ジショウコウイズ
それから私達は、少し会話をした。学校に遅れるかもと思いつつ、なんだかとても楽しくて。
「え、愛梨さんも眠れないの?」
「うん。私も不眠症とかで病院通ってるよ。あ、あと愛梨でいいから、私いきなり☓☓☓☓って呼び捨てにしてるし」
「えっと、うん。愛梨」
愛梨さん、いや愛梨はなんだかとても話しやすかった。昨日のとっつきにくさが嘘みたいに。だから私達は色々話した。でも――――その空気を壊してしまったのは、私の不用意な発言だったんだ。
「妹がさゲームばっかりやってるの。昨日だって、体調悪いからとか言って夕飯食べてすぐ部屋帰ったくせに、心配して見に行ったらスマホでゲームやってたんだよ?」
「体調悪い時ってむしろゲームとかやりたくない? 気を紛らわしたいしさ。スマホ触るくらいなら負担少ないし」
え、なんでそんなこといきなり言われないといけないの? 確かに……いきなり愚痴みたいなこと言っちゃったけど。
「レ……レズビアンって、ロックだよね。生き方的に」
あ、今私取り繕った。自分が恥ずかしくて、取り繕って相手を褒めた。
「別に。好きでなったわけじゃないし。それにさ、レズってただ女が好きってだけだから、そういうのじゃないと思うよ」
しまった。これ、私が中学の時孤立したパターンだ……また、やっちゃったな…………。どうしよう、今度こそどうやって取り繕おう? っていうか私、なんでいきなりそんな話しちゃったんだろ? ちゃんと説明したらわかってくれるかな? 別に馬鹿にしようとしたわけでも、差別したわけでもないって。でもここで、私は偏見ないって言ったら嘘みたいになるよね……。どうしよう、こういう時の無言は一番の不正解なのに、なんか喋らなきゃ、なんか喋らなきゃ。
「私、この街に自殺しに来てるんだよ」
「え」
え? 何の話? 怒ってる? やっぱり怒ってる? すごく怒ってる?
「私が私でいようとするだけで、世界は私を苦しめる。だから私は私じゃなくなるためにここにいるのかなって。それってさ、生きてるまま自殺するみたいなもんでしょ?」
「ごめんね、私だってそんなつもりで言ったんじゃ――」
あ……なんで私そんなこと言って、違う。私が伝えたいのは、こんな自分擁護の言い訳みたいなことじゃなくて……。
「そんなつもりってどんなつもりだよ。本音でレズ理解してたら、あんな事言わねぇし」
「私そんなに人と話すの上手じゃないんだよ! 緊張しちゃうし!」
大声出しちゃった。恥ずかしいな……周りに人だっているのに……。もうダメだ、どうしよう。愛梨、気が強そうだし……私、今から怖いこと言われたりするのかな。やだな、なんでこんな子と話し始めちゃったんだろ。昨日、薬余分に飲んだりするんじゃなかった。
「……………」
ほら、何も喋ってくれない。もう完全に嫌われたよね。
「ははは。やっと感情的になってくれた」
え、笑った?
「私正直うと、☓☓☓☓が気になってたから。仲良くなりたくってさ、ちょっとムキになっちゃった。ごめん。私、仲良くなりたいやつには本音で行きたいタイプだから許して」
え、意味わからないんだけど……。どういうこと? 許されたの私?
「ああ、安心して。好みとかそういうのじゃないから。っていうかさ、惚れてないからな! 女好きだけど、女友達普通にほしいよ?」
「あ、えっと」
「友達になりたいなって、思ってるってこと。今もね」
い、いきなり言われても。
「な、なんで私のこと気になってたの?」
いきなり友だちになりたいとか言われても、私に返せるのはこの程度です。
「昨日クラスのやつが死んだって話あった時、私の方見たろ?」
その時、私の後頭部でパチンとなにかが弾けた。いや、何も弾けてないけど気分的にそんな感じ。
「私も仲良くしてくれたら嬉しいけど」
だから私も、そう応えることができたんだ。
「ならさ、バンド組もうよ」
ま、また変な事言いだした。この子、レズとか以前にただの変な子だよね? 話すぐ飛ばすし。それともレズだから変わってるの? いや、そんなこと思っちゃダメだ。まっすぐ、まっすぐに目の前にいる個人を見ないと。とりあえず……バンド、断らなきゃ。
「なんにも出来ないよ私」
「私だって弾けないし。なんていうの? 気持ちバンド。気持ち的にさ、バンド組む気持ちで仲良くしようよって」
愛梨が次々に意味がわからないことを言うのは、この子なりの照れ隠しのようなものなのかもしれない。
「あはは、キモチバンドってなに」
「友達って気持ちをバンドに例えたんだけど……」
恥ずかしそう。ちょっと可愛いな。
「それもしかして、バンド名とかつけちゃうの?」
うわ、今のは悪ノリしすぎた?
「せっかくだし、決めようか。なんか私達に共通点あるかな?」
ホッ。(としました。)
「私も、愛梨とは同じじゃないかもしれないけど……自殺みたいな毎日だなって思ってる、自分を押し殺して我慢して。あ、私なんかと一緒にしてごめんね、そういうつもりじゃなくて……なんていうか」
「そんなに気を使わなくていいよ。自傷行為みたいな生き方だと思うよ、私達。同じでしょ」
あったばかりなのに、お互いの人生をわかったつもりで語る。こういうの、悪くないかも。
「「あ! ジショウコウイズ!」」
バンド名を思いついたのは、本当に同時だった。本当に、唐突で同時で、運命的って言い切ってもいいくらいに同じタイミングで、私達はその名を言ったんだ。
「女子高生と自傷行為って似てるね」
「あははは、似てる」
私の発言がツボに入ったらしく、愛梨はしばらく笑い続けていた。周囲の目なんて全く気にする風もなく。