桜は驚いて動けない。
「そういえば、桜ちゃん。
あなたの国の人の寿命って、どのくらいかしら?」
温泉の中に寝そべり、頭だけを柔らかいクッションのような枕に乗せて、シュワシュワと出る泡を浴びながら、サマーが訊ねた。
桜も隣で同じ格好をしている。
違いは、温泉に浮かぶものがあるかないかだ。サマーの方は、胸が少し温泉から出ている。
桜はダメージを受けないように、サマーの方を見ないで答えた。
「80年くらいです。
でもそれがどうかしましたか?」
「いえ、ただ一つ伝えておこうと思っただけよ。
迷宮の影響を受けた生き物や物質の特徴は、寿命がないことよ。
老化や老朽化が起きないの。
もちろん、桜ちゃんも例外ではないはずよ」
「私、もう成長しないんですか⁉︎
この体型のままなんですか?」
桜が絶望的な顔をする。
そして、温泉に浮かぶサマーの脂肪の塊をみて、より絶望感を感じた。
「桜ちゃんの世界の女性って、その歳を過ぎても、胸が大きくなるの?」
サマーは純粋な学術的興味から、発言をした。
しかし、桜にはクリティカルな質問だった。
桜が、打ちひしがれた表情を浮かべて笑う。
「へへへ。
どうせ私は永久に幼児体型ですよ。
……そうだ、胸を大きくする魔法を作れば……。
いける‼︎」
サマーが面倒くさそうな顔をする。
「ごめんなさい。
話戻していいかしら?」
「あっ、すみません。
えっと、本当なんですか?
老化しないって」
「私が何才か、聞いてるかしら?」
サマーはいたずらっぽい顔で、桜に笑いかけた。
「聞いてないです」
「そう、なら何歳に見える?」
今度は桜が面倒くさそうな顔ををした。
うわっ出た。女性に聞かれると面倒な質問第2位。
歳をとっても、その質問だけはしないようにしようと、桜は改めて決意した。
「やっぱり答えなくていいわ。
なぜか不快な気持ちになったから。
はぁ、私はこの世界で研究を始めてから、200年くらい経つわ。
まあ、あなたの世界と時間の数え方が同じかは、わからないけど。
メロスの話と合わせると、同じでしょう、たぶん」
桜が余計な言葉を言わない内に、畳み掛けはようにサマーが言った。
「200年かけても、帰れないんですか?」
桜は驚愕した。
もし、200年かけても帰れないとしたら……。
そもそも1年は安全のために訓練に費やしたが、できる限り早く帰るつもりではあるのだ。
これ以上時間をかけたら、取り返しがつかないかもしれない。
現代日本で、1年行方不明ってだけでも、結構詰んでいるのに。
サマーは曖昧に笑った。
「さて、と。
私はある仮説を検証しようとしている、そう伝えたわよね。
その仮説が実証されれば、桜ちゃんにとっては最悪の事実になるとも。
あなたの質問に答えるなら、私の仮説を話すことになるわ。
……実は、私がこの世界に来て調べたことで、ある程度、仮説の証拠は揃っているの。
ただ、実験をしていないから、確証を持ってはいないだけ。
もしかしたら、無意味にあなたを落ち込ませるだけの結果になるかもしれないわ。
それでもよければ、今話しましょう。
どうする?」
サマーは半分寝っ転がっていた体を起こし、座った。
少し浮かんできた胸を押さえながら、桜を見つめる。
その視線を真正面から受け止め、桜は頷いた。
「聞かせてください」
「……私の考えが正しければ、桜ちゃん。
あなたが、あなたの世界を出ることになってから、101年経っているわ」
桜はキョトンとした。
「逆浦島太郎みないな感じじゃないんですか?
ここでは100年経ったけど、帰ると1日みたいな」
サマーが首を振る。
「おそらく、あなたの世界とこの世界は同じ時間が流れているはずよ、たぶんね」
桜は何を言っているのかわからなかった。
「そんな、だって、私が来てから、1年しか経ってないんですよ⁉︎」
「狭間の空間では、入った瞬間から出るまで、凄まじい速度で移動することになるみたいよ。
そしてその距離は、動く。
長い距離を移動するほど、早い速度で移動する羽目になるわ。
その分、沢山のエネルギーの影響を受けるようだけど。
残念なことに、速く動く物体の時間はゆっくり流れるわ」
「えっと、簡単に、わかりやすくお願いします」
「桜ちゃんはいわゆる、タイムトラベルをしたのよ。未来にね。
そして残念ながら、今のところ過去に帰る方法は見つかってないわ。
だからもし元の世界に帰れたとしても、あるのはおよそ100年経った後の世界よ。
いえ、戻る時の狭間の空間の距離によっては、より時間が流れるかもしれない。
まあ、ここまで話しといてなんだけど、あくまでこの話は仮説でしかないわ。
迷宮結晶が首尾よく手に入れば、この仮説をひっくり返す証拠が見つかるかもしれない。
だから、今はまだ、頭の片隅にいれておく程度でいいでしょ。まだ、決まってないことで悩むのは馬鹿らしいわ」
桜は聞いた自分が悪いとは思ったけど、仮説を聞いたことを後悔した。
お読みいただきありがとうございます。
より良い小説を書きたいと考えています。
その参考となりますので、
評価や感想をいただければ幸いです。
よろしくお願いします。