出現!「まほろば」
「まほろば」は小笠原諸島上空をマッハ2.5で通過していた。
昇は艦橋にひと際高く設置された指揮シートに腰掛け、めまぐるしく変わる空を見つめていた。空中、海中での高機動戦闘を主眼において設計された「まほろば」の艦内は乗員は常にシートに座れるようになっており、艦橋には全天周モニターが設置され、外の景色から戦闘情報、通信まで集約される仕組みになっていた。
昇の眼前には、M機関が秘密裏に打ち上げた監視衛星からもたらされた東京の映像が映し出されていた。オロチの光弾がきらめく度、あたりに大爆発が起こっていた。
「現地に派遣したエージェントによると、周辺の住民の避難は完了しているそうです。艦長。」
昇のとなりのシートに腰掛けた「まほろば」副長の真田誠が言った。まだ、26歳と若いが生粋のM機関の人間であった。
M機関とは、前「まほろば」艦長、故三好義安大佐が日本より離反して作り上げた秘密機関である。63年前、昭和20年8月15日、「まほろば」の科学力を恐れた三好大佐が日本の無条件降伏を機に「まほろば」とそのクルー、そして「まほろば」基地の人員とともに日本国より離脱、以後、どこの国にも属さぬ秘密機関として世界の脅威になるべきものと戦うためにその技術を磨いていった。
以後は小笠原諸島南端の孤島の地下にこもり、そのコミュニティの中で世代交代を繰り返していった。
しかし、敷島昇は違った。15年前、サブマリナーとして小笠原諸島近海で任務活動中、乗艦がオロチとの偶発的な戦闘で撃沈され、漂流したところを助けられたのだった。このように、助けられた漂流者が機関員となるケースも少なからず存在した。
「だが、火の海になった東京は繰り返したくはなかった。」
昇は拳を握りしめた。20年前、東京にオロチが来襲したとき、昇は恋人と家族を失っていたのだった。そのことを聞いていた誠は、怒りと悲しみに震える艦長をただ見守るしか出来なかった。
「東京湾に入る前に減速、巡航最低速度で目標に接近する。」
昇は事前に命令を下した。高速で東京に突入する「まほろば」はほんの少しタイミングを間違うだけで攻撃のチャンスを逸してしまうからだ。
東京は火の海だった。浅草も、神田も、秋葉原も上野も、六本木も、全域が火の海だった。消火させようにも人間そのものがいないゴーストタウンである。火の回りに任せるしか無かった。
「司令、負傷者の搬送終了しました。」
「都内の残存『轟雷』、『瞬雷』の撤収に成功しました。現在、百里基地へ向かっています。」
オペレーターが少しだけ安堵の息をもらした。彼らに出来ることは全て終わったのだ。
「そうか・・・よくやった。」
山根がねぎらいの言葉をかけたが、一瞬自嘲的な笑いがこみ上げて来た。なにがよくやったというのか結局は人智を超えた力に完敗したのだ。山根は敗北感と罪悪感でいっぱいになっていた。
そんな中、米沢から通信が入った。
「坊主・・・すまねぇ。力及ばなくてよ。」
「おやっさんが生きていただけで良かった。おやっさんが死んだら怒られがいのある人がこの世からいなくなりますからね。」
少しだけ山根は笑った。これが山根に出来る精一杯の冗談だった。そんな山根を良く知る米沢はそれを察し、自分の傷をおして破顔した。
「こきゃぁがれ!今度そっちに行くからな。ここまでぼろ負けしやがって。百たたきだ。」
顔面蒼白になりながら笑った米沢は表情を悟られないようにすぐに映像による通信を切った。オペレーターからいきなりの報告が入った。
「P-3cより入電!東京湾を急速に北上する未確認飛行物体あり!レーダーには反応ありません。」
「なんだって!?」
オロチは新宿に歩みを進めていた。といってもオロチに足は無い。巨大な龍と考えて差し支えない。空の飛べないこの龍は蛇のように身をくねらせて、都庁ビルまで近づいて来た。市ヶ谷地下司令部とはことなり、都庁はむき身のビルディングだった。オロチの攻撃に対してあきらかに脆弱な代物であった。
千尋は動かなかった。いや、動けなかった。目の前に自分の死をもたらすものがやってこようとしている。俺は死ぬのか。一秒にその考えが千尋の中で何十回も繰り返された。だが、生へ結びつこうとする動きとは裏腹に、千尋はカメラを向け続けた。真正面から迫り来る禍々しい化け物の姿を、千尋は死の恐怖を忘れながらほぼ無意識のうちにシャッターを切り続けていた。
そんな自分を唯一攻撃する者と認めたのか、オロチは口を開いた。千尋は光弾のエネルギーがたまっていく様を見た。オロチと千尋の距離、わずか200m。すぐにあの世に行ける。死んだと思った瞬間、オロチは横に崩れ落ちた。ミサイルがオロチの頭にぶち当たったのだ。
「どうしたんだ!!?」
「あれはなんだ!!?」
司令部の山根と、千尋が同時に叫んだ。だが、千尋は山根よりもよく知っていたはずだった。その白い戦艦を。60年の歳月を超え、白銀の戦艦が姿を現したのだった。
「さぁ、ここからは我々が相手だ!」
「まほろば」とオロチ。人智を超えた闘いが始まろうとしていた。