、他の三部屋も用心深く調べたが、金田親子の姿はどこにも見当たらなかった。まだ中を調べたものか、それとも外に出た方がいいのか、考えを纏めるべく煙草を取り出そうとしたが、ポケットの中で先に手に当たったのは、先程放り込んだペンダントのチャームだった。
おもむろに取り出して手のひらに乗せ見つめていると、中に願い事が書かれているのを思い出した。チャームを開けると四つ折りになったノートの切れ端が出てきて、そこには女性らしい柔らかなタッチで、呪わしい言葉が書かれていた。
コルネットもそれを覗き込んだので、私はチャームごと彼女に渡して二階を駆け下り、同時に携帯端末を取り出して着信履歴最上部の番号に掛け直した。草波はワンコールで電話に出た。
「用事は済んだか、黒田」
「済んだ。真犯人が分かったぞ」
「なに!? どういう事だ」
「時間がないから一度しか言わないぞ」
声量を増す草波に張り合うように、私も声を大きくしながら玄関を出て、車に乗り込んだ。
「今、金田ミーアの家にいるんだが、玄関に鍵が掛かっておらず、中には争ったような形跡がある。父親の慶が、金田ミーアをさらってどこかに監禁した可能性がある。金田ミーアとは事前に接触していたが、その時に『常にジョンの前を歩いている』と聞いているんだ。それと依頼メッセージを照らし合わせると、ターゲットも本来はジョンではなくミーナの方だ」
「事前に接触? 初耳だぞ」
「お前には言っていないだけだ。轟木警部が知っている」
「てめぇ、どこかで嘘ついていやがったな! ……で、それで何故、父が監禁したと言い切れる!? 真犯人は別にいて、父も一緒に被害に遭っている可能性があるだろう」
草波は機嫌の悪さを隠そうとせずにそう吐き捨てたが、質問の内容は的確だった。私としても、ここで面倒な話をするようなら、警察の助力は受けないつもりだった。
「金田慶の部屋には大自然教の白装束があった。おそらく奴は教団員だろう。アンドロイドを批判するようなメッセージはそれ故だ」
「しかし」
「もう一つある。金田ミーアが肌身離さず持っていたはずのペンダントが、玄関に落ちていた。中には彼女の願いが書かれていたんだが……文面は『父に裁きを』だ」
「父に……裁き……?」
「金田ミーアが何故そのような願いを残したのか、金田慶と大自然教が何故金田ミーアを殺そうとしなくてはいけないのか、それは分からない。だが、金田ミーアの命が危ない。二人とも自宅にはいなかったから、今から外を探す。警察にも力を貸して欲しい」
「黒田……」
草波は噛みしめるように私の名を呟き、少し沈黙した。私はその間に、携帯端末をコルネットに渡して車を動かした。思いつく場所は二ヶ所、金田慶の畑と大自然教関連施設だった。
より厳重に金田ミーアを監禁できるのは後者だろう。教祖様の命令とあらば、人さらいや殺人に手を染めてもおかしくない集団なのだ。私は先日訪れた孤児院に車を向けようとしたが、ハンドルを切る前に、庵の爬虫類のような目を思い出した。
「……黒田。お前のつまらん推理を信じたわけじゃない。警官を出すよう上に掛け合っても、どうなるかは分からん」
ふと、携帯端末から草波の声が聞こえてきた。何に対して気後れしているのかは知らないが、珍しく葬式のように消沈した声だった。私は、その時には目的地を完全に定めていた。
「それで?」
「だが、微小な可能性であっても、市民に命の危機が迫っている以上、やれる事はやる」
「警察の面子を気にしなくてもいいのなら、お前も少しは良心的な判断を下せるんだな」
「抜かせ。で、どこを調べるんだ?」
「金田ミーアの父は大濠の郊外に畑を持っている。人を軟禁できそうな納屋付きでな。そこを当たる」
「分かった。大勢の援軍をあてにはするなよ。皆、桂の調査で忙しいんだ」
「一人でも来てくれるなら助かる」
「よし、住所を教えろ」
「コルネット、詳細な住所を検索、回答しろ」
私は通話相手をコルネットに押し付けて、アクセルを踏み直した。教祖の庵はイカれていたが、決して無能な男ではない。大自然教の敷地内で迂闊な行動は取らないだろう。この読みが外れたら、と思うと寒気がしたが、それを押し殺して畑へと車を飛ばした。