ギターに火をつけて
今朝の教室はいつもより騒がしかった。クラスの誰ぞやが煙草を吸って停学になったんだとか。しかも、三人同時に。
「子どもじゃあるまいし」
いいや、私達は子どもだ。無力で、権限のない子ども。大人達が「子供という漢字は良くないから子どもと書け」だのなんだの話し合っている意味すら、理解できない子どもだ。
「煙草吸ってイキるとか、中学生かよって」
クラスで一番良いポジションにいる男子の一言をBGMに、私は停学になった男の子たちが去年の今頃、渡り廊下で話していた事を思い出す。
「冬に吸うと口が暖かいんだぜ」
「火がついてるからあたりまえだろ!」
私はこの話がたまたま耳に入った時、なんて思ったんだっけ? そうだ、君たち三人でバンドをやったら良いと思ったんだ。デビュー曲のタイトルは、Smokin' Blew。
「食べたいのに食べないという行動を取るのは人間だけであり――」
「先生! それ、全生物に質問した上で出した答えなんですか?」
授業が始まって早々、お調子者が茶化す。先生もそんな哲学的なこと、言わなきゃいいのに。それ受験に必要ない話でしょう?(なんて、私は心のなかで茶化してみる。)
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学校が終わり帰宅したばかりの私は、すぐに次へと行かなければならない。
「ただいま」
「急がないと遅れるわよ」
「シャワー浴びたいんだけど」
「もう、急いでね」
メンタルクリニック。そんなにひどい症状とかではないのだけど、私には必要だ――――という事にしている。
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私が病院に行っている意味を得るのは夜。お風呂も夕飯も終えて、パジャマに着替え、高さのあるベッドに寝転がる時。意味の名は睡眠薬。私は上手に眠れないのだ。この性質はロックな感じがして嫌いではないけど、朝とか本当に辛いから正直困っています……。
「…………」
画面の明るさを落としたスマホで調べるのは、今日「試しにお薬変えてみましょうか」と出されたオレンジ色の錠剤について。(これを使って睡眠状態が良くなれば、完全に切り替えるという話。)
「さよならブードゥードール」
ブードゥードール。これは、前の薬に私がつけた名前。だってあの薬、眠れるんだけど悪夢を見るんだもの。要するに私がそう訴えたせいで、ブードゥードールの使用は中止になったというわけ。さよならブードゥードール、また会う日まで。
「眠くならないな」
ポチポチポチ。ボタンも無いのにお母さんはスマホを「ポチポチする」と言う。正確には「スマホポチポチしてるから寝れないのよ!」だけど。でもさ、こんなものが手元にあったら触っちゃうよね。嗚呼、現代病。悪いのは、私でせうか、スマホでせうか?
「私って音楽好きなのかな」
ネット上に溢れる音楽、プロだとかアマチュアだとかそういうの関係なくすぐ聞けちゃう今。昔はどうだったんだろ? パンクロックとかマニアック過ぎて、知ることすら出来ない人がたくさんいたんじゃないかな?
「電子音の侵略だ」
ピコピコピコピコドゥンドゥン、なんかそんな曲ばっかり増えたな。ミュージシャンが着るのは細くてジャージみたいな生地のパンツに、大きめの上着。しかもメンバーの何人かは、歌わずに踊ってるだけ。ねぇ、シド。そんなやつらを見たら、あなたは中指立てるのかな?
「そっか!」
世界的なバンド、セックス・ピストルズ。そのベーシスト、シド・ヴィシャスは客をベースギターでぶん殴っていたという。もし現代日本のメジャーバンドがそんな事をしたら? もう大事件、SNSで大炎上だ。他のロックミュージシャンから「ロックと暴力を一緒にするな」とか言われてしまうかもしれない。さらにテレビ出演も中止で、ライブ会場もキャンセルになって、謝罪文出してレーベルもクビになって。でも、一部で神格化されちゃって、ネットに曲をアップしてバカ売れみたいな! うん、カルトだね。そんなバンドが出てきたら、最高なのに。
「今の日本には、本物のロッカーが生きていける環境がある」
この発見を発表したい。そしてその発言をロックだと言われたい。
「…………」
でもそんなつぶやきを垂れ流すのはやめておこう。私なんかがそんなこと言ったって、ただ痛いだけ。炎上すらしないよ。なんか眠くなってきたし。
その日私は――――派手な服装をしたもじゃもじゃ頭の人に「ギターを燃やそう」と言われる夢を見た。でも私は「熱いから」とか言って断ってしまった。でも、それでいい。ギターは誰かに言われて燃やすものじゃない。
そういえばスリーピース停学ズは、煙草に火をつけて罰を受けたんだよね。なかなかロックじゃん。さて、私は何に火をつけようか?