その名は桜花
「全艦、第二次攻撃準備。グランドクルスを使う。」
昇は命令しようとしたが、副長の誠がとめた。
「待ってください。艦長、都庁に人が!!」
全天周モニターにカメラを抱えた千尋が映し出された。
「なんだと・・・避難は完了したんじゃないのか。やむを得ない。救助するしか無い。・・・桜花!!」
モニターの画面に女性の姿が映し出された。髪の長い美しい十二単を着た女性だった。
「はい。艦長。」
「出られるか?」
桜花と呼ばれたそれは優しく微笑むと言った。
「お任せください。都庁ビルにいる人を救助すればよろしいのですね?」
「そうだ。よろしく頼む。」
「はい。」
桜花は恭しく頭を下げるとモニターを切った。すぐに「まほろば」の艦橋後部に設置されたカタパルトが開き、小さな戦闘機が射出された。無人戦闘機零式桜花II型である。無人戦闘機である桜花は、たちまちのうちに最高速に達し、都庁の上空にたどり着いた。
「あれが・・・白い戦艦・・・」
千尋があっけにとられていると、いつの間にか目の前に小さな見たことの無い戦闘機が着陸した。
「お乗りください。ここは危険です。」
戦闘機はそう喋ると、ハッチを開いた。千尋は状況が飲み込めぬまま、桜花に乗り込んだ。桜花は千尋を飲み込むと、すぐに空域から離脱した。
「なんだ?誰もいないじゃないか。」
操縦席に座ったのは良いものの、狭い戦闘機の中には誰もいなかった。すると戦闘機の中から女の声が聞こえた。
「はい・・・この戦闘機は無人機ですから。」
「せ、戦闘機が喋った!?しかも、女?」
千尋は驚いた。よくよく見ると、操縦席には操縦桿や計器は無く、モニターとキーボードらしきものしか見当たらなかった。モニターには十二単を着た女性が映し出された。
「私は桜花。この戦闘機を制御している人工知能です。」
機械らしさとは無縁の美しく、流麗な声で桜花は話した。千尋にとっては人工知能と言うSFじみたものが存在することも信じられなかったが、人間と会話する桜花の存在も信じられなかった。モニターの桜花はその様子を見たのか、少し悲しげな表情をして千尋に言った。
「私達はあなた方とは遥か隔絶した科学技術を持っています。そのような反応も致し方ないと思います。」
「すまない、桜花さん。あまりのことで驚いてしまって。俺は、広瀬千尋だ。よろしく。ところで、これから俺はどうなるんだ?」
「間もなく安全圏に到達します。そこであなたをおろすつもりです。そして、お願いがあるのです。私達のことを決して口外しないでいただきたいのです。」
千尋は引き下がることが出来なかった。60年ぶりに姿を現した白い戦艦。ついに現れたのに命がけでここまでやって来たのに、何も記事にすることが出来ないなんて。千尋は食い下がった。
「桜花さん。俺はあんたたちの存在を信じてここまでやって来た。命もかけた。それに俺はフリーライターだ。これを記事に出来ないなんて無理な相談だ。」
必死な千尋を見て、桜花は悲しそうな表情を浮かべた。一瞬うつむいた桜花はきっと顔を上げると毅然とした顔で言い放った。
「千尋さん・・・あなたには死んでいただくことになるかもしれませんよ。」
「えっ?」
零式桜花が千尋を連れて脱出した頃、オロチと「まほろば」の闘いが始まった。「まほろば」の次の攻撃を待たず、起き上がると間髪入れずに光弾を発射した。だが、「まほろば」は無傷だった。
「艦体各所に損傷なし。第2装甲板衝撃拡散機能順調に作動中。」
オペレーターが報告した。「まほろば」は全部で48の装甲板で覆われている。第一層はタングステンを遥かに超える硬度、そして、1万度まで耐えられる超合金Zで覆われており、極めて薄い装甲であったとしても、通常砲弾では理論上破壊されない防御力を有している。第二層は衝撃吸収合金、超合金Yでコーティングされている。あらゆる衝撃を拡散、吸収する極めて柔らかい超合金である。この二つの超合金を48層に渡って複雑に組み合わせることで、「まほろば」は核攻撃ですら無傷で耐えきれるほどの驚異的な防御力を獲得することができたのだった。
「グランドクルスを使う。まずは、ヤツを東京湾までおびき寄せなくてはならない。短誘導噴進弾装填。それから、主砲戦準備。主砲選択、51cmレールガン。」
昇が指示を出すと、直ちにオペレーターが作業を開始した。
「短誘導噴進弾、各VLSに装填。『まほろば』戦闘モードに移行。高度、200mへ降下します。」
「まほろば」は高速巡航時、大気中の空気抵抗を考え、主砲やその他の武装、そして、艦橋を格納している。「まほろば」は降下と同時に格納された艦橋を上昇させ、主砲を展開させた。砲塔が一段上に競り上がると、甲板の下からエレベーターが現れ、巨大な砲身が姿を現した。51cm電磁速射砲、レールガンである。
「艦長、戦闘モードに移行完了。」
「短誘導噴進弾。発射!」
108発のミサイルがオロチに向かって飛来した。オロチはすかさず身を震わせると、周波バリアを展開した。ミサイルがオロチにたどり着く前に爆発した。オロチはまるであざ笑うかのように鳴き声をあげた。
「よし。そのまま後退するぞ。噴進弾攻撃続行。」
さらに108発のミサイルが発射された。オロチはさらに周波バリアを展開してミサイルを無力化する。このまま堂々巡りかと思われたが、煙が離れたとき、「まほろば」はオロチからさらに離れた場所にいた。
煙が晴れたとき、「まほろば」の姿を認めたオロチは凄まじいスピードで海へ向かいだした。
「よぉし・・・来い!」
時速120kmで疾走するオロチは数分とかからずにその巨体を海に没した。そして、長い首を海面からだすと、光弾と同時に激しい衝撃波を「まほろば」に浴びせた。「まほろば」はその衝撃波をさらに受け流した。
「衝撃波で戦うのはお前たちだけと思うなよ。グランドクルス発動!4式衝撃収束飛行爆雷、発射!」
「まほろば」から4発の爆雷状のロケット弾が発射された。オロチの上空で制止すると。爆雷同士が対角線状に、まるで、十字を描くように光が放出された。そしてさらに円状に光が爆雷同士を結びつけたかと思うと、4つの爆雷が一気に爆発した。光の柱が上った次の瞬間、衝撃で海水がはじかれ、大きな水柱が上がった。
零式桜花II型スペック
全長:9.5m
全幅:8m
最大速度:マッハ3.2
武装:20mmバルカン砲
空対空誘導噴進弾
「まほろば」に搭載された無人戦闘機。各機の動きは統合システム「桜花」によってコントロールされる。故に零式桜花それぞれは桜花の端末に過ぎない。無人機故に人間の動きでは予想出来ない空戦機動を行うことが出来るばかりか、救助、偵察、攻撃、制空、電子戦に対応出来る多用途機でもある。
また、レーダーは機首でなく、胴体上下に設置されており、機首にはさらなる秘密が隠されていると言われている。
桜花はM機関が開発した人工知能であり、人工知能ならではの冷静な計算が可能だけでなく、各センサーを通して五感を感じることが出来、人間と同じ感情を有している。囲碁が趣味で、待機中のときなどは誠や昇と指すことがある。腕前は人工知能なのに、誠や昇に負けることもしばしばである。