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転生機関の天使たちは、楽園を知らない社畜です  作者: えりぼたん
第一章.転生機関
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転生の代償……軽い?重い?


 「異世界で亡くなった方の……魂……?」

 

 その魂は、今までの転生候補者の魂とは全く異なるものだった。


 綺麗な魂でないと言うのか……。

 暗く澱み、光や暖かさ……心などは微塵も感じられない。ドロドロと黒紫の光が垂れ流されている。


 あれを魂と表現していいのかさえ危うい。

 日本の怪談に出てくる人魂に似ているが、それとも違う。


 ……言ってみれば、怨念の塊。純粋な黒。


 「不気味だ……こっちまで心が重くなりそうな……」

 「前にさ、状態が良くない魂がたまに来るって話したろ?あれがその一例さ」


 俺が振り向いた時には、ザルドキエはすでに能力を使用していた。

 俺が提案した時間おきの使用法などではない。一瞬でもその視線を外すことなく、あの魂を険しい目つきで見続けている。


 状態の把握と言うより、注視・警戒と言うほうが適切か。


 そんな俺の視線をどう解釈したのか、彼女は困ったように笑った。


 「あ~、神田はあんな感じの魂を今初めて見ただろうし……提案破って使い続けてるけど、今回は目を瞑ってくれない?」

 「いや、別にそんなつもりで見てた訳じゃ……俺も今は、黙って見てるよ」

 「ん、ありがとね」


 気を遣わせてしまったのだろうか。

 お礼を言われることなど、何もしていないのに……。


 「あ、でもいいの?不安定な状態の魂は危険だって、前に言ってたよね」

 「ザルドキエさんが止めに入らないのは、つまりそういうことです。あの方は精神状態こそ不安定ではありますが、危険の域には達していません」


 ザルドキエに代わってミーチャさんが俺の疑問に答えてくれた。


 文脈から察するに、彼女にもおおよその魂の状態が分かるのだろうか?経験則……というやつかもしれない。


 ミーチャさんの手元の書類を覗き込んでみると、ほとんどを白紙が占めていた。

 これから書き込むのか、状態・経緯・転生後の様子……と項目ごとに分かれていて、今までの候補者とは違うタイプの書式だ。


 まだ空白を埋めるつもりはないようで、不安や心配がない交ぜになったような複雑な表情で、エルリアの面接を見守っている。


 転生者もエルリアも、まだ言葉を発していない。


 決して気持ちの良くない沈黙が続いている。


 『……何も……言ってくれないんだ……』


 痺れを切らしたのは転生者の方だ。

 人型にすら形を変えていないため、正確な表情はもちろんのこと、感情を読むことさえ難しい。


 ただ分かるのは、絶望した声だということだけだった。


 『私の口から何を聞きたいのですか?慈悲?慰藉(いしゃ)?あなたを殺した者への憤り?』

 『……』

 『あなたが望む言葉など、私の知るところではありません。私が送る最後の言葉は……叱責です』


 叱責。

 

 転生者の魂が、ぶるりと震えた気がした。

 恐れているのか……期待しているのか。


 もしかしたら、震えたのは俺だったかもしれない。


 『私は覚えています。あなたが底なしの魔力と、全てを守り、壊すことの出来る得物を求めたことを』

 『……』

 『私は知っています。力の使い方を誤解し、貧弱な意思で新たな人生に挑んだあなたの末路を』

 『っ……、う……』


 エルリアの言葉はどこまでも平坦で、冷たささえ感じない。

 無表情の彼女は、初めて見た。


 覚えている、知っていると、一つ一つ、転生者の魂に刻み込むかのような物言いだ。


 だけどエルリアの言葉は、外野の俺でさえ心にくるものがある。無論、感動や感嘆といったものではなく、刺さるような鋭いものだ。


 それらを一身に受けた転生者は……。


 『……あなたは知っています。ただの化け物として、異世界に虐げられる恐怖と惨めさを』

 『あ、あぁぁあアアぁぁアぁーー!!!』


 心が弾け飛んだ。


 それは何の叫び声だろう。


 怒りや憎しみなんかじゃない。恐れや苦しさ、寂しさで彼の声が震えていた。


 俺が耳を塞ぎたくなる程に。


 だけど、それを最も近くで受け止めたエルリアは、眉一つ動かしていなかった。


 『こんなはずじゃなかった!普通の人より凄い力を持っていて、それで世界を救って、好きな人を手に入れて!俺の人生は最初から正解っだった!!』

 『……』

 『だけど皆俺を怖がった!力の使い方、よく分からなくて!町中で、ちょっと使っちゃって!そしたら……皆が俺を!!』

 

 力の使い方が分からない。

 

 そりゃそうだ。

 俺たちの世界に、魔法なんて無いんだから。


 『……俺も……俺が怖かった……』

 

 ゆっくりと魂の叫びは勢いを失い、乱れていた暗い光が萎んでいく。


 エルリアも、ここにいる誰もが、黙って彼の語りを聞いていた。

 先程までは場に合っていなかった面接室天井の星々が、今は優しく彼を照らしているように思えた。


 『初めて……人を殺したんだ……。人だけじゃない。生きるためにたくさんの生物を殺してしまった……』

 『……』

 『長剣で斬った肉の感触がまだ残ってる……殺してしまう寸前の相手の顔が、頭に張り付いて離れないんだ……!』


 俺が異世界に行ったことは、一度も無い。

 

 だから異世界の楽しさとか、冒険とか……過酷さも、何も知らない。きっと、こちらの世界では体験出来ないことばかりなのだろう。


 ……こちらの日常生活では到底体験しないだろうことも、やらざる終えないのが、異世界なんだ。


 ……彼のように。


 『……あなたと同じか、それ以上の恐怖を感じた方が、他にもたくさんいらっしゃるでしょう?』

 『っ……うっ……』

 『私はあなたを責めているだけでなく、叱っているのです……思い返して欲しいのです』


 エルリアの言葉は最初のような感情の無いものではなくなっていた。

 

 彼女の顔はどこか悲しげで、優しそうなものだった。


 『あなたがすべきことは、恐怖に打ちひしがれることではない。その恐怖と悲しみを受け入れて、殺めた者たちに想いを寄せることです』

 『そんなことをしても……皆は俺を……』

 『“そんなこと”と判断するのはあなたではなく、彼らでしょう?それに、決して“そんなこと”などではありません。私が断言しましょう』

 『なんで断言出来る……?』

 『私は女神エルリア。心から願う者は救われます……いえ、救ってみせます!』


 そう言って、女神はガッツポーズをしてみせた。


 その姿は、女神とはイメージもかけ離れている。

 ザルドキエとミーチャさんも笑っちゃってるし……。


 でも、何でかな……とても安心出来るというか、落ち着けるものだった。


 転生者も、一瞬あっけにとられたのだろう。

 微妙な静けさの後に、ふわりと空気が和らぐのを感じた。


 彼の魂が、澱んだ黒紫色から徐々に透明な白色へと変わり始めた。


 『ありがとう、女神様……俺、皆のこと、絶対に忘れないから……』


 そして彼の魂は、天井の星々へと吸い込まれていった。


 「……終わった、な」

 

 ザルドキエが呟き、俺はどっと息を吐いた。

 まるで、今まで呼吸することを忘れていたみたいだ。


 ……だけど、何となくだけど、エルリアが転生候補者を嫌う理由が分かった気がする。


 転生は、重い代償がつくものなんだ。


 「……楽しいことばかりじゃないって、分かってたつもりだった」


 新しい人生は、あれほどまでに苦しいものでもある。


 「私たちも普段はおちゃらけて、ふざけているように見えるだろ?でも、本当に大切なことは忘れちゃいないつもりさ」

 「だからこそ、転生者の方々にも忘れて欲しくないのです。命の重みを……死への恐怖を」


 亡くなった後も、ずっとずっと。


 二人の言葉は、俺の心に深く突き刺さった。

 陳腐な表現かもしれないけど、そうとしか言えない。


 深く、突き刺さったんだ。


 「……エルリア」


 転生候補者用として置いてある椅子に、彼女は座っていた。

 声をかけても、彼女はその閉じた瞳を開かない。


 「……生前の人生には苦しみが付きまといます。それは、転生後の新たな人生でも同じ事です」

 「うん……」

 「転生後も人の心があることは変わらない……それなのに、簡単に大きな力を求めてしまうことが、私には納得出来なかった。そのまま、死んで欲しくなかった」


 彼女はゆっくりと目を開き、俺の目をじっと見つめてきた。


 そして急に立ち上がったと思えば……。


 「ごめんなさい」


 頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。


 「な、何でエルリアが謝るのさ!?エルリアは正しいことを……!」

 「私はそんな転生者とのやり取りがいつしか億劫となり、彼らを必要以上に無下にあしらっていました。本当なら、先程の転生者にも叱責する資格など無いのです」

 「……俺だってそうだよ。エルリアのこと、皆のことをよく知りもしないくせに、無理矢理変えるようなことをした。ごめん」


 俺の謝罪に対し、今度はエルリアが慌てだした。


 とっさに頭を上げ、手足やら翼やらをパタパタしながら、何かフォローを入れようと考えているみたい。


 ……ちょっとシリアスな雰囲気が台無しだね、これじゃ。


 「でも、人生って苦しくてなんぼなんでしょ?なら、億劫になるのも仕方ないんじゃないかな」

 「し、しかし……私は女神で……」

 「女神だって生きてるんだもん。少しぐらいわがまま言ったって……神様も許してくれるよ」


 ……少し格好いいことを言うつもりが、微妙な文言になっちゃったな。

 女神と神様って、同じようなものじゃないか?


 「……ふふっ、フォローが下手ですね。生きてるとかではなく、他に言葉は無かったのですか?」

 「下手なのはお互い様でしょーが。全く、こんな時だけ女神意識高いんだから……」

 「わがままなのは妥協するけど、やり過ぎは勘弁な~?」


 気づけば、執行部全員が面接室に集まっていた。


 カルエルは扉から顔を覗かせているだけだけど……そのニコニコ顔から察するに、全て見ていたな……。


 「本当に……お二方が仲違いを始めた時はどうなるかと思いましたよ……。そういったいざこざは、プライベートで済ましておいて下さいね」

 「場が丸く治まったのは良いんすけど、私全然関われ無かったっすよ~!何で私だけ改善事項が無いんすかー!?」

 「いや、それは……文句なしの働きぶりというか……」


 実際、演出器具の設置場所を変えるぐらいしか思い付かなかったんだよね……。


 俺が皆から追及される状況の中で、それを沈めるようにエルリアがパンパンと手を叩いた。


 「全く、やはり私がまとめねば活動も出来ませんね。ほら、次の転生候補者もいることでしょうし、持ち場に戻りますよ!」

 「どの口が言うんだか……そういえばエルリア、何で俺には普通に接してくれたの?」


 一応新入社員という扱いだが、エルリアなら今までの転生候補者と同じように適当にあしらったんじゃないか?


 余程ヴァルキリーさんが怖かったのか……って、エルリア聞こえてないし。


 いきなり仕事に熱意出しすぎでしょ……。


 少しあきれた視線を向けていたら、ザルドキエに肩を掴まれた。


 「ま、見てる人は見てるってことよ!そんなことより、早く準備準備!」

 「よく分かんないけど……分かったよ」

 「は~い!皆やる気のところ申し訳ないけど、私から報告がありま~す!」 

 

 カルエルにしては珍しく大声だ。少し抜けた声なのは相変わらずだけど……。

 

 「何ですか、カルエル?せっかく皆やる気に満ち溢れていたというのに……」

 「だから謝ったのに~……んんっ!報告は二つ。一つは、今日の業務はこれにて終了で~す」

 「終了?午後の業務時間はまだ半分以上残っていますが……」

 「その理由は二つ目の報告にありま~す。二つ目は~……」


 そんな突然業務が終了することなんてあるのか?

 今の勢いを生かせないのは、けっこうもったいない気もする。


 大層な理由でもない限りは起き得ないことだと思うけど……。


 「執行部社員の二人がボイコットしました~。因みに、ラファエリちゃんとガブちゃんで~す!」

 「……boycott?」


 大層な理由でしたね、はい。


 良い流れに乗り始めたと思われた転生執行部は、さっそく難題へぶち当たった。


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