迷宮学者は桜を騙した。
メロスが消えてすぐ、サマーはミリーとメイを見た。
「ミリー、メイ。
メロスと私の動きは見えた?」
「いえ、ただ増えたように見えました」
「……メイと同じだ」
メイとミリーが悔しそうに答えた。
「桜ちゃんは?」
サマーは桜を見た。
「見えましたよ。
メロスが本気だったら無理ですけど、歩いてただけなので」
「そ、そう。
あれで本気じゃなかったのね。
つくづく色々調べたいわ。
……本題に戻しましょう。
今のレベルを見えるのが、今回の依頼に必要な能力の、最低条件よ。
だから、あなたたちを連れて行くことはできないわ。
そして、桜や私、メロスの心配は不要ってこともわかったでしょう?」
ミリーとメイは渋々頷いた。
そのあと、メイがパッと目を見開いた。
「……もしかして、私たちにお金を渡すために、依頼破棄をしたんですか?」
ミリーもそれを聞いて剣呑な目を向ける。
「同情か?」
サマーは笑って首を振った。
「私はあなた達が孤児院出身者だからといって、特別な配慮はしないわ。
素晴らしい2人を連れてきてくれたお礼よ。
あなた達が受ける権利のあるものだから、受け取ってくれるかしら?
そうでないと、私がギルドに怒られるわ」
サマーは嘘は言っていない。
確かに相場よりは多いが、桜とメロスに会わせてくれたことを本気で感謝している。
だから、この金額は間違っていない。
確かに、少し、ミリーとメイには自分達のためにお金を使ってほしいとは思っているが。
ミリーは収入のほとんどを、自分たちの育った孤児院に寄付しているし、
メイは孤児院と魔法学院に半々で寄付している。
2人にこれだけの金額を渡しても、間違った使い方をすることはないと確信しているからこそ、少しだけ多めに渡した部分がないとは言い切れない。
まあ、それも含めて、正当な報酬だろう。
「ほら、もうギルドに行きなさい。
メロスを呼び戻さないといけないし」
「ミリー、メイ。
私は大丈夫だから、心配しないで」
桜が笑って言う。
それ見て、ミリーとメイは同時に溜息をついた。
「わかりました。
ご武運を祈ってます」
「ああ、必ず帰ってきて、土産話を聞かせてくれ」
ミリーとメイは出て行った。
「それで、メロスはどうやったら呼び戻せるのかしら?」
サマーが桜を困ったように見た。
あの細マッチョに変わったエルフは、どこに消えたのか。
「呼んだか?」
「……もうツッコむのはやめるわ」
サマーが遠くを見た。
それを桜がトントンと、背中を叩いて慰める。
「それがいいですよ。
ツッコむだけ損です」
「どうやら、話はついたようだな」
「ええ。
ごめんなさいね、2人を追い返すために一芝居打ったけど、突然だったから驚かせてしまったでしょう?」
「その割には、やや本気に見えたが」
桜も頷いた。
「まだ本気は出してないわ。
迷宮では、もう少し面白い魔法を見せるから、楽しみにしてて」
サマーが不敵な笑みを見せた。
「楽しみにしてます。
……それで、そろそろ依頼について教えてもらえませんか?」
桜が話を進めた。
「そうね。
この街にある迷宮って、どんなものか知ってるかしら?」
「いえ、全く知りません」
「我も知らないな」
「この街の迷宮は、地下に広がる遺跡のような場所なの。
最下層は地下30階、とされているわ」
「されている、ってどういう意味ですか?」
桜が不思議そうに首を傾げた。
ここにいるのがメロズでなければ、それだけで恋に落ちそうな仕草だ。
その仕草を見て、サマーは笑った。
「本当はもっと深いのよ。
私以外知らない、秘密の場所へ、あなた達を連れて行くわ。
ただし、私も地下への通路を発見しただけだから、中に何があるかは、わからない。
それでも、迷宮結晶がある可能性は、他の知られている迷宮よりは高いでしょう。
私たちのするべきことは、すごく簡単。
迷宮が出来るだけ深いことを祈りつつ、ひたすら地下への進む。それだけよ」
「では行こうか」
メロスがサマーを促し、全員で研究所を出た。
「肉体はスマートになったままなんだね」
桜がメロスに気になっていたことを聞いた。
今は、普通のエルフに見える。
体が筋肉で膨れ上がっていないからだ。
「まあ見ろ」
メロスがエルフの伝統衣装である、ゆったりとした服の袖を、少しまくった。
すると、バキバキに絞り上げた筋肉が現れた。
「腕って割れるの?」
「ああ、萎んだと思ったが、筋肉を圧縮しただけのようだ。
なんら不便はなさそうだから、このままでも悪くない」
メロスは答えになってないことを答えた。
そのような話を色々していると、3人は迷宮近くまで来ていた。
「ここが迷宮前の広場よ」
迷宮前の広場は、人で賑わっていた。
商売人たちが、簡単に食べられるものを露店で売っている。
それを買いに、冒険者や街の人たちが入り混じり、ごちゃごちゃとした様相を見せていた。
「すごい、お祭りみたい」
桜が呟いた。
「そうね。でも、いつ来てもこんな感じよ?
賑わっている迷宮を中心にできた街は、文字通り眠らない街になるわ。
朝から晩まで誰かしらが飲んでいるから、変なのに絡まれないように注意してね。
桜ちゃんは可愛いから」
サマーがふふっと微笑んだ。
すると、桜も笑った。
「サマーさんだって、すごい美人じゃないですか。
それに、胸も大きいし。
サマーさんの方が絡まれるんじゃないですか?」
「私に絡む馬鹿は、そんなにいないわ。
そういう祭り好きは、血祭りに上げてるもの。今じゃあ、余程の新参者以外、近づく男はいないわ」
そんなことを、言い合いながらギルドが開いている受付の前まで3人は来た。
「3人よ」
「はい、それではドッグタグを確認します」
ギルド職員がドッグタグを水晶に当てた。すると、不思議そうに首を傾げる。
「おや、メロスさんと桜さん、ですか?
お二人は、ランク4ですので、サマーさんの依頼を受けることは」「ただ単純に、一緒に迷宮を潜るだけよ。
それなら、問題ないでしょう?」「ええ、それなら問題はありません。お気をつけて」
ギルド職員の言葉に頷いて、迷宮の中に3人は入った。
入ってすぐ、桜がサマー見た。
「どういうことですか? 依頼はどうなったんですか?」
「単純に、ギルドに寄るのを忘れてただけよ。
ギルドに行かないと、ランクは上げられないの。
今からギルドに行くのも面倒だし、入れたのだから、問題はないでしょう?」
「本当に私たちのランクって上がってるんですか?」
桜が胡散臭そうにサマーを見た。
それを受けて、サマーが視線をそらす。
「サマーさん?」
いたずらっ子の笑みで、サマーが噴き出した。
「ふふっ。
冗談よ。ちゃんと上げたわ。これでも、ギルドにはそこそこ貢献しているのよ。新人のランクでも、10ランクくらいまでなら上げられるわ」
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