スイサイダル・デンデンムシズ
梅雨。私はこの季節が嫌いではない。だってみんな、憂鬱そうだから。どうせ私は、勉学ってやつに励まないといけない。だからみんなが遊び難いこの季節は、大歓迎なのだ。我ながらひどい僻み根性だね。あ、あとカタツムリが好きってのはあるかな。あいつら、可愛いじゃない。(角出せ槍だせ頭出せ。なぜ、頭が最後なのか?)
「カラオケ行こうよ」
くそったれ。その手があったか。でもまぁ同級生共のカラオケなんて、柑橘系の果実が弾けたような歌しか歌わない退屈なやつでしょ? どうせ私が歌いたい曲なんて、だれも知らないだろうし。
「はぁ、スカートが湿気を吸って重たいぜ」
学生服は無駄に厚く作られている。毎日毎日着ても壊れないように、必要以上の分厚さを与えられているのだ。つまり、いつだって季節外れ。私から言わせれば、こんな儚さの欠片もない服は、世界一ロックじゃない存在だ。
「髪がまとまらなくてつらい、死にたい」
セーラー服があちこちで尊ばれるのは、女子が自分を「私は儚いてふてふなの」と夢んじるせいだと私は考えている。確かに若さは今しかないし、若い乙女に価値はあるのだろう。だがこれは、一つのクラスに十着以上、一つの学校で百着以上、一つの街でもう何着あることやら……なんていう、ありふれた服。しかも、髪がまとまらないごときで死にたいなどと言う女子ごときに、スカート丈を短くされてしまったりするのだ。実にくだらない。本当にくだらない。こんなものは、ただの制服。画一化のための教育兵器であるべきなのに。
「あーん、もう本当にまとまらないよ。死んじゃう」
雨が降るたびにガタガタ言うくらいなら、ブルーのヘアスプレーでもぶっかけて、髪をバキバキに固めてしまうほうがよっぽどマシだ。石鹸で固めたっていいよ? 雨で溶けてくるだろうけど、それがロックってもんでしょう?
「いや、もしかすると……」
セーラー服だからこそ、そこに見い出せと? 他人と違う事を求めすぎて、ファッションロッカーになってはいけないと? むしろ、与えられた制服を着たままオリジナリティを見せつけてこそ、本物だと? 嗚呼、今私の頭の中でセーラー服論議をするのは、シド・ヴィシャスかカート・コバーンか、それとも、レイン・ステイリーか。いやきっと誰でもない、私ごときの頭にはロックスターは住んでいないのだ。
「転校生くるってよ!」
「はぁ? マジで?」
そのニュースを聴いた時、私は騒がなかったが――――心は騒いでいた。こんな時期に転校してくるだなんて、問題児の可能性大! つまり、ロッカーな可能性が高い。いや、ヒップホッパーの可能性もあるけど……。(流石にヒッピーはないだろう。)
「カート……」
教室に入ってきたその子を見て、私は思わず(心のなかで)つぶやいた。肩のあたりで雑に切りそろえた赤い髪。前の学校のものと思われる夏物のセーラー服に、でかくて真っ黒なパーカー。そして極めつけは、背中のギター。(後から私は、それがベース・ギターだったと知るが、それはもう少し先の話。)おい、勉強道具はどこにあるんだ? うちの学校はそんなに偏差値低くないぞ?
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
話題独占、騒然……ではなく、みんな唖然。そりゃそうだ、私達はこんなイレギュラーに対応できるほど、柔軟な校風の下に生きてはいない。
「誰か、話しかけなよ」
昼休み。それはわざと聞こえるように、言ったのかもしれない。
「きゃあ!」
転校生は、机を蹴飛ばして応えた。女がわざとらしく、いや普通に驚き声を上げた。そして私も、ちょっとビビっちまった。
「話しかけたけりゃ話しかけなよ。めんどくさいな」
ハスキーな声。仮にメジャーデビューしたとしても大人気とはならず、ごく一部から熱い支持を得るような、その声。
『その少女に話しかける勇気のある者は誰もいなかった』
五時限目、先生の顔が青かった。私はてっきり、転校生のことを誰かが「問題提起」したのだと思ったんだけど…………その顔のブルーは、その程度の事によりもたらされたものではなかった。
「☓☓☓君が、亡くなったそうです」
私はその時気がついた、今日は教室の隅で誰も脇腹つつきをくらわされていなかったことに。
「お通夜などは身内だけで行うそうです。あ、この事をSNSなどに書かないように。いいですね」
私は何故か、転校生の顔を見た。転校生は、肘をつき窓の外を眺めながら、すごく、すごく悲しそうな顔をしていた。きっと、この教室の誰よりも。