決まり事に口を挟むと失敗しやすい
「午後から本格的に執行部の意識改革を始めようと思う」
「……なんですか?やぶから棒に」
午前の活動を終えて、食堂で昼休憩を楽しんでいた執行部。
ある天使は食事とおしゃべりを。
またある天使は料理の中に七味唐辛子をしこたま入れるという遊びを……これは遊びじゃないな。
俺も今日とて、可愛い小天使ちゃんたちを見守って癒やされそうと考えていた。
しかし、それは数日前の俺だ。
執行部社員の勤務状況を見て、事態は深刻なのだと気づいたのだ!
「やぶから棒じゃない!……勤務を始めてから五日と半分、契約を果たすためにも、俺は少しずつ準備を進めていたんだ」
「意識改革に準備なんて必要なのか?」
「それだあぁぁー!!」
「おわぁ!?何だよいきなり!?」
「その自覚の無さが、問題の根本的原因なんだよ!」
俺の突然の反応にを上げた俺に対して、当然のリアクションをとるザルドキエ。椅子から転げ落ちなかっただけ凄いと思う。
因みにそこまで大きな声は出してないよ?
声よりも体を動かして、立体的に伝えたというか……。
小天使ちゃんたちに迷惑はかけられないからね。
一つ咳払いをして、話に戻ろう。
「皆はこの問題に対して、あまりに無頓着だ。それじゃあいつまで経っても意識改革なんて出来ないの!」
「そんなこと言われても、あれだけ忙しかったら一々反省なんてしてられないっすよ」
「帰ったら疲れてすぐ寝てしまいますし……」
「はぁ……確かに、自分で失敗に気付いて反省するのは難しい。あの忙しさなら尚更ね。だから俺はその解決策を考えてきた」
解決策?と、皆が口を揃えて聞いてきた。
俺だってあの苛烈とも言っていい、多忙の嵐の中に身を投じてきたんだ。
一つ一つの行動を振り返ってなどいられない……その気持ちはよく分かる。
だからこそ!俺が考えてきた作戦はきっと上手くいくはずだ!
「俺が皆の様子を見て……逐一反省点を教える、そしてその場で直してしまおうという解決策だ!」
「えぇ!?勤務中に口出しされんの!?やだよそんなの!」
「嫌でもやります!嫌なことをやらずして、意識改革出来ると思うなかれ!」
「うぐっ、それっぽい事を言って……!」
俺の考えた作戦への反応はそれぞれ異なるが、正論とも捉えてくれているのか、ミーチャさんやジョイフィルはやる気のようだ。
カルエル……はちょっとどっちか分からないけど。
そもそも会話に参加して無かったから、話についていけているのかも怪しい。
……あれ?もしかして今も参加してないの?
美味しそうにプリン食べてるけど、俺の話聞いてたよね?
ま、まあカルエルは置いておこう。
問題は、今なお不満そうな顔をしているザルドキエとエルリアだ。どう説得したものか……。
「……なぁ楠。一つ、ぶっちゃけてもいいか?」
「何?」
「お前はさっき、執行部の意識改革が必要だって言ったよな?だけどそれは違うのさ」
ザルドキエはゆっくりと、諭すかのように俺に訴えかけてきた。
その顔はいつになく真剣で、本音で話していると分かる。
エルリアは彼女の言わんとしていることを感じ取ったのか、目を閉じ、小さな柔らかい笑みを浮かべて、言葉を待った。
そしてザルドキエは、一瞬の静寂の後、口を開いた。
「意識改革は、エルリアだけでいいかなって……」
「なんてこと言うんですかあなた!?」
どうやら、エルリアが予想していた言葉とだいぶ違ったようだ。即座にザルドキエの両肩へ掴みかかると、前後へ激しく揺らす揺らす。
うん、このまとまってるようでまとまってないチームワークも要改善……と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ……何故私が転生候補者のために意識改革など行わねばならないのですか……」
「“出来る限り協力”するとか言ってた女神のセリフとは思えないね」
これからの仕事が億劫なのか、転生面接室に入ってからもエルリアの気分は重いままのようだ。
転生候補者のための倚子にだらしなく背中を預け、絹衣がはだけた白い脚をだらりと伸ばしている。
……女神以前に、女性としてその格好はどうかと思うよ?
「もう、しゃんとしてよ。今日の俺の指示を聞いてくれれば、きっと転生候補者の好感度も上がるからさ」
「……楠、あなたに一つアドバイスをして差し上げましょう」
「何?」
エルリアはゆっくりと、諭すかのように俺に語りかけてきた。
その顔はいつになく真剣で、本音で話していると分かる。
……ん?この展開、ついさっきもあったような……。
「生物はいたずらな環境や時代に順応するため、進化と後退を繰り返してきました。しかし、時にはそのどちらでもない選択肢を取ることも必要なのです」
「ふむふむ」
「それは現状維持。言い換えれば保守的な生存本能……。進化を望まず、後退を恐れず。変らないという勇気ある決断が求められるのです!」
自らのマナを消費しているのか、エルリアの周囲に暖かくも眩い光が集まりだした。
その輝きはエルリアの訴えに応じるように、より明るく、より強く力を増していく。
「今私が変われば、本当の私が消えて無くなるかもしれない。進化と後退は紙一重……どちらも変化と同義なのです!」
「……」
「私は……私は!今の私を大切にしたいのです!」
キラリと、女神の瞳から水晶のような小さな涙がこぼれ落ちた。
「……そっか。で、本音は?」
「転生候補者のために意識改革とか、マジやってらんねぇですよ」
「ヴァルキリーさ~ん!」
「ああぁ!?分かりました、やりますよ!」
俺の召喚魔法を聞いて、即座に姿勢を正し、身だしなみを整え始めた。
ミーチャさんから渡された書類を床に散らかしながらも、涙を拭って読み込んでいく。
涙を流せるその演技力、転生候補者のために使ってくれればいいのに……。
「じゃ、お願いだから!試しにやってみるつもりで、今日は俺の指示に従ってよ?」
苦い顔をしながら書類に没頭している彼女が頷くのを確認して、転生の舞台裏へ戻る。
そこには、大量の書類に囲まれたミーチャさんが、いつものように席について書き込みを行っていた。
初日に転生面接室に入って以来、自然とその周辺が俺の定位置のようになっている。
今の俺の仕事がミーチャさんのアシストだから、当然といえば当然なんだけどね。
ただ、今日はいつもと違って、ザルドキエもそこにいた。
「何?ニヤニヤして気味が悪い……」
「いや~?エルリアの扱いが、この短期間であれ程上達するとは……ね?」
「変なこと言わないでよ。仕事が減って暇なのは分かるけどさ、その分他の手伝いとか出来たら……」
「冗談!仕事増やすために仕事減らす奴はいないでしょ」
俺のため息にも、彼女は涼しい顔を崩さない。
ザルドキエの仕事は、転生候補者の状態を把握することだ。
これは彼女にしか出来ない仕事だが、その分彼女への負担も大きい。
随時その能力を使うとなると消費マナも馬鹿にならないのだとか……。
なので彼女の負担軽減も含めて一つの提案をした。
それは持続的に能力を使うのではなく、数十秒ごとに使用すること。
連続して使うよりかはこちらの方が幾分楽ということなので、試してみることにしたのだ。
「まぁ、転生候補者の状態から一瞬でも目を離すことはちょいと心配だけど……試験的にね」
「それにしても知らなかったよ。能力でそこまで疲労するなら、言ってくれれば良かったのに……皆もさ」
「いや~、なんか傷を背負って寡黙に戦い続けるって燃えるじゃない?」
「良く言えば、皆ザルドキエさんの意志を尊重していたのですよ」
悪く言えば任せきりだったのです……、とか細い声でミーチャさんは付け加えた。
ミーチャさんとの関わりも数日しかないが、少しだけ彼女のことが分かってきた。
彼女は優しく責任感が強い上に、自分を過小評価することが多い。いや、塞ぎ込むと言ってもいい。
その様子は……失礼ながら可愛らしいが、それにより仕事に支障が出ることも多々あった。
だから彼女の改善点は……。
「ミーチャさんもあなたにしか出来ないことをしているじゃないですか」
「そう……でしょうか」
「そうですよ!目にも止まらぬ速さで記録しながら首だけこちらに向けるなんて、誰にも出来ることではありません!」
「そ、そうですか?えへへ、何か照れますね……」
「お前褒めるの下手くそか。もっと何かあるだろ……」
自らに自信が持てるように、アシストしながら彼女を鼓舞し続けること!
主に俺が!
これならば彼女も自信がついて仕事がはかどり、俺への好感度も……ふふふ。
「ほ~、好感度ね~。そんな邪な考えをお持ちだったとはね~」
「なぁ!?ザルドキエ何で!」
「私の能力は状態の把握だって分かってるでしょ?」
「思考を読む能力だなんて聞いてないよ!」
というか何で今能力使ってるの!
止めて!そんな目で見ないで!能力を使って目を妖しく光らせないで!
「好感度……?何の話ですか?」
「何でもないですよ!あ、ほら!転生候補者が来たみたいですよ、準備しましょうはいペンと書類!」
「は、はぁ。どうも……」
転生候補者ナイスタイミング!何とか誤魔化すことが出来た……。
仕事ということでそちらに切り替えてくれたのか、ミーチャさんはいつでも書き込める準備を整える。
ザルドキエも瞳を妖しく輝かせ、転生候補者の状態の把握を……。
こ、今度こそ俺じゃないよね?思考読んでないよね?
『……え、何ここ!?私どうなっちゃってるの!?』
『気付かれましたか……難しいでしょうが、まずは落ち着いて下さい』
『て、んし……、ど、どうなってるの?あなたは……?』
『私は女神エルリア……不幸なことに、あなたは死んでしまいました』
うん、良い流れだ。俺の持つ画用紙カンペもチラ見でしっかりと確認してくれている。
この作業を行うためにマジックミラーの一部分をただのガラスにしたんだから。
今回の改善で要点となるのは、やはり転生を行うこの一連の流れだ。
まずは面接の改善点として、セリフを少し変更した。
無駄な情報を与えず混乱を避け、死因の事実もしっかりと伝える。
前回までは相手を立てるためにも“私たちの不注意で”と弁明していた。
これにより立場が上と理解した転生候補者が話しやすくなる、という構図だったのだが……。
これこそがエルリアのやる気を削いでいた。
“私たちは彼らの死因と何も関係無いのに、何故謝らねばならないのですか?何故私が罵詈雑言を浴びねばならないのですか?”
……紛うことなき正論である。
だからこの定型文を差し替えたのは正解だったみたい。
エルリア凄い活き活きした顔してるもの。
後はそのまま女神キャラを演じてくれ……!
『そうですか……異世界を救えば願いを一つ叶えてくれるのですね』
『もちろん、私たちも出来る限りの助力はさせて頂きます。その先駆けとして、転生に何かご要望があればお応えしましょう』
『ほ、本当ですか!?えと、どうしようかな……』
今回の転生候補者は女性のようだ。ちなみに俺は女性の転生候補者を見るのは今回が初めてだったりする。
今までの候補者と比べても礼儀正しく、落ち着いた物腰だ。
状況が状況だからか、エルリアに敬語を使うことにも躊躇いがない。
ザルドキエに軽く視線を向けると、親指を立てて答えてくれた。精神状態も悪くないようだ。
「いいよいいよ!最高のシチュエーションじゃない……!」
「はい!私もエルリア様があそこまでやる気に満ち溢れている姿は久しぶりに見ました……!」
「今回は候補者にも救われたな」
「頼むから変な要望だけはしないでくれ……!この際魔力無限でもチート武器でもいいから!」
このまま順調に終わってくれれば、エルリアにも熱意が戻って……最高の再スタートを切れる!
だから、カンペにはない斜め上の要望だけは止めてくれ……!
『では……私をイケメン貴族の奴隷にして下さい!』
「カンペに無いよどうしよう!?」
嫌な予感が的中したよ!
そもそも女性候補者自体が初めてなんだから、女性独特の要望が飛び出すことは必然だったね!
と、とりあえず場に合うカンペを……!
『……え、何故奴隷……?』
『私は優しい美男子貴族に買われた奴隷。だけどご主人さまは私を無下に扱うどころか、割れ物のように優しく接してくれるのです!』
『はぁ……えと、偉大な魔法使いの誕生ですね……?』
それ魔力系統を要求した候補者用のカンペぇ!
取り乱して俺が見せちゃってたよ!ごめんエルリア!
「奴隷とその主人の禁断の恋ですか……少女漫画でなくとも、とても暖かい素敵な物語になりそうですね」
「今日はあまり書くことがないからって、ゆったりと感想を述べないで下さい……!」
確かに凄く面白そうだけどさ!今はそれどころじゃないんだよ!
あの候補者は礼儀正しいし、話に火がついても失礼な物言いをしていない。
だけど自分の妄想丸出しで要求していることに変わりないし……。
このまま話を続けていたら、エルリアが無意識に何言い出すか……!
なぜか今日の俺の嫌な予感は的中しているし、早く終わらせた方が良さそうだ。
カンペに“もう終わらせて”と大きく雑な文字を書き、エルリアへと見せる。
彼女もこの状況に対処しかねていたようで、俺のカンペを見ると、待っていましたとばかりに目を輝かせた。
わざとらしく一つ咳払いをして、候補者の話を一時中断させた。
『あなたの要望は理解しました。望みに添えるよう手配しましょう』
『本当ですか!ありがとうございます!』
『それでは名残惜しいですが……これから異世界へと旅立っていただきます。その倚子から動かないで下さいね』
『はい!』
『あぁ、それと最後に一つだけ大事なことを……』
ふぅ、何とかなった……。
これからの新生活……というより新人生によほどの期待を寄せているのか、候補者は倚子上で小躍りでもしそうな様子だ。
でも、後は文字通り転生させるだけ。
エルリアに対して特に悪印象も無いだろうし、とりあえず一人目は成功だろう。
最後にエルリアが何か言いたげだが、さすがにこの空気をぶち壊すようなことは言わないはずだ……。
『そんな妄想を抱いている時点で美男子貴族と恋愛など無理だと思いますが、頑張って下さいね』
「ストオォォーーッップゥ!!」
うぅそぉでぇしょお!!?
えぇ!?
何でこのタイミングでそれが言えるの!?
「エルリア何で!?何で何で!?」
「え、だって楠が終わらせろと言ったので……現実を見せただけですが」
「誰が人の夢を終わらせろって言ったよ!?」
どうしたらそんな解釈になるんだ!
正直、わざとしか思えないぞ!
「む、そこまで強く言わなくてもいいでしょう!?大体、後先考えない妄想を要求してくる候補者にはあれ位が丁度良いのですよ!」
「何のための意識改革だよ!せっかく良い流れだったのに!」
「何喧嘩してんだお前ら!次の候補者が入ってくるんだから、後にしろって!」
ザルドキエの仲裁が入り、エルリアはそっぽを向いてしまった。そのまま、俺と顔を合わせるつもりはないようだ。
次の候補者が来るとのことなので、俺も渋々裏へと戻る。
だけど、今日はもう指示など出せそうにない。
出したとしても見てくれないだろうし……。
「全く、何でエルリアはあそこまで候補者を嫌うかなぁ。態度が悪いって言ったって、あんな対応しなくても……」
「あいつにも色々あんのさ。今は仕事に集中し……な……」
不自然にザルドキエの言葉が止まった。
ミーチャさんも気になったようで、書類整理を止めて彼女に疑問の視線を投げかける。
「ザルドキエ?どうかした?」
「ああ、次の候補者なんだけど……これは久しぶりだな……」
「久しぶり?何の話?」
ミーチャさんは理解したのか、このタイミングで……と苦い顔をして呟いた。
俺には何のことかさっぱり分からず、ザルドキエの返答を待つしか無い。
ザルドキエは言葉を選んでいたのか、ゆっくりと慎重に口を開いた。
「異世界で死んだ、“転生者”の魂だ」