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十年後の桜

 四月の初旬。空には雲一つ浮いてなく、澄み渡った青空が果てまで広がっている。


 僕の頭上には満開に咲き誇った桜が傘のように覆っている。この桜を見るのも今年で十二回目だ。化粧を施したようなはたまた美しい姿を見られてほほを染めたような鮮やかな薄紅色は何度見ても飽きることはない。この日本には桜の名所というのは全国に存在しており、そのどれもが美しいと自然と感嘆の言葉が漏れる程の絶景だろう。


 だけど僕はどんな名所の桜よりもこの人気のない小さな丘でたった一本、懸命に咲き誇るここの桜が哀愁も相まって一番美しいと胸を張って言える。


「また、ここにいたの」


 桜に見惚れていると背後から聞き慣れた綺麗なソプラノボイスが耳に入って来る。僕は高鳴る鼓動と安心を感じながらそっと振り向く。


 張りのある桜色の唇とぱっちりと開く黒い瞳。黒いショートボブに桜のヘアクリップがいいアクセントを出していた。そして新品の制服。


「おはよう」


「おはよう、真由(まゆ)


 彼女は玉川真由。小学校から付き合いのある大切な幼馴染である。そして、これから始まる高校生活も共に過ごすことになる。


「今年も綺麗だね」


 真由は輝の隣まで歩き、共に桜を眺める。女性特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 粋な男なら真由の方が綺麗だなと気の利いたことが言えるのだろう。しかし、僕は粋な男どころか根暗で無口な男であり、そんな台詞は吐けず、ただ胸の中に秘めるだけ。それに両方とも比べられないくらい美しい存在でどちらかを貶して、片方を煽てる等という愚行は僕にはできない。


 彼女との出会いは小学校の入学式が向かう前に不意にここに立ち寄った時だ。この桜の麓で真新しい赤いランドセルを背負った小さな真由は大きなお腹の母を父親が写真を撮っていた。家族として当たり前の光景だろう。愛娘の成長を写真に残し、将来、孫と一緒に見る。輝にとってそんな当たり前が羨ましかった。


 普通を羨ましそうに眺めていた輝が真由には不思議に見えて仕方がなかった。子供特有の好奇心が真由を突き動かした結果、二人は奇妙な出会いを果たした。


「そろそろ行こう。入学式が始まっちゃう」


 真由に肩を叩かれ、ハッと我に返る。

この後、高校の入学式が行われ、当然新入生である僕達は高校生という青い春を過ごす為にも絶対に参加しなければならない。

 正直に言うと行きたくなかった。一時間近く座らされ、大して偉くも何ともない老人達のコピーアンドペーストのような身の無い話を聞くのが面倒でもあった。


 しかし、輝にとって入学式などの式典には苦い思い出しかなかった。

 両親は共働きでかつ、僕のことをあまり好いていなかった。そんな子供の為に堅苦しい式典に参加などしたくなかった為、小学校の入学式に両親は来なかった。


 式が終わると周りの子供達は綺麗な装いの保護者達に駆け寄り、新しくできた友達、学校と言う未知の領域について話し、写真を撮っていた。

 だがそれどころかただ惨めで辛い思いをするだけだ。


「行きたくない?」


「どうしてそんなこと聞くの?」


 真由は僕の脚に視線を移す。僕の脚はまるで生まれたて小鹿のように震えていた。歩を進めることを無意識に躊躇している輝に真由は言葉をかける。


 真由は僕のことを良く知っている。式典が嫌いなことも。桜が好きなことも。


「それじゃあ。止める?」


 真由は呆れる程面倒見がいい。悪く言えばお節介で気弱な僕を置いていくことができないのだ。運動も勉強も人並み以上にこなせて、コミュニケーション能力もあって何より美しい真由にある欠点らしい欠点。真由を見ているとこの世界には完璧な人間など存在しないことを思い知らされる。


「いいや。行くよ。僕はそんなに子供ではないから」


 いくらトラウマがあるとは言え、当然行くに決まっている。式典というのは一歩成長するための通過儀礼のようなものである。それに参加しないというのはその先に行けないことになる。大人になるための儀礼を子供の我儘で参加しないと言うなら当然の報いと言うべきだろう。


「……輝君が言うなら。でも、無理はしないでね」


 真由は頬をフグのように膨らませる。僕の言葉にまるで納得していないようで僕を透視するのではないかというくらい凝視する。

 僕はその視線がやけに現実味を感じてしまい、逃げるように早歩きで新生活の場へと向かう。


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