可憐なる少女
「あの……」
振り向くと少女がぽかんと人形のような綺麗な瞳を見開いて僕を凝視していた。その反応は普通だろう。警察でもない見ず知らずの一般人が勝手に首を突っ込んできたのだ。懐石料理を楽しんでいる最中に急にフレンチ料理を出されるくらいわけのわからないことだ。
「その……ごめん」
「そんな! 本当に助かったよ。ありがとうね」
しかし、女生徒は素直に感謝を言ってきた。普通なら奇異の目を向けながら軽く頭を下げて去るのが普通だろう。
きっとこの人は純粋にいい人なのだろうと直感が訴えかける。正に「彼女」のように。
太陽が雲に隠れて辺りがほんの少しだけ薄暗くなる。
「いや……別に」
「謙遜しないでよ。あなたはいいことをしたんだから」
風が吹く。女生徒のスカートを激しく揺らす風は雲も吹き飛ばし、再び太陽を露わにする。太陽は女生徒の方から容赦なく照り付け、僕の背後に濃い影が生まれる。
謙遜しているわけではない。困っている人がいるのなら助けるのが「いい人」なのだから。それに女生徒がもし彼女なら助けて当然ことなのだ。例え、定額やら退学に陥ってしまっても。なぜならそういう約束を交わしたのだから。ただ、この女生徒が「彼女」と同一人物であるかは不明だが。
だが、僕は考える。なぜ僕は女生徒を助けたのかを。確かに困っていそうだったからという理由もある。でも、きっかけを作ったのは「彼女」だ。本当にいい人なら似ているからという不純な理由を抱いて人を助けたりしない。
純粋な感謝が針のように体に刺さって痛い。
「あの……」
「何?」
「変なこと聞くけど、僕に見覚えない?」
僕は聞かずにはいられずなるべく遠回しに聞くことにした。女生徒と彼女が同一人物なのかを。大したことでもないが「いつか」の約束が果たされたのかもしれないのだ。もし、変人やら頭がおかしいと思われてもいいから聞かずにはいられなかった。
変わった質問に投げかけられたにも関わらず、女生徒は顔色一つ変えない。そしてきっぱりと「ない」と答える。
そんな小説のような感動的な展開は来ないに決まっている。ただ金髪の青い目という同じ特徴を持っているだけで僕が勝手に重ね合わせただけなのだろう。それにもう十年以上前の話なのだから例え同一人物としても忘れていてもおかしくない。そして、忘れているとしたら彼女にとって僕は大して特別な存在ではないのだ。
「そっか。なら、忘れて」
別人である可能性があれ、どうしても「彼女」と姿が重なってしまい受けなくてもいいショックを受けてしまう。
「ねぇ、名前は? 何て言うの?」
「え?」
「もしかしたら名前さえわかれば思い出すかもしれないわ」
恐らく今の心境が表に出ていたのだろう。女生徒は気を使って、何とか思い出そうと頭を捻ってくれる。
無駄なことにも関わらず全力になるところは正に「彼女」だった。
「大丈夫。記憶力には自信があるわ」
彼女は自信満々に胸を張る。正直にいうなら女生徒のことは信用できなかった。
「僕は……道木輝」
「道木……輝君か」
懐かしい匂いがした。あの時も似たようなやり取りをしていた。
「えっと……」
顔を引きつらせながら女生徒はこめかみを人差し指でジェンガを押し出すようにやさしく叩く。しかし、記憶は簡単に思い出せるものではなく、寧ろよく抜け落ちるものだ。ましてや十年前のものなど劣化して跡形もなく崩れ去っていてもおかしくはない。
大見得を切ったはずが恥ずかしい結果に終わったと女生徒は気まずそうに視線を空に移す。
女生徒は何も悪くない。存在するかどうかも不明な記憶を無理矢理掘り起こそうとしてくれただけでも十分だ。だから仕方がないと諦めるしかなかった。
「ありがとう。君は本当にいい人なんだね」
「本当にごめんなさい」
「謝る必要はないよ。寧ろ、それは僕の台詞だよ」
僕の我儘に振り回されたはずなのに女生徒は頭を下げる。その純真な態度が僕の心を抉る。
何故、こうも「彼女」に似ているのだ。諦めようとしても次から次へと「彼女」との共通点を見せてくるこの女生徒は何なのか。僕の勘違いだろうか。未練がましいだけなのか。
それとも運命なのか。僕の歯車は金髪で青い瞳の女の子とよく噛み合うように造られているのか。僕は占いも神様も信じないタイプなためあまり推したくはない説ではある。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「何が?」
「あなたの少し後ろにいるガールフレンド」
女生徒は僕の後ろに指さし、つられるように視線を向ける。そこには土偶のような目で僕を見ている真由が立っていた。見たことも初めての表情に一体何を考えているのかと困惑する。だが、少なくともいい感情は持っていないということだ。
「お気遣いありがとう」
「いいから。早く迎えに行きなさい」
女生徒に後押しされ僕は足早に真由の元に向かおうとする。しかし、僅か数秒後に後押した張本人が「ちょっと待って」と呼び止めてきて僕は足を止める。
「私は吉祥寺カレン!」
僕はそれを聞いて、雷に打たれたような衝撃を受ける。一目見た時からずっと「彼女」の姿が重なっていたがそれが離れる。その違いはたった一つ。だが、その一つの違いのおかげでこの十年間、「彼女」を探すことができなかったと言っても過言ではなかった