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量子が求めた煙  作者: 加藤泰幸
四日目
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四日目その2 ベストエレキ社での会談

 ベストエレキ社の本社ビルは、天神の一等地に建っているという事もあって敷地は広くないが、その分縦長で二十階以上あり、天神ではトップクラスのスケールを誇っている。私はそのビルを見上げて、このような大企業にアポ無しで乗り込む方法を考えたが、その手立ては一つだけあった。あの話題を出せば、とりあえず彼と話す事は可能だろう。


 視線を下に戻すと、一階はガラス張りで壁際に応接スペースが複数あり、スーツ姿の中年男性二人が話し込んでいるのが外から見えた。自動ドアを潜って中に入ると、正面には博多署同様に受付カウンターがあり、中には女性型のアンドロイドがいる。

 脇にはセキュリティゲートと監視アンドロイドが見えた。社員と思われる何名かが監視アンドロイドに携帯端末をかざしてゲートを通過しており、私がここの社員なら出社するだけで神経がすり減りそうだった。だが、ベストエレキ社のような大企業でなくとも、現代の企業にとっては、二十四時間対応できる受付とセキュリティゲートの設置はスタンダードなのだ。



「ちょっといいだろうか」

「はい。ご用件をお伺いいたします」

 受付に寄って声を掛けると、受付のアンドロイドが、やはり流暢な口調で返事をしてくれた。


「資材管理部の大物係長に用があるのだが」

「お名前とアポイントメントの有無をお伺いしても宜しいでしょうか」

「黒田という者だ。アポはないが、大事な用がある。イエローハイライトアイに関する話だといえば出てくるはずだ」

「承知致しました。連絡致します」



 私はその場で返事を待たず、コルネットに手で合図をして応接スペースに向かい、勝手に腰掛けた。暫く待つと案の定、受付アンドロイドが「すぐに降りてきますので暫くお待ち下さい」と声を掛けてきた。

『暫く』の程度によっては喫煙スペースを探して一服しようかとも思ったが、その前にポケットに入れていた携帯端末が震えた。片手運転で取り出すと、東郷奈々からの着信だった。




「黒田だ」

「あたしだ。今、電話いいかい?」

「ああ、少しなら大丈夫だ」

 私はそう言いながらセキュリティゲートの奥を見た。エレベーターが二つ並んでいたが開く気配はなかった。


「あんた、ついさっき店の前を走って行ったね?」

「そうだ。よく見ていたな」

「その直後に、階段を上がる足音がしたんだ。他のテナントに用事かとも思ったが、どうにも嫌な予感がしたんで様子を見に行ったんだよ。そしたら、あんたの探偵事務所が荒らされてたんだ」

「なんだって……?」


 私は狼狽の声を抑えられず、携帯端末を持つ手に力を込めた。「どうやって」という言葉が真っ先に浮かび上がったが、よく考えれば、事務所を飛び出した為に鍵をかけていなかった気がする。どうもこうもないのだ。ここに来る途中で感じていた忘却も、この事だろう。



「中の状況は詳しく調べちゃいないが、備品室が引っ掻き回されてたみたいだよ」

「備品室……? 金庫は?」

「金庫やデスク周りは綺麗だったね。あんたの所に保管するだけの現金があったとは驚きだ」

「いや、中身は事務所の書類だ。備品室の何が捕られたかは……分からないよな?」

「そうだね。あたしには分からん。実際の被害状況はあんたが確認した方がいい」

「そうだな……しかし、誰が……」


 私はそう呟きながら、煙草無しで頭の中を整理した。少し時間がかかったが、まず思いついた容疑者は先日の尾行者だった。事務所にある何かを目的にして、ずっと私の行動を見張っていた……なくもない話だが情報が少なく、どうにも煙がかった推理になってしまう。


 この様な時は、とにかく最大のリスクを避けるように動くべきだが、それは拳銃だった。ジョンを撃った者が、事件を調査している私の事も把握していた場合、事務所にいる者に危険が及ぶだろう。



「……奈々さん、今は事務所にいるのか? それともシナトラに戻ったのか?」

「シナトラだよ」

「良かった。もう事務所には上がらないようにしてくれ。絶対だ。犯人は拳銃を持っているかもしれない」

「おや、物騒な話になってきたね。犯人に思い当たりがあるのかい?」

「容疑者候補がいる。……いっそ、巻島が犯人だった方が気が楽だな」

「冗談を言えるなら、頭は冴えてるね。あんたこそ気を付けな。クールに動くんだよ」

「ありがとう。ついでに二つ頼みがある。私から少し遅れて、アジア系のハーフの少女がビルを出たはずだ。自宅に帰るよう言い聞かせたが、もしその少女がシナトラに駆け込む事があれば、保護してやってくれ」

「お安い御用さ。もう一つの頼みは?」

「ちょっと待ってくれ」

 私は一度携帯端末を耳から離し、コルネットを見た。ずっと話に聞き耳を立てていた彼女は、待っていましたと言わんばかりに一歩私に歩み寄った。


「受付で電話を借りて、金田ミーアに電話をしてくれ。タクシーに乗って帰宅したかどうかの確認と、外出禁止の念押しだ」

「承知しました」

 コルネットは余計な質問を挟まず、すぐに背中を向けてキビキビと受付へ向かった。その背中が頼もしく感じられるようになったのに、私は思わず苦笑を零し、携帯端末を持ち直した。



「待たせたな、奈々さん。もう一つの件だが、庄司組に武器が流れている噂があったな。あの武器の出処について、何か続報があれば教えて欲しい」

「タイムリーだね。昨晩ちょっとだけ情報が入ったんだよ。確かに武器を流していたのは幹部の愛人だった」

「名前は分かるか?」

「桂清春」

「愛人が男か……幹部も男なんだよな?」

「ああ。別にこの街じゃ珍しい話じゃないだろう」

「奈々さんのいうとおりだな。……しかし、桂か。ありがとう。その名前の方が、今の俺にとっては衝撃的だ」


 私は平穏を装ってそう言ったが、心臓は強く高鳴っていた。『桂』の苗字ならば『カッちゃん』のニックネームは成立する。幾つかの事象が私の中で繋がろうとしていた。それを頭の中で整頓しようとしたが、その前にセキュリティゲートの奥から大物が降りてくるのが見えた。答え合わせは、彼と一緒にやる事になりそうだった。


「ちょっと込み入りそうだ。これで失礼する。警察には後で俺から連絡する」

「あいよ。情報料、忘れるんじゃないよ」

 返事と同時にぷつん、と通信が切れる音がした。携帯端末をポケットに戻したところで、大物はゲートを潜って私の前にやってきた。その後を追うようにして、連絡を終えたらしいコルネットもやってきた。




「やっぱりあんたか。会社に押し掛けるなんてどういうつもりだよ……!」

 彼は呻くような声を上げながら私の前に立った。息は軽く切れているようで、目は明らかに泳いでいた。イエローハイライトアイの一言は思いの外、効果があったようだ。私が返事の代わりに向かいのソファを指差すと、彼は少し躊躇したものの、やがて身体を投げ出すように腰掛けた。



「で、なんの用だよ。まさかイエローハイライトアイを買った事で警察が……」

「当たらずとも遠からじだ。まずは俺の話を聞け」

「あ、ああ……」


 私の言葉を受けて大物の視線は落ち着いたが、身体はまだ忙しなく揺れているようだった。しかし私としては、これ以上彼の落ち着きを待つ暇は無かった。



「まず、君のイエローハイライトアイは、俺が探しているアンドロイドの物だった。何者かが取得後、警察に届けず売ったのだ」

「……やっぱり、そうだったのか」

「そして問題はここからだ。そのアンドロイド本体が見つかったんだが、メモリーは抜き取られ、警備用アンドロイドの銃弾が撃ち込まれていた。通常、これを使用できるのはベストエレキ社か警察だけなので、警察はベストエレキ社を疑っている」

「は、はあっ!?」


「声を抑えろ。警察は今日中になんらかのアクションを起こしてくるだろう。そうなると少々厄介な事になる。特に資材管理部であり、イエローハイライトアイにも関連しているお前は怪しまれる」

「ち、違う! 俺は何も……」

「安心しろ。俺もお前がやったとは思っていない」

 私が釈明の言葉を遮ると、大物もそれ以上は無駄口を叩かず、神妙な表情で頷いた。感情が豊かな男ではあるが、話がつうじないわけではない。どちらかといえば好きなタイプの男だった。



「そ、そうか……」

「だが警察は別だ。介入を逃れるには真犯人を見つけるしかないが、お前にも協力して貰う必要がある」

「何をすればいいんだ。言ってくれ」

「前に会った時も話したが、昨年、ベストエレキ社の備品を私物化していた男が解雇されていたな。コルネット、ニュース記事を検索して彼に概要を告げてくれ」

 横に立っているコルネットにそう告げると、彼女は即座に頷いて大物の方を向いた。


「承知しました。……昨年十一月三日に、資材管理部係長の男性従業員が、書類を改ざんして警棒二本を私物化していた為、解雇されています。業務上横領罪に問われましたが、私物化した品数が少なかった事もあり、執行猶予判決となりました」

「あ……ああ、そのとおりだよ。同じ部署の人だったから、あれには驚いたな」

 大物は訝しみながらも頷いた。どうやら、彼にはまだ話の先が見えていないようだった。この先はしっかり説明しなければ彼の信用を勝ち取る事が出来ない。私は猛烈に煙草が吸いたい気分になったが諦め、居住まいを正して話を続けた。



「その男の身元を教えてほしい」

「その人を怪しんでるっていうのか?」

「そうだ。動機や人となりは何も知らないが、警察とベストエレキ社以外で、弾丸を所持できる可能性があるのはその男だけだ」

「待て、待て待て。可能性はあっても根拠はないだろう?」


「そうでもない。見つかったアンドロイドには不自然な点があったんだ」

「不自然な点……?」

「ああ。弾丸が残っていた事だ。用心深くメモリーを抜き取って、自分の情報を掴ませないようにするなら、身元に繋がる弾丸も排除するのが自然じゃないか」

「それは……まあ……」

「犯人はあえて弾丸を残したんだ。ベストエレキ社か警察か、どちらでも良いから嫌疑が掛かるように。そうすれば、元ベストエレキ社の自分をカモフラージュできる」

 私がそう言うと、大物は少し考え込む様子を見せた後で頷いた。だが、彼の表情にはまだ疑惑の色が浮かんでいた。



「それは分かった。でも、警棒はすべて返還させたし、そもそも弾丸は私物化されてないんだぞ。解雇後に資材管理部に忍び込んで手に入れたって事か?」

「それは無理だろう。従業員エリアは二十四時間アンドロイドが守っている。それよりも、改ざんした書類の内容を疑うべきだ。本来は更に多くの備品を私物化しながら、露見した時の保険として、私物化した点数を少なく見せかけた可能性がある」

「……確かに、警棒を一つ二つ私物化しても、何のメリットもない。更に多くの物をチョロまかしていた可能性は……なくもないが……」


「そしてもう一つ。大きな口では言えないが、一部の暴力団に出処不明の武器が流れている。流したのは、桂清春という名の男だそうだ。……もしかすると、その私物化した男と同じ名前じゃないのか?」


 私のその言葉に、大物はビクンと肩を跳ね上げた。どうやら同一人物で間違いないようだったが、名前の照合だけなら、ネットの記事を深く調べれば私でも可能だった。私が必要としているのは、ベストエレキ社の人間しか知らない、桂の所在に関する情報だった。




「桂の情報を教えてくれ。俺が今日中に当たってみる」

「……解雇された人の情報とはいえ、漏洩に違いはないな。場合によっては警察じゃなく、会社からお咎めを受けるかもしれない」

「だろうな。せっかく桂の後釜で係長になったのに、ヒラ降格もあるだろう」

「でも、話すよ」

 大物は小さく溜息を零しながらそう言った。重苦しい表情を浮かべてはいたが、目つきは死んでいなかった。


「聞いておいてなんだが、お前のこれからの話が真実だという保証が欲しいな」

「ははっ、抜け目がないな。……仮にその男が犯人だと立証できれば、俺だけじゃなく、会社自体が嫌疑を回避できる。漏洩も大目に見て貰えるはずだ。あんたの推理に賭けてみるよ」

「責任重大だな。よし、話してくれ」

「分かった。確かにその男の名前は桂清春だ。年齢は……確か四十歳前後だ」

 大物は体を屈め、ほとんど囁き声でそう言った。


「桂には同性愛者という噂があったんじゃないか?」

「そんな事まで調べてるのか。そのとおりだよ。ジャミラ似の親父とウルトラファイトしたとか笑えない冗談を言われた事もあった。……なあ、俺の協力、本当に必要なのか? 十分詳しいじゃないか」

「必要だ。住所が知りたいな。的確なやつを頼む」

 私がにやりと笑ってそう告げると、大物は釣られて苦笑を浮かべ、ゆっくりと頷いた。


「在籍時は香椎だったが、今もそうだと思う。解雇された後は金に困っているが、それでも香椎に住んでいるって話を、同僚から聞いた事がある」

「香椎か。どうやら当たりのようだ」

「何か思うところがあるみたいだね。正確な住所、確認してこようか」

「頼む。できれば写真も見たい。俺は今から香椎に向かうから、この前連絡していた番号宛に、ショートメッセージで連絡をくれ」


 私はそう言い、大物の返事を待たずに立ち上がって背を向けようとしたが、先に大物が腰を上げて、慌てて私の前へと回り込んできた。




「何か、まだあるのか?」

「ああ。そうだな、まあ……」

「急いでくれ。少しでも早く動きたいんだ」

「イ、イエローハイライトアイの事だ!」


 大物は先程までの小声から一転して、来た時よりも大きな声を張りあげた。隣の応接スペースにいた男達が驚いてこちらを見たが、大物はそれを気にする素振りもみせず、私に一歩詰め寄った。



「事件が落ち着いたら、イエローハイライトアイを、持ち主に返してくれないか」

「桂が犯人だと立証できれば、イエローハイライトアイを持っていても疑われる事はないんだぞ?」

「そんな事は分かってる。……でも、あんたと最初に会った時に聞かされた『BE-401HRのマスターもアンドロイド好き』って話が、ずっと心に引っ掛かってるんだ」

「大物……」

「イエローハイライトアイは、確かに欲しいよ。でも、自分のアンドロイドが撃たれて、目玉までくりぬかれるなんて辛すぎる。同じアンドロイド愛好家として同情するよ……」


 大物は沈痛な表情を浮かべて肩を落としながら言った。私は彼らのようにアンドロイドを人間と同じように思ってはいなかったが、何かを深く愛する事については多少なりとも理解しているつもりだった。

 これから、世の中は彼らのような人間が大多数を占めるのだろうか、それとも大自然教やファラピンマフィアの工作によってアンドロイドはただの機械に成り下がり、彼らはマイノリティになるのだろうか。私は視界の端でコルネットを見て、それから大物の肩を軽く叩いて前に進んだ。



「返したいなら自分で返せ。セッティングはしてやる」

 視界の端で大物がはにかんだような気がした。だが、振り返ってそれを確認する事もなく、私とコルネットはベストエレキ社ビルを出た。

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