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ROCK・METAL・PUNK・GIRL

 私はロックにはまるだけの問題を抱えていた! あいつより! あいつより私のロックのほうが本物なんだ!


「はぁ」


 その時点で私には、叫ぶ気力がなかった。あれだけギターを掻き鳴らし、叫ぶ妄想をしてきたというのに。わかっている。私にはギターを買う小遣いもバイトを許してくれる親もいないってことくらいは。髪を真っ赤に染めて、ライブハウスのステージに立つなんて夢のまた夢だって。


「本当にやりたければどんな障害があったってやるものだ」


 その言葉に対し私は、ずっと否定的だった。やりたくてもやれない人はたくさんいる。むしろ、なりたい自分になれない人のほうが多いでしょうって。でも今ならわかる。それは、真実であり真理なのだ。


「ねぇ、今どんな気分?」


 私は今日まで何度もギターに触れる空想(喰うSAW)をしてきた。上手く抑えられないコードで、衝動をかき鳴らす。下手くそだけど熱く、熱く、まるでパンクロックの目覚めのような音を奏でることを。でも――――私が生み出した音は全く違うものだった。


「ゴドン」


 鈍く、重く、くぐもった音。ギターの横っ腹であの子の頭を殴った音。


「ねぇ、今どんな気分? ロックって感じ?」


 答えてくれないのは、私が口をふさいだから。(殺しちゃったから。)まるでシドを殺した……あれ? シドが殺したんだっけ? シドを殺したんだっけ? そういえばカートは殺された? 自殺? ああ! まただ! お母さんが私にレコードを買うことを許してくれないから、スマホもパソコンも触らせてくれないから、私は正しい情報を知らない! ロック好きが当たり前に語る伝説すら!


「うう……私はロックになりたいの。それだけなの」


 バンドがやりたかった。せめて、好きな音楽をラジカセで()()()()()()()()()()()。(私は、クラスの騒がしい子達が休憩時間に()()()()()()()()()()()からこぼれてくる音に、精一杯耳を傾けてきた。それは盗み聞きだけど、持たざるものという点ではロックであった。)


「先生との関係はロックでした」


 そんな私に先生は「好きな音楽に触れるという行為は、心を育てることと同義である」と、こっそり音楽を聞かせてくれた。学校で、私の体を触りながら。そうだ、それこそロック。背徳、背信、排他的。ハイハイハイのHIGHなロックだ。ほら、やっぱり私はあの子よりロックじゃないか。先生に体を売っていたんだぞ? ロックと引き換えに! しかもヤらせちゃいねぇ! 触らせるだけ、つまり私は――――。


「ダーティーでピュアなんだぜ」


 ああ糞、糞野郎。あいつがもったいぶって――――私の体をまた触りたいからって――――――――もったいぶってバンド名を教えてくれないから、私は覚えていないじゃないか。マニアックロッカー達が考え出したバンド名を。授業では、したり顔でバロックとか言ってる教師のくせに! 私が知りたいのはバロックじゃねぇ、ロックだよ。(クラシックもまたロックであるという言葉を思いついた。よし、こいつは私の自伝に書き綴ることにしよう。)


「硬い」


 殺した同級生の顔にナイフを突き立てて皮膚を剥がすという行為は、実にロックだった。なんだっけ、あのカルト的な人気を誇って、カルト教団みたいな事件を起こして……うう、ちゃんと、ちゃんとした情報が私の中にない。ナッシング、ナッシング情報だ。


「そうだ!」


 私は歌った。今思いついた……いや、降りてきた…………否、悪魔が()()()()()()オリジナルソングを。タイトルはね『指折り数え』っていうの。殺した同級生の指を折りながら時を数える。そして十まで数えたら終わってしまうから、最後の一本だけ残しておく。過激で、破滅的で、でもどことなく臆病な、路地裏の猫(ストレイキャット)みたいな曲でしょう? ふふ、録画してネットに流せばよかった。あの子のスマホでも使って。そしたら、伝説の曲になったよね? だって私、人を殺したんだもん。


「ファック!」


 叫んだ汚い英単語。ここには私の今までの怒りと、今の怒りを込めた。私はスマホの使い方なんて、知らねぇんだよ! ネットなんて学校の授業で触らされたときしか、関わったことねぇんだよ! 電気屋に並んでるスマホを触るなんて恥ずかしい真似、できなかったんだよ! 現代に追いつけなかった私は、エイトビートにすがるしかねぇんだよ!


「やっぱり硬い」


 一曲歌い終えた私はまた、顔の皮膚を剥がす(ロックな)作業を開始した。ああ、ちぎれちゃった、うわ、なんか紐みたいになっちゃったな……。難しい。でもいいや、これを顔に貼り付けてマスカレイド! マスカレイド!


「うん」


 教室では出せなかった、一度も出すことが出来なかったショッキングピンクの手鏡を覗きながら、顔に皮膚を貼り付けていく私はヘヴィメタル。(子供向けのダセェ手鏡。向けろ姿見、合わせ鏡に求める哀れみ……ってこれはヒップホップじゃねぇの?)あれ? デスメタルかな? ブラックメタル? あれ? そもそもメタルはロックなの? そうだよね? ギター使ってるし……でも、クラシックギターとかもあるよね? 


「ロックの定義とは」


 うああ、うああ。やっぱり私は正しいことを何一つ知らない。裕福で、親に愛されて、自由を与えられた、平和ボケのユルユル頭の()()()()()()()()()()()()()()は、たくさんそういうことを知ってたのに! ロックじゃないやつほど、ロックに詳しいっておかしいでしょ? あれ? もしかしてロックを知らないほうがロック? 


「じゃあ、次の曲聞いてくれ。MITSUKE(ミツケ)TARI(タリ)


 あはは、そうだよね。ロックは人真似じゃダメ。オリジンじゃなきゃ。


「あ……」


 切り取った唇が上手く張りつかず咥えることにした時、私は理解した。私はあの子みたいになりたかったんじゃない、あの子になりたかったわけでもない。



 自分が嫌いだっただけなのだ。


 そうだ、ファーストアルバムのタイトルは『彼女はROCKとMETALの違いを知らなかった』にしよう。私らしくあるために――――――――――――――――こうして今日も私は、毎朝の妄想(日課)を終えた。


「いってきます!」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「はーい!」


 扉を開け、学校へと向かう。落ち着いた将来を、安全な将来を手に入れるため。ポケットの中にはスマートフォン。親が買ってくれた、月々の利用料も親が払っている、ロックじゃない私にお似合いのスマートフォンだ。

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