迷宮学者はエルフの髪を攻撃した。しかし効果はないようだ。
「あっそういえば、あなたたちは、もう宿は取っているのかしら?」
いいことを思いついたと言うように笑い、サマーが聞いてきた。
「そういえば、忘れてました」
桜が罰が悪そうに答えた。
まあ、我も桜も、どうにか最悪野宿すればいいしな。完全に忘れていた。
「それなら、この研究所の仮眠室を貸しましょうか?
シャワーと浴槽もあるから、普通の宿よりも快適よ」
「本当ですか?」
桜が身を乗り出してサマーに詰め寄った。
「ええ」
「ぜひお願いします」
「どうぞ、好きなだけ使って」
「世話になる」
桜と一緒に頭を下げる。
我だけなら、神殿に戻っても良かったが、せっかくの好意だ。
喜んで受けよう。
それにしても、桜は浄化する魔法を使っていたはずだから、水浴びをする必要はないはずだが。
その時間があれば、筋肉を鍛えるために使う方がいい。
やはり桜は、不思議な少女だな。
「じゃあ、もう少し話す時間ができたわね。
メロスが拾った聖書について聞かせてくれるかしら?」
「すみません、サマーさん。
メロスは聖書だって言い張ってますけど、ただの筋トレ本なんですよ」「いや、あれは神が我に遣わした」「私も何度も読まされてるから、内容は頭に入ってるんだよ?
研究者に嘘ついたらだめでしょ」「む」
「ぜひ一度見てみたいわね」
「ではとってこよう」
「いくらなんでも、そんな無茶は言わないわよ。
もし上手く実験材料が手に入ったら、桜の現れた場所に行くから。
その時にお願いするわ」
せっかく、聖書に興味を示してくれたのだ。
鉄は熱いうちに打てと、ドワーフの商人が言っていた。
パッと取ってこよう。
少し急いで、神殿へと行って、聖書1巻を持ってきた。
そしてそのまま、テーブルの上に置く。
「これだ」
サマーが口を開けて見ている。
やはり、この神々しさは人を魅了するのだろう。
我にも目を向けてくるが、聖書の恩恵を確認しているだけであろう。
「まさかその見た目で、そのうえ、エルフなのに、空間魔法が使えるの?
魔法の気配はしなかったのに。
どういうこと?」
「何を不思議がっているんだ?
ただ、走って取りに行っただけだぞ」
「そんな訳ないわ。
仮にそれが本当だとしたら、風すら起きなかった理由が説明つかない。
一体なにかしら。
私の察知できない魔法?
迷宮の影響を受けてる?
どちらにしても、興味深いわ」
サマーから良からぬ気配を感じた。
狙いは、髪の毛か。
まあサマーの力では、傷つくことはないだろう。気にしなくてもいいか。
「あら?
えっ?
魔法が効かない……⁉︎」
「あの、サマーさん。
メロスには、私が全力で髪の毛の抜ける呪いをかけても、毛根が死滅する呪いをかけても、何しても効きませんでした。
色々すごく、丈夫なんです。
考えるだけ時間の無駄だと思いますよ」
「なおさら、体の一部が欲しいわ。
あっ、ごめんなさい。
聞き流して」
サマーが誤魔化すように笑った。
桜が少し、サマーから離れる。
どうやら、引いているようだ。
だが、その前に、前に桜から感じた嫌な気配は、気のせいではなかったのか。
まあ、どうせ効かなかったのだ。
わざわざ追求することもないな。
誰も何も言わない時間が流れた。
その沈黙を破り、サマーが口を開けて開く。
「ねぇ、2人とも、健康診断を受けない?
血と髪の毛、あと、頰の組織を採取させてくれれば、病気はもちろん、体質、なりやすい病気までわかるわよ」
「あっ、間に合ってます」
「病気は鍛えれば治るし、そもそもここ100年、病気になったことがない。だから不要だな」
「そう、残念ね。
……気が変わったら教えてね。
それなら、明日の話を少ししましょうか」
テーブルの上に、図鑑が現れた。
「これを見て。
明日から取りに行く予定のものは、この迷宮結晶よ」
図鑑を開き、載っている石の絵を指した。
絵と説明を見る限り、黒い宝石みたいだ。
「迷宮結晶?」
「迷宮の力が結晶化したものよ。
ものすごい力を持っていて、これを使えば、異世界とこの世界を繋げることができるわ。たぶん。
ただ一般には出回らないの。
国家や教会が、どんな手段を取ってでも手に入れようとするから。
つまり、自力で手に入れる以外の方法はないわ。
命をかける覚悟はあるかしら?」
脅すようにサマーが問いかけてきた。
桜が不思議そうな顔をした。
「あの、ミリーやメイを、依頼に巻き込む必要はあるんですか?
聞いていると、かなり危険なことになりそうですけど」
「ああ、ちょっと厄介な人たちがいるのよ。
ミリーたちを巻き込めば、その人たちは、表立っては出てこないわ。だから少し面倒なことが減るはずよ」
「……面倒な奴らって、何者なんですか?」
「自称と他称は、『勇者任命官』よ」
「自称と他称?」
「ええ。彼らは正式名称を隠しているの。
正式名称は、『迷宮関連危険物処理官』。
迷宮に関わるあらゆる危険物に、対応する人たちよ。
そして残念ながら、私は彼らに監視されているわ。
私に会いにきた人達は監視対象になるのよ。迷惑なことにね」
サマーが息を吐いた。
「それだけなら、ミリーとメイを巻き込みたくないんですけど、ダメですか?」
「貴方達がいいなら、いいわ。
実際、私だけでも探せなくはないから」
そこまで言ったあと、サマーは少し人の悪そうな笑顔をつくる。
「まあ、依頼者がから一方的に依頼を取り消すと、違約金が発生するんだけどね」
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