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偶然と突然

入学式が終わり、私は輝君と新しい学び舎と暫しの別れをする。私達が通う都立世永谷高校は駅から少し離れた住宅街の中心に建てられており、帰り道は学校と打って変わって静かになる。私はそんな静かな道を輝君と並んで歩いている。

 たったの半日が終わり、血管に鉛が詰まったように体が重い。新しい環境に慣れるまではこの感覚が続くかと思うと憂鬱でしかない。隣を歩く輝君も非常に疲れた表情を浮かべていた。

 輝君はあまり人付き合いを好まない。軽い人間不信と感受性が高いため人付き合いは普通の人達に比べればストレスと疲労は溜まりやすい方なのだ。


「友達はできた?」


「うん。それなりにね。輝君は?」


「大丈夫。話し相手はいるさ」


 でも、繋がりを持たず、世の中を渡っていけるほど人生は甘くはない。相手が繋がりを求められた場合は拒絶したりはしないし、愛想はいい。それが輝君を蝕み、より一層のストレスと疲労を与えることになる。特に新しい環境に置かれた時や初対面の人と関わった時は今のように疲れが顕著に顔に出る。

 そんな輝君が珍しく他人に自ら接触したシーンを目の当たりにした時、失礼だけど世界が終わるかと思った。数分後には大地震が起きて、地球が真っ二つになってしまうのではと思うくらい輝君の行動は異常極まりないことだった。


「ねぇ、あの人は誰なの?」


 私はあの金髪の女子は何者かと尋ねる。すると輝君は「大した話じゃない」と保険を挟みながら答える。


「あの人は吉祥寺カレンさん。前に会いたい人がいるって話したことは覚えている?」


 閑静な住宅街を抜け、車のエンジン音がけたたましく鳴る小梅街道に出る。

 私は一時、呼吸の仕方を忘れてしまう。

 忘れるわけがなかった。いつもは濁ったお茶のような笑みしか浮かべない彼が雪解け水のような笑みを浮かべながら話した「彼女」のことを。

私ではあんな笑顔を浮かべさせることはできない。金髪青眼の可愛らしいという姿しかわからない「彼女」に私は嫉妬した。でも、その感情は筋違いなのだ。

話を聞いて思ったことは輝君にとって「彼女」は星なのだ。それもただの星では数多の冒険者、航海士たちの指針となった北極星。彼も星を指針とし、人生という大海原を十年間生きていたといっても差し支えない。


「……あの人が探していた人なの?」


「わからない。そうなのかもしれないし、違うかもしれない」


 あやふやな言葉に私の不安は一層膨らむ。もし吉祥寺さんが「彼女」自身ならば輝君はきっと彼女のものになる。幼少期の一度だけ会った相手のことを十年も考え、心を奪われているのだ。

 そしたら私は一体どうなるのだろう。私は用済みと言わんばかりに捨てられる?そんなはずはない。輝君はそんな愚かな人ではないし、自分の嫌いな親と同じことをするわけがない。わかっているのにそんな不安を生んでしまう自分の愚かさが憎い。


「一つ聞いていい?」


「何?」


「女性から見て僕のような未練がましい男って正直、気持ち悪く見える?」


 まるでガラス細工のような繊細な問いに私はどう返せばいいかわからなくなる。輝君を傷つけないように気を遣うのなら一言「気持ち悪くない」と言えばいいだろう。しかし、気持ち悪いと言ったら彼はどうするつもりなのか。世間を気にして本当に手を引くつもりなのか。それなら輝君は変わらず私を見てくれるだろう。でも、長年目指していた宝物を諦める半端者に果たして魅力があると言えるのか。そして、核を抜く私が果たして輝君の傍に寄りそうに値する女かと言われれば素直に首を縦に触れない。

 輝君が輝君であることを否定してまで、私が私を捨ててまで自分勝手に私はなれない。


「あ」


「どうしたの?」


 街道を超えようと歩道橋の階段を上る。そのタイミングで私を答えようとすると輝君はまるで森の中でクマと遭遇したかのように足を止める。どうしたのかと不振に思いながら私は輝君と同じ視線の先を見る。

 私は運命を信じるタイプだ。朝のニュース番組で流れる占いは毎日欠かさず確認するし、友達とこっくりさんやらおまじないだってしたことがある。大事なことが直前に迫る時は近くの神社にお参りもする。

 だから、私達の目の前に同じ制服を着て流れる車を茫然と眺める金髪碧眼の女生徒――吉祥寺カレンに遭遇したことに運命を感じた。


「あなたは道木君。そしてガールフレンドちゃん」


 吉祥寺さんは私達に気づくと恐ろしい程整った顔で可憐な笑みを浮かべる。私がよく読むファッション雑誌に載るモデルのような芸術的なスタイルに女性なら誰もが羨むシルクのような髪。私は吉祥寺さんの美しさに見惚れてしまう。女性でも釘付けになるほどの美貌を持つに男性が無視するはずがない。私の心に薄い靄がかかる。


「こんなところで会うなんて奇遇ね」


「偶然にしては良くできている」


「同意するわ」


 輝君も吉祥寺さんも偶然のことに驚いていた。少女漫画ならこれは運命だと勝手に解釈してゆっくりと愛を育む物語のプロローグになるだろう。


「吉祥寺さんはどうしてここにいるの?」


「帰り道だからよ」


 吉祥寺さんは輝君の質問にあっさりと答える。

 私だけだろうか。そんな理由だけでここにいるとは思ったのは。

 小学校の郊外学習で奥多摩のキャンプ地に行ったことがあった。その時、クラスの男子の一部は高い岩場から綺麗な川に跳び込んで遊んでいた。吉祥寺さんはそんな男子と同じ感じがしたのだ。

 気のせいだと信じたいが私は吉祥寺さんについて一片たりとも知らないため、信じることも疑うこともしづらかった。

 それからと言うもの事は進展せず、段々と車のエンジン音が騒がしく感じ始める。


「お腹減ったな……」


 突然、輝君は脈絡もないことを言い始め、私は眉をしかめる。ポケットからピンクの手帳カバーが付いたスマートフォンを取り出し、ディスプレイに映された時刻を確認する。デジタルで表示された時刻は零が三つ並んでいた。


「真由、家にお昼って用意されている?」


 私は首を横に振る。ママは自宅近くのスーパーでパートをしていて、午前中は入学式に出席する為に半休を貰い、午後から出勤すると話していてご飯を自分で用意しなさいと言われた。だから、家で適当に作っても外食しても問題はない。

 そうかと輝君は微笑むと次は吉祥寺さんに


「吉祥寺さんも来る?」


 と誘う。


「わ、私⁉」


 吉祥寺さんは突然の誘いに口を鯉のように開けていた。理解できる。いくら過去に出会っていたかもしれないが、吉祥寺さんは覚えていない様子。挙句には別人の可能性だ¥もある。殆ど初対面の男性に食事だろうと何だろうと誘われたら驚くに決まっている。


「談笑しながら食べるご飯って美味しいから。でも、都合が悪いなら無理しなくても……」


「ありがとう。私もすごくお腹減っていたから」


 輝君の言葉を遮って吉祥寺さんは快く受ける。

 正直、私は気が乗らなかった。別に特別な事が起きなくても、カップルのようにずっと喋らなくてもいいから輝君と二人だけの時間を楽しみたいと思っていた。

 でも、そんな邪心は吉祥寺さんの水晶のような笑みによって跡形もなく吹き飛ばされるのであった。


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