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断固拒否します

 ノエリアが連れ込まれたのは、市場より少し離れた川沿いにある空き倉庫だった。貴族と結託し王宮に相場より高額で物品を納入して甘い汁を吸っていたとして、一ヶ月ほど前に会頭が逮捕された商会の持ち物だが、中の商品が運び出されて放置されていた。そこに、近隣の素行の良くない男たちが(たむろ)するようになっていた。


 今日も五人の男が倉庫の中にいて、抱えられて連れて来られたノエリアを見てほくそ笑んだ。

 彼らもノエリアと同じような貧しい地域に産まれた。学もなく職もない。日雇いの作業があったとしても、手配師に中間搾取されてわずかの給金しか貰えない。

 盗みやスリ、たかりをしなければ生きていけなかった。


 そして、王が代わり時代が動いた。

 

 中間搾取をしていた手配師は営業できなくなり、王宮が職業斡旋に乗り出した。そのため、犯罪歴のある彼らは低給の日雇い仕事さえ得られなくなった。

 無料で入所できる職業訓練所もできたが、やはり犯罪歴がある彼らに入所資格はなく、資格があったとしても若い者たちと一緒に学ぶつもりもない。

 やがてまともな家に住むことができずに、こうして空き倉庫で共同生活をしていた。


 彼らも時代の犠牲者であるが、その怒りは今まで搾取してきた方に向かわず、もっと弱い層に向けられる。老夫妻が営んでいるささやかな商店から商品を盗んだり、弱そうな女性や少年から金品をすりとったりして生活をしていた。そして、最も搾取されて生きてきたノエリアで欲望を満たそうとしていた。


 元娼婦ならば殺さなければ何をしてもたいして罪にならないと彼らは考えていた。

 事実、良家の娘ならいざ知らず、娼婦が手篭めにされても騎士は犯人を本気で探さない。そのような事件が多く手が回らないのだ。


 

「そこそこいい女だけど、本当に元娼婦なのか? 普通の女を無理やり犯したら騎士団が動くぞ」

 一人の男が心配して訊いた。

 普通の女との言葉に反応してノエリアが顔を上げる。スランはノエリアを普通の女だと言った。だから、望まない相手と寝てはいけないのだとノエリアは納得する。

 例え騎士が助けてくれなくても、ノエリアは黙って彼らを受け入れる事はできない。

「大丈夫だ。西地区の安い娼館にいた娼婦で間違いない。何回か抱いたことがあるから。あの娼館では人気のある方だったな」

 ノエリアを抱えていた男がそう答えながら、乱暴に彼女を床に下ろした。


「私はもう娼婦ではないから誰とも寝たりしない!」

 立ち上がろうとしたノエリアの足首を男が掴む。別の男が腕を抑えた。

「俺達が満足したら帰らせてやるって言っているだろうが。素直にやらせる方が、痛いことをされなくてお前のためだぞ」

「嫌だ! 触らないで。私は帰るんだから」

 手足をばたつかせ暴れるノエリアを、数人の男が抑え込む。


「おい、この女、銀貨を持っているぞ。しかも五枚だ。この女をいただいた後、みんなで美味いもんでも食おうぜ」

 服を脱がそうとしてノエリアの体をまさぐっていた男が、侍女服のポケットから銀貨の入った小さな財布を見つけた。

「おお、すげぇ! やったな。これで堂々と高い店に入れるな」

「返して! そのお金はスランのものを買うんだから」

「うるさい、黙れ」

 ノエリアは先程とは反対の頬をぶたれた。それでも彼女は抵抗を止めなかった。




 スランは購入したものを店まで運ぶように頼み、中央の女神像のところまで行ってみたが、ノエリアの姿は見当たらない。どこかの店に入っているのかと思って歩き出そうとした時、

「スラン、大変だ! ノエリアちゃんが与太った奴らに拐かされてしまった。相手は川向うの倉庫辺りを根城にしている奴らだ」

 八百屋の店主が叫びながら走ってくる。彼はスランの店の常連で、逞しい妻の愚痴をノエリアに聞いてもらっていた。

 先程配達途中でノエリアが攫われるところをたまたま見てしまったが、男たちが怖くて隠れて見ているしかできなかった。

「情報感謝する。俺はノエリアの救出に向かうから、騎士団に通報を頼む」

 そう言い残して走り出したスランは、みるみる小さくなっていく。


『ノエリアが普通の常識を持ち合わせていないのはわかっていたのに、なぜ一人にしてしまったんだ』

 スランは走りながらノエリアを一人にしたことを後悔していた。

 ノエリアは最近しっかりしてきたので油断があった。場末の娼婦だったのだから、ろくに外へ出ししてもらっていないことはスランにもわかっていたのに。

 誰もノエリアに常識を教えなかった。だから、彼女は年令を重ねても少女のように無知で、無垢だった。

『後悔していても始まらない。拐かした奴らはノエリアの体が目当てだから、殺したりはしない』

 そう自分に言い聞かせてスランは走る。いくら娼婦だったとはいえ、何人もの男に犯されたら壊れてしまうかもしれない。その前に助けなければと、橋を駆け抜ける。



 船で荷物を運ぶため、川沿いに大きな倉庫が建ち並ぶ。昼間というのに辺りは全くの無人だった。

 スランがノエリアの行方を探して走り回っていると、言い争う声が聞こえてきた。

「嫌! 触らないで」

「売女のくせに、素直にやらせろ!」

 倉庫の鉄の扉には鍵が厳重にかけられているため、男たちは煉瓦の壁を一部壊して薄い板を置いてを出入り口にしている。密閉度が低いため声が外に漏れ聞こえてきていた。

 

 スランは剣を抜き扉代わりの薄板を蹴り飛ばした。

 大きな音がして、倉庫の中にいた男たちが一斉にスランを見る。その中にはズボンを下ろした間抜けな姿の男もいた。そして、男たちの中央に全裸のノエリアが横たわっていた。


「ノエリア!」

「スラン!」

 両頬が腫れて痛々しく、両目からは涙が溢れ出ていたが、スランの叫びに応えたノエリアの声は思った以上にしっかりしていたので、スランはとりあえず安堵した。


「一人で乗り込んできたのか?」

「おっさん、邪魔するなよ」

「それとも、この女が犯られるのを見ていたいのか?」

「女は殺さないけど、男はどうしようか?」

「殺して埋めちまえばバレないぜ」

 

 スランが突然入ってきて驚いた男たちだが、相手がスラン一人だとわかると、八人もいる自分たちが圧倒的に優位だと思い余裕を見せていた。

 

 スランが男たちに素早く近づき、中腰になっている男の尻を蹴り飛ばした。下半身をむき出しにした男は吹っ飛び、頭を床の打ち付けて悶絶している。


「何しやがる」

 一人の男がスランに殴りかかるが、スランが剣の柄を男の腕に振り下ろすと、骨の折れる嫌な音がして、うめき声を上げながら倒れ込んだ。


「このやろう!」

 別の一人が剣を持ち出すが、安物なのでスランの剣に打ち据えられて簡単に折れてしまった。その折れた剣先が男の腕に刺さった。


 簡単に三人が倒されたので、残りの五人はやっとスランを警戒する。


「ち、近寄るな、この女を殺すぞ!」

 一人が短剣を取り出し、ノエリアを抱き上げてスランから距離を取る。

「ノエリアが怖がるから、俺は穏便に済ましているんだぞ。ノエリアを殺してみろ。俺には本当に守るものはなくなるから、死刑になろうとかまわない。お前らは皆殺しだ」 


 大柄なスランが凶悪な笑顔を見せて、ノエリアに短剣を突きつけている男に一歩一歩近づいていく。

 途中で斬りかかってくる男の剣をスランは剣を払い上げて弾き飛ばし、柄で男の顔を殴りつける。鼻が潰れて鼻血が吹き出した。


 横から殴りかかってきた男の腹を蹴り飛ばし、後ろから斬りかかってきた男の剣を屈んでかわして脚を蹴ると、盛大に顔から転んでしまう。


「ノエリアを返せ! 今なら騎士団に突き出すだけで許してやる。それとも、死にたいか?」

 ノエリアを抱えていた男は、スランに剣を突きつけられ、床にへたり込んでしまった。


「ノエリア! 大丈夫か?」

 スランは男の腕からノエリアを助け出す。

「私、あいつらにやらせなかったよ。だって、私はあいつらと寝ることなんか望まなかったから」

 かなり抵抗したらしく、顔以外にもノエリアの体には多数の痣があった。

「済まなかった」

 スランは着ていた上着を脱いで全裸のノエリアに着せる。彼女が着ていた侍女の制服はぼろ布に変わっていた。


「スランは私を助けてくれたのよ。謝ることなんてないもの」

 スランに抱きつき、安堵のためかノエリアが泣き始めた。

「ノエリアを一人にしたのは俺が悪い。そして、俺が望まない相手と寝るなと言ったから、こんなに殴られても抵抗したんだろう。本当に悪かった」

 そっとノエリアを抱き返したスランは再び謝った。

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