バレンタインの手紙 僻み入り
他で投稿しようかと書いたけど、読者層にあってないなと思い止めた作品です。以前いつ書いたか分からないほど久々の、ラブコメっぽいもの。案外初かもしれない……。
拝啓 カカオちゃんへ
今日はバレンタインだ。擬人化されたチョコの神たるカカオちゃんは、いかがお過ごしだろうか? きっと、近頃は忙しく暮らしていることだろう。
昨日は胸をドキドキと高鳴らせた女子達に調理されて、今日はそれをもらい噎び泣く男達に食われる。……この二日間が忙しいことは想像に難くない。
一方、俺は本日特に暇であり、気分は下がりっぱなしだ。
俺には彼女は勿論のこと、女の子の幼馴染みもいない。隣の席が、学校一の美少女というわけでもない。
友人達は彼女とばかり話しているので、暇で暇でしょうがない。その不満をぶつけるために、現国の授業を聞き流してこんな駄文を書き連ねているワケだ。
……そもそも現国は教科書に落書きしすぎて、勉強できる状態じゃないというのもあるのだがな。
この手紙の送り相手であるアナタ――カカオちゃんは、俺がたった今創った想像上の存在に過ぎないが、この手紙の送り相手であり、カカオの木がこの星で初めて実を実らせた頃から、カカオの実の守護神であった。……何を言ってるか分からねーと思うが、そういう設定だ。
そんなアナタ様は、人々に、純粋にチョコレートを味わって欲しいと願う神だ。だからこそ、アナタはバレンタインが大嫌いなのだろう。
浮ついたリア充どもが、チョコを口実に堂々と愛の言葉を紡ぎ合う。チョコレートは二の次に。そんな日を、カカオちゃんが好くはずがない。……そうですよね?
――カカオちゃんは、バレンタインを憎む我ら非モテと目的を同じくしておられる。そのはずだ。
かの文豪、夏目漱石が「I love you」の日本語訳を「月が綺麗ですね」と訳したのは有名な話だ。それほどまでに奥手な民族が俺たち日本人であるはずだ。だというのにお菓子会社の陰謀にまんまと釣られ、和の心を捨てた西洋かぶれどもめが。恥をしれ! ……思わずそんなありきたりな言葉を筆圧強く書き込むほどに、俺は怒り狂……いや、退屈だった。
中学生の頃の俺は夏目漱石に習ってストレートに告ることを避け、知的な側面を見せようと流行歌の歌詞を変え、ラブソングを歌ったことがある。
……その結果は、万が一にでもこの手紙が誰かに読まれることを鑑みて、書かない。だがそれ以降、俺はその流行歌を聞いてしまう度に頬を脂汗がつたい、心臓がバクバクと早鐘を打つことを明記しておく。
ほろ苦い経験は、人を強くする。もし人生をチョコとするなら、俺のチョコは恋を成就させてしまった奴らのような、砂糖をアホほどぶちこんだ甘々のチョコとは違い、ほろ苦く大人な味わいのチョコであろう。
……なんだか、ここまで書いてきて恥ずかしくなってきた。
絶対に、この手紙は見られてはならない。俺はバレンタインの不毛さについて記したつもりだが、読み返してみれば非モテの僻みが詰まった駄文ではないか。
ぶっちゃけ俺もチョコは欲しい。カカオちゃんも、しっかりと味わってくれるなら、別にバレンタインに反対しませんよね? そうですよね?
腹立たしいことに、俺にチョコを与えてくださる女神様はどこにもおらん。
クラスの女どもなんぞ、俺のことを害虫かなんかと勘違いしているフシがある。
もはや生身の、人間の女の子からチョコをもらうのは諦める。俺が五十メートル走をどれだけ頑張っても七秒台にいけないように、テストの平均点が五十点を越えられないように。人間、できることとできないことがある。
なので、神様、女神様。カカオちゃん。いや、カカオ様。
――――俺にチョコをください。
カカオ教信者その一より
「まずった……」
放課後。いつまでも帰ることができず、俺は教室の自分の席に座っていた。
別に、放課後まで待っていればワンチャンないかと期待していたワケじゃない。流石の俺も、バレンタインにチョコをもらえないことは分かっている。どれだけ待とうとノーチャンだ。
俺が教室にいつまでもいるのは、今日、現国の授業中に書いていたアホアホな手紙がどこかにいってしまったからだ。
字だけで特定はされないと思うし、少なくとも今日は、誰かが手紙をクラス中に見せびらかして笑いをとるような、最悪のイベントは起こらなかった。
それでも念のため残って探してみたものの、手紙は見つかりはしなかった。
もう既に、誰かが捨ててくれたのだろう。
人の善意というものを、俺は信じよう。
そう考えて、俺は帰ることにした。余り残っていても、誰かに見られたら変人扱いされかねない。
教室を出て、生徒玄関に向かう。もはやなんの期待もせずに自分の下駄箱を開けると、中にクツ以外にももう一つ、何かがあった。
「――――!?」
周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、俺はそれを取り出した。
「チョコだと思ったら……。手紙か?」
手紙は二通ある。一通は、俺が書いたカカオちゃん宛の落書き。ルーズリーフの切れ端に書いたものだ。もう一通は淡いピンク色のメモ用紙で、いかにも女の子のものらしい、可愛らしいメモ用紙だ。
「誰かが、俺の手紙を読んだのか?」
あまり嬉しくない事態だ。下手すると、脅迫かもしれない。……そう分かっているのに、思わず頬が緩む。女の子から手紙をもらうのは、人生初だ。嬉しくないわけがない。
俺は教室に引き返し、さっそく手紙を読んでみることにした。
カカオ教信者その一さんへ
手紙、拝見しました。いささか手紙というより独白に近いものですが、そこがまた面白い。これは、魂のシャウトですね。……そしてその内容には、私、結構共感できました。
――私も、バレンタインは好きではありません。
お菓子会社の陰謀で私は粉々にされるし。友達のココアちゃんや、ホワイトちゃんにわざわざ手作りの友チョコを作らないといけないし。……私は友情のこもった友チョコよりも、普通の板チョコ、とくに大正ミルクチョコレートの方が好きです(断言)。
好きな相手の一人もいないのに、散々恋バナに付き合わされるのも、ホント勘弁です。
だから私も今日は憂鬱でしたが……。学校に行くと、少し気になるものを見つけました。
そう、信者さんが書いていたあの手紙です。
妙なことをしているなぁって、少々気になってしまって。……申し訳ありませんが、移動教室の間にそっと見せてもらいました。
大変面白かったです。
お詫びといってはなんですが、友チョコの残りを信者さんの机の中に入れておきます。四時以降に、もう一度教室に戻ってみてください。
ホワイトデーのお返しは、当日、信者さんの下駄箱に入れておいてください。後で回収しますから。
それとも……私を探してみますか?
カカオちゃんより
「いつの間に……」
机の引き出しを開けると、生徒玄関に行っていたほんの数分の間に、チョコが置かれていた。
……割に大きい。
詳しくは知らないけど、ただの友チョコにしては、大きいんじゃないか?
そっと、慎重な手つきで箱を開ける。
――――ハート型だ。
これ、本当に友チョコなのか。
本命じゃないか?
よくよく考えてみれば、授業中に落書きしていたからって、それを盗み見るためにここまでするか?
好きな人が書いている手紙だから、わざわざ見たんじゃないか?
「なら、名乗らないのは照れ隠し……か?」
気になる。
凄く気になる。
俺にチョコをくれた、キミは誰だ?
まだこの辺りにいるのだろうか。生徒玄関を張れば、見つけられるかな?
思考が巡る。だがしかし。俺は、カカオちゃんに宛てた手紙になんて書いたかを思い出した。
恋愛ごとに浮かれていても、チョコはきちんと味わうべし。
バリっ、と音を立ててチョコをかじる。
しっかりと、チョコレートを味わう。
「甘さ控えめだな。男子の俺でも……いや、男子が好きそうな味だ」
ますます、これ友チョコじゃないよな、という思いを強くしつつ。
俺は、しっかりとチョコを堪能した。
バレンタインも悪くないな。などと、昼とは真逆のことを思いながら。