エルフは勇者を鍛えた。
説明回です。
さらっとお読みください。
三人称風から、メロスの1人称に視点変更しました。(2018/6/26)
「私は、海堂桜。
あなたは?」
黒髪の少女は、そう名乗った。
「メロスだ」
「走り出しそうな名前ね」
意味がわからない。
「?」
「ごめん、続けて?」
「一応、エルフだ」
魔法は使えないがな。
「一応? まあいいや、私は人間。
こんな自己紹介したのは始めてだけど」
はにかむように桜は笑った。
「ハム」
「ハム?」
「すまん、噛んだ。
考えて見ると、誰かと話すのは、80年ぶりくらいだからな。
あまり舌が回らないみたいだ」
少し、舌の筋肉をほぐすか。
舌をぐるぐる回した。0.001秒で1万回ほど。
桜は、この無作法の行為をスルーしてくれた。うん、できたお嬢ちゃんだ。
「ぼっちなんだ、可哀想。
でさ、違ったらいいなぁ、って思いながら聞くんだけど、もしかして異世界、ここ?」
桜が不安そうな顔で聞いてくる。
異世界、か。
そういえば、だいぶ昔に来たドワーフの商人が何か言っていた気がする。
いまいち思い出せないな。
しょうがない。スクワットでもして、脳を活性化させるか。
2万回ほどスクワットしたところで、思い出した。
「そういえば百数年前に、旅の商人がそんな話をしてくれたな。
与太話かと思っていたが、あながち嘘ではなかったのかもしれん、
異界から来た者を、勇者と呼んでいるらしいが、桜もそうなのか?」
メロスは桜を観察する。
海堂桜は、腰近くまである綺麗な黒髪をした美人だ。
エルフの中に入っても負けないほど、顔が整っている。
胸は、男エルフとどっこいどっこいというところだが。
「何故かムカつくんだけど、失礼なことを思っていない?」
「なんと、それはエルフに対する侮辱か?」
もっとも美しい種族と呼ばれる、エルフと同列に見て、怒りだすとは。
「はっ?」
桜が変な顔をした。
「エルフと同等の胸部だと思っただけだぞ」
「私の胸を平坦って言ってんなら、地獄を見せるよ?」
桜が袖をまくって戦闘準備を始めた。
「気にしているのか?」
「当然でしょ」
「いい心がけだ」
本当に素晴らしい。
最大の賛辞を送ったのに、桜は怪訝な顔で見てきた。
「やっぱり喧嘩売ってる?」
なぜか誤解を生んでいるようだ。
やはり、筋肉以外のコミュニケーションは、齟齬を発生させるのか。
この世から争いがなくならないのは、筋肉が足りないせいだな。
っと、この世を憂いている場合じゃないか。
しっかり説明しなければ。
「確かに、桜には胸筋が足りていない。
だが安心しろ、しっかり聖書の23巻の教えを実行すれば、胸筋はお前のものとなる」
それで彼女の小さかった胸が、大きくなる。
彼女のコンプレックスを消すことができるなんて、さすが聖書だな。
「いや、胸筋に興味はないけど。
それに、聖書?」
「そうだ、神殿の中に来るといい」
桜の照れ隠しか、それとも聖書を見ていないから、半信半疑なのかは知らないが、聖書さえ見れば、態度も変わるだろう。
神殿の中へ入っていく。
桜は少し躊躇したが、しっかり後をついてきてくれた。
壁一面に飾った、光り輝く『週刊 筋肉を作ろう』(聖書)を見れば、聖書を信じる気持ちが湧くだろう。
「あれが……聖書?」
どうやらあまりの神々しさに、言葉が詰まったようだ。
気持ちはわかる。
いつのまにか徐々に光り始めた聖書は、拾った頃よりも神々しさがアップしているのからな。
我が筋肉のように。
「ああ、あの神以外には描けない、素晴らしい絵画を見ろ。偉大さを感じるだろう?」
むっ。
桜が怪訝そうな顔をしている。
どうしたと言うのか。
「まさか愚弟の持っていたポディビルダー本が、聖書にされているとはね。
まあ、あんな光ってなかったとは思うけど」
聞き逃せない呟きが聞こえた。
「なんと、あなたは聖書の持ち主の姉君か」
ということは、桜は100歳以上なのか。
異世界人は見た目によらないものだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、聖書を原典の言葉で読める者が現れたことだ。
「鰯の頭も信心からって、鰯の頭にもほどがあると思うよ。
……あとついでに、帰ったらあいつ〆ないとね。私がこんな本盗むわけないでしょうに。まったく」
桜の呟きから察するに、聖書が消えたことを桜が盗んだと、弟君が疑ってしまったようだ。
たしかに、これだけ素晴らしいものだ。
盗難に遭うこともありえる。
まあいつか会えたら、弟君に謝罪しようではないか。
それよりも、音読会を始めなければ。
「それでは、これらの聖書を音読する。
読み方が間違っていたら教えてくれ」
「ん? ……それでは? ごめん、そんな話の流れだったっけ?
ていうか、そこにある本全部?
冗談でしょ、いやだよ。言葉通じるんだから、自分で読んでよ」
何を言っているんだ、桜は。
「この文字は読めんのだ。筋肉で大体の意味は捉えたつもりだが、正確に知りたい。
では、まずは……」
————————————
「ねぇ、いい加減にしてくれない?」
一言一句違っていないらしい朗読が、5冊目に突入しそうなところで、桜が怒りの声を上げてきた。
「ぬっ?」
まさか、大きく間違って読んでしまって部分があったのだろうか。
「流されるまま、あんたの朗読を聞いてたけど、私は今の状況すら把握できてないの。
せめて現状の確認くらいさせてよ」
そうか、そういえばそうだったな。
ではわかりやすく話して、すぐに音読会を再開しよう。
「むっ。
これはすまないことをした。
ここはエルフの治める森の一部。
瘴気の森と呼ばれている。
おそらく桜は、異界から迷い込んだ、勇者と呼ばれる存在だ。
では、続きを読み上げるぞ。
違う部分があれば教えてくれ」
早口で、状況説明をした。
「なに普通に朗読を始めようとしてるの?
もう聞かないよ」
驚愕した。
なぜだ。
「なんで、信じられない、って顔してんの?」
「桜もこの聖書の信者だろう。
同じ聖書を追求する者同士、正しい教えを知りたいという気持ちは、理解してくれるはずだ」
「それ聖書じゃないし。
あと、人を変な宗教に入れないで‼︎」
「そうか、では聖書の素晴らしさが理解できない、か。
弟君には理解できているというのに。
嘆かわしいことだ」
首を振る。
「弟も信者じゃないし。
それと今更だけど、なんでその本光ってんの?」
「聖書だからだ」
何を当然なことを。
桜がなぜか面倒くさそうな顔をした。
「もしかして、魔法?
魔法で光ってんの?」
「聖書が光るのは、神の御力だ。
我が筋肉があるのと同じように、な」
「何言ってるか分からないや。
一応聞くけど、私って元いた世界に帰れる?」
「知らないな」
我が筋肉も知らないとピクピクしている。
「やっぱり、そっか。
なら、私に魔法を教えてくれない?
あるんでしょ、魔法。
そしたら、その本の朗読に付き合ってあげてもいいよ」
桜は満面の笑みを見せた。
「よかろう。魔法を教えてやる」
別に減るものでもないしな。
「お願いします」
「ああ。まずは筋トレから始めよう。腕立て10回だ」
「えっ?」
桜が、ぽかんと口を開けた。
「何事も体力がモノを言う。我も隣でやってやる。さあ始めるぞ」
桜が渋々といった感じで腕立てをする。
「よし、よくやった。次は腹筋10回」
「はい」
「次はスクワット10回」
「はい」
「背筋10回」
「……はい」
「それではもう一度腕立てから始めよう」
「…………はい」
———————————————-
「巫山戯んな。私は新兵か⁉︎
魔法はどうした」
「どうした? 根をあげるにはまだ早いぞ」
「休みなしで100セットつきあったんだから、忍耐強いほうよ。ていうか、こんなに筋トレできる自分の体力にもビックリだわ。私、どうした?
改造でもされたの?
信じられないくらい、体力がついてるんだけど」




