桜花の涙
グランドクルスの爆発と同時に大きな水柱が上がった。グランドクルスの衝撃波が海水をはじき飛ばしたためだった。グランドクルス、正式名称を4式衝撃収束飛行爆雷と言う。一定の間隔で敵を包囲した爆雷が、一斉に爆発し、それぞれの爆雷が爆発を上下方向にのみ爆圧を逃がすようにコントロールする。通常は、爆発による衝撃波は四方に拡散するのだが、このグランドクルスに限っては、上下方向にのみ爆発が拡散することで、驚異的な破壊力を獲得しているのだった。
60年前、アメリカ艦隊を消滅に追いやった、究極の爆雷である。
周波バリアごと爆圧に押しつぶされたオロチはしばらく動けないようだった。爆発の衝撃波と熱風をもろに受けたのだ。その威力は新星攻撃隊の攻撃の比ではなかった。
「まほろば」はまだ警戒態勢を解いてはいなかった。
「倒しましたね。艦長。」
副長の誠が昇に言った。
「いや、まだだ。副長。」
昇はモニターを指差した。赤外線センサーの画像を見ると、オロチの影の熱量が徐々に増しているようだった。
「なんと言う回復力だ。」
誠は、改めてこの生物の恐ろしさを感じていた。昇は、オロチの様子を見て、次の命令を出した。
「主砲、発射準備。目標が現れ次第、自動追尾で発射せよ。弾種は、3式徹甲弾。出力70%で発射せよ。」
3式徹甲弾。それは「まほろば」の主砲弾の中で、最弱の弾種であった。
「了解。主砲発射準備。自動追尾システム作動。目標の赤外線パターンに合わせ、主砲発射。3式徹甲弾装填開始。」
「まほろば」の主砲塔が静かに動き始めた。オロチの居場所に照準を合わせ、仰角も完璧に調整されていた。主砲塔の内部では、数十発の主砲弾をこめたカートリッジが主砲塔内部の加速レールに接続された。
「あなたには死んでもらうことになります。」
零式桜花の中で、桜花は千尋に言った。
「私達の技術力は世界の軍事バランスを一挙にひっくり返すことも、『まほろば』を得ただけで、世界を滅ぼす力をも持っているのです。現在、地上にあるどんな兵器をもってしても『まほろば』を破壊することはできません。だから私達は国を捨て、世界のためにその力を使おうとしているのです。私達の力を暴くもの。それだけでも私達にとっては脅威なのです。」
千尋は悲しそうに話す桜花を見た。
「桜花さん。あなたは言ってはならないことを言ってしまった。あの艦の名前が『まほろば』ということ。そして、あの艦がそれほどまでに強力な艦であるということが俺にわかってしまった。」
モニターの桜花は口を押さえた。
「あなたは本当に人間のようなコンピュータだな。俺はもう、死ぬしか無いのか?桜花さん。」
「・・・千尋さん。」
「記事に書けないこと。俺にとっては悔やんでも悔やみきれないことだ。思い残すことは山ほどあるが、最後を覚悟しなきゃな。桜花さん。あんたに会えてよかったよ。」
そういうと、千尋は静かに目を閉じた。
「千尋さん!」
モニターの桜花は目に涙を浮かべていた。
オロチは眠っていた。静かに回復の時を待っていた。どんな生物でも睡眠中は隙だらけになる。だが、オロチはあえてそうしていた。地球上のどの生物でも、自分たちを殺すことが出来ない。オロチの無防備な睡眠は、自分たちが殺されないことへの絶対の自信の現れであった。
だが、その眠りも永くは続かなかった。オロチのもつ驚異的な回復力が戦闘可能のシグナルをオロチの五体に発したのだ。オロチは自分を昏倒させた敵に最大出力の光弾を撃つべくその巨体を海水面に現した。