私の愛したあの人は何処へ?
ただいま事情聴取中です。
そこはとても暖かく、悲しい世界でした。
私は……いえ、私達は、小さなコミュニティだけで育てられました。
太陽の様に明るく、仲間を照らす子。
控えめで大人しいけれど、優しい子。
意地っ張りな頑固者で、とても寂しがり屋な子。
そして、狂おしい程に愛らしい、私の姉。
この5人が、私の家族で社会で仲間達でした。それを顔の見えない大人と、無機質な機械が私達を取り囲んだ箱庭の中が、住んでいる世界でした。
毎日、決まった時間に起こされて、決められた範囲の勉強をして、決められた食事を摂り、決められた課題をこなし、決まった時間に眠ります。あと、2日に1度は外へ連れ出されて日光を浴びました。
そして毎日1人ずつ順番に、決められた部屋へ連れていかれます。
そこで私は、目玉を抜き取られました。
明るい子は、手足を落とされました。
優しい子は、血の匂いを漂わせていました。
寂しがり屋な子は、水を飲まなくなりました。
姉だけは、毎日連れていかれて、毎日泣きながら帰って来ました。姉の持つ異能力は知っているでしょう? アレなら血液を切らさない事に気を付ければ、死なない程度にバラせますからね。
それと、姉は知っていたのでしょう。当たり前だった日常が、当たり前の生活ではないという事が。
歴史や時事等の情報が遮断された暮らしの中で、姉は外の情報を断片的にですが持っていました。
今にして思えば、外に出た時に居た、あの白猫がその理由になるのでしょうね。
子供ながらに、上手く隠していたのでは無いでしょうか?
私達は兎も角、あそこの大人にも気付かれなかったのですから。もしかしたら知っていて、見逃していたのかもしれませんけど。
そうそう、優しい子と言うのは、晶くんの事ですよ。あの頃の彼は今のように捻くれた性格ではなくて、穏やかで優しい子だったんです。本当ですよ。
まあ、根本的な性質は変わってませんけどね。仲間思いで、一途な気持ちを圧し殺して隠して、相手の幸せを願って見守るんです。私、そろそろ彼の気持ちに答えた方が良いのでしょうか? 多分物心ついた時からなので、15年は見て見ぬ振りをしてますからね。だから捻くれたのかも知れません。
話が逸れました。
そうですね、皆がその痛みや苦しみに慣れてきて、何も思わなくなった頃だったと思います。
寂しがり屋な子が死にました。
死因は分かりませんが、多分実験の失敗でしょうね。
後で知ったのは、その子の異能力が水の性質を変化させる事。発動の条件としては、その味を知っている事。この事から、あそこの大人達は薬物への耐性を読み誤ったのだと思います。それか、要らなくなったか。
そして私達ですが、それはもう泣きじゃくりました。
三日三晩とまでは行きませんが、体力が尽きて寝落ちする程度には泣きじゃくりましたね。
ちなみにですが、当時を私達は『死』と言うものを理解していませんでした。恐らく姉だけが、それを理解していたんだと思います。
もう帰って来ない、2度と会うことが出来ないと私達に説明をしたのは、姉でしたから。
それから何年でしょう?
2~3年経った辺りでしょうか。
姉と明るい子が連れて行かれました。
言っていませんでしたが、私達5人は同じ大部屋の中で生活していました。共同生活と言うかルームシェアって感じです。
で、私達は分けられたんです。
正確には、私と晶くん、明るい子、姉の3組になりました。
私と晶くんは、引き続き実験用動物として。
明るい子は、何かの実験の被験体として。
姉は、教育と言う洗脳で組織の一員にさせるために。
それからずっと、姉と明るい子には会っていません。遠くから見たことはありましたが、今に至るまで言葉を交わしていません。
まぁ荒れましたね。
姉は私の片割れであり、精神安定剤です。
部屋に、視界の中に姉の姿がないので兎に角落ち着かず、異能力も上手く発動しなくなりました。そして怪我をすれば、傷を負えば、姉に直してもらえると思って自傷行為を繰り返しました。
すぐに落ち着きはしましたけどね。
その代わり、心が歪んだのは否定しません。
精神を落ち着かせる薬を飲まされて、異能力の暴発を防ぐ為に目隠しをされて、ベッドや椅子に結わえ付けられたり、拘束衣を着せられた事もあります。姉の異能力を晶くんの結晶に籠めたものを与えられてからは、かなり落ち着いたと思います。まだ持ってますよ? 私の宝物です。
そんな感じで生きていました。
ある日、私達を世界が崩壊しました。
知っての通り、貴方達が、姉を保護した日のことです。
私と晶くんは一緒に逃げました。この生き難い社会に放り出されてしまいました。
幸い運が良く、世間的には運悪くですが、私と晶くんはある人に拾われて、忌路区で鍛え上げられましたとさ。
おしまい。
……流石に、誰かは言いませんよ。
悪人であることは間違いないですが、これでも育てられて鍛えられた恩は感じているので。
そうですね、私の倫理感はそこで培われたものです。今さら矯正するなんて出来ませんよ。だから一般的なもので覆い隠しています。貴方もそうでしょう?
《パーカー》ですか?
一般的だとか世論とか普通と言うものを知って、私は目玉を抉り取られる事が普通ではない事を知りました。それに、姉がまだそこに居ると思っていたので、探し出そうと思ったからです。動機はこれだけですよ。
姉の居場所は、それから直ぐに分かりましたけどね。悪人の情報網は結構なモノですから。
それでも活動したのは、その時の私にとって何か生きる目標が必要だったからです。何も知らない、全てがどうでもいい空っぽでしたからね。
姉のことも、無事ならそれで良いやって。
持ち直したのは、晶くんのおかげです。
姉の周辺を探って近況報告をしたり、写真を撮ってきたり、外出に連れて行ってくれたり、沢山の本を読ませてくれたり。私は彼に介護されていました。
そんなわけで立ち直った私は、立ち続ける為に《パーカー》を追うことにしたのです。ちゃんちゃん。
え?
あの3人の事?
ただの素行の悪いだけの一般人ですよ。
家出少年に援交少女、……彼は家出? 放浪? まぁそんな感じです。
もう良いじゃないですか。
詳細は書面に纏めて提出したはずです。
だから早く姉に、華夜姉さんに会わせてください!
は? 家?
異能力軍に来た私が忌路区に帰れるとでも?
もうありませんよ、帰る所なんて。
後で良いんですよ! そんな事!
で、何処です?
4番隊の事務室ですね、向かいます。
事情聴取が終わりました。
記録と証拠が無いので、拘束は難しそうでした。するつもりは無いですけどね。