告白に友達を使う女子
遅刻の事情を説明した私達は、先生から怒られることはなかった。そして、一時限目の終わりがけに教室に入っていった時の視線は、なかなか快感だった。目立つってもっと嫌な感じだと思ってたけど、違うみたいだ。
そして、この日も愛梨に話しかける人はいなかった。
「体調大丈夫?」
そしてそして、私のことを心配してくる人はいても、愛梨について聞いてくる人もいない。
「うん、ありがと」
私と愛梨は教室では意図的に距離をとっていたから、ただの介抱された人とした人という関係にしか見えなかっただろうし。でも、この流れで愛梨が助けてくれたことを話題に出さないのは、なかなか露骨だよね。関わりたくないのが見え見えで、逆に微妙だと思う。でも、この教室は、そんな場所なんだ。
Q:世の中には、興味本位で口に出してはいけないことがあると思いますか?
昨日自殺した男の子の話はタブー。触れてはいけない、触れたくない。どちらかわからないけど、誰も口にはしない。
Q:イジメをしていた男の子たちの様子はどうですか?
加害者達は今日も普通に学生として過ごす。でも内心穏やかではないはずだ――――明らかに、露骨に大人しい。一体どんな気持ちなのだろうか。イジメていた相手が死んでしまったという取り返しがつかない事実は、彼らの未来やこれからの人格形成に影響を与えるのだろうか。
Q:何故死んだのか。それを想像することは無意味なのでしょうか?
彼が何故死んだかは、他人にはわからない。つらかったから、復讐したかったから、それともそんなわかりやすい感情ではなく、ただ、ただ限界であるという漠然とした恐怖が彼を押しつぶしたのか?
「どうやって自殺したのかな。苦しかったのかな?」
昼休み。空いた席を見て、突然泣き出した女子。連鎖するように三人泣いた。彼と仲良くしていたわけでもないくせに。でも、私は彼女たちを偽善者だとは思わない。彼の死は私達に「リカイデキナイ、リカイガムツカシイ」という感覚を与えてしまったから。むしろ泣いている彼女たちは、正常だ。心の奥底で許せないのだろう、自分のいる教室で自殺という不幸が起きてしまったことが。嗚呼、なんだか私まで泣きそうになってきちまったぜ。
******
放課後。帰り支度をして教室を出た私に、担任の先生が指導室に来るようにと言う。気を使ってくれているのか、周りにはわからないようにこっそりと。
冷や汗、動悸。まさか、あの紙飛行機――――だがそれは杞憂だった。だって指導室には、愛梨がいたから。
「お前たち二人が、駅で楽しく喋っていたと報告があったぞ」
目が泳いでしまったのは、まだ私の感情が紙飛行機から離れていなかったから。
「本当に体調悪かったんです……落ち着いてから、少しお話はしましたが……」
ちゃんと説明しよう。ここで印象を悪くしたら、愛梨にまで迷惑をかけてしまうかもしれない。
「そうか。まぁ、今回はそういうことにしておこう」
「そういうこ――」
先生、全く信じてくれてない? そういう言い方はよくないんじゃないの?
「私が、少し喋っていこうって言ったんです。☓☓☓☓さん貧血みたいだったんで、すぐ動くと危険かなって。報告してきた子に、そう説明しておいてもらえますか? 先生から」
愛梨が遮るように私をかばった。そのおかげで私は、愛梨をかばいそこねてしまった。ありがとう。
「ん、それは良い判断だな。疑うような言い方をして悪かった」
「いえ。私こんな髪してますし、よく誤解されるんで」
どうして愛梨はこんなに堂々としているのだろう。それに比べて私はビクビクビクビク。
「そうだ☓☓。おまえはいつその頭を黒くしてくるんだ?」
先生は、愛梨を名字で呼んだ――――この学校で彼女を下の名前で呼ぶ人は、私しかいないのかもしれない。
******
帰り道、私が言葉に詰まっていると、愛梨が唐突にスマホの画面を見せてきた。
「……?」
「歌詞、書いたんだけど。見てよ」
「本気でバンドやるつもりなの?」
「そういうわけじゃないけど」
初めて喋ってから、まだ丸一日経過してもいない私達。その会話はまだ、噛み合っていない。
「私、もしなれるなら作詞家になりたいんだよ。読んでくれる?」
「うん」
自信に満ち溢れた顔なのか、それとも恥ずかしげな顔なのか。ただ一つ分かったことは、愛梨には夢があるということ。
『暴力はR15、セックスはR18。結局大人たちが隠したいのはセックスだ。暴力を振るう人より、セックスをする人のほうが多いのに』
…………セックスって書いてあるの、平気で人に見せれるのすごいな。リアクションに困るよ。
「どう?」
歌詞とかよくわからないけど、なんか語呂が悪い気がする。歌いにくそうと言うか。うう、なんて言おう。
「いまいちそうだね」
「そ、そんなこと……ちょっとあるかも。ごめんね、素人なのに」
「大丈夫、私も素人だから。はっきり言ってくれてありがと」
ここは嘘をついてはいけないところだと、私の本能が警告する。はぁ、人の書いたものにダメ出しするのって、かなりきついね。
「じゃあこれはどうかな?」
真剣な愛梨。友達として、見るしかない。次の歌詞は上手でありますように!(褒めるのは簡単だし。)
『告白に友達を使う女子、秘めた思いとは何なのか?』
あ、なんか今度のは悪くない気がするね。
「良いと思うよ。考えさせる感じして」
上手に褒めれたかな?
「私ひねくれてるから、こんなのしか書けなくてさ」
私は愛梨の歌詞、意外と素直だと思ったけどね。
「☓☓☓☓、書いてみてよ。作文とかうまそうじゃん」
「え、作文と歌詞は違うでしょ?」
はっきり断れなかったのは、ちょっと興味を持ってしまったから。