天使が会議で話し合うこと、それは持論だ
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「ここが……会議室か……」
六階以上に上がってはならない。そこは所謂お偉いさんの領域だから。
そう皆に釘を刺された、その階の会議室の前に俺はいる。
その扉は今まで見たどんな扉よりも重厚で豪華で……正直俺一人の力では開けられないとさえ思う。
額縁も派手で、天使の羽や樹木をモチーフにしたデザインらしい。
しかも室名も手書きみたいで、達筆だ。
「え、てか何で俺ここにいるの!?俺お偉いさんに昇格したのか!?」
「同じ話を繰り返しますねぇ……人間がこの機関にいるのは特例中の特例。噂にもなっている以上、挨拶に伺うのは当然のことでしょう」
「だからって重要な会議に参加しなくても……後で部署にお邪魔すればいいでしょ……」
「これも貴重な社会経験ですよ」
天使の行う会議に参加なんて経験したくないよ。
裁くべき人間の選別とかしてたら、怖くて下界に帰ることも出来なくなりそう。
まあ、会議内容がそんな物騒なものでないことは分かってるけどね。
この定例会議は名前通り定期的に開かれている、各部署の報告会のようなものらしい。
一人の上級天使の監督の基で、各部署の代表者……大体は部長が集まる。
代理で部長以外の者が出席してもいいらしいけど、今はそんなことどうでもいい。
「各部の名称、活動内容……代表者の名前!半日で覚えられなかったし、眠いし、最悪のコンディションだ……」
「概要だけ覚えられれば充分です……後、敬語は必須ですからね?」
「分かってます。エルリア……さんがタメ口でいいって言ったんじゃないですか」
「だって私だけ仲間外れみたいで嫌じゃないですか。皆親しげだというのに……ほら、行きますよ」
昨日は女神扱いしろとか言ってなかったっけ?
一瞬、子供のような拗ねた顔をしたが、すぐに切り替えて身だしなみを整えた。
これからこの機関の代表者たちに合うのだ。俺も失礼の無いように振る舞うべきだろう。
他の出席者が来るまで、できる限りの情報を頭に叩き込まねば!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……それではこれより今月の定例会議を始める。本来なら監督は上級天使様が務められるが、ご都合により今回はこの私、本部長ヴァルキリーが代行させていただく」
ついに定例会議が始まった……!
なんて構えているのは俺ぐらいで、円卓を囲んでいる天使たちに緊張の色は窺えない。
「言わなくとも分かっているだろうが、私はあくまで監督で、君たちの報告内容を上層部に連絡することが私の役目だ」
俺に対する何らか反応も予想していたが、さすがは各部署の代表者。俺の存在に動揺する様子も見せず、ヴァルキリーさんの進行を静かに受け入れている。
それにヴァルキリーさんが監督で良かった。
この空間では少しでも顔見知りが居て欲しい。心細いからね……。
「よって、議会の進行は議長である営業部のラギュリアに委託する。ラギュリア、頼むぞ」
「はい……。えー、議長を務めるラギュリアよ。さっそくだけど、私たちの部から報告をさせてもらうわね……」
食堂で会ったラギュリアさん、議長だったんだ。
あの時は強気で自信家な印象を受けたけど……今日はすごくテンション低いな。
営業部は上層部から仕事を受け、それを各部署に割り振る。
各部の活動を統べる機関の中核的存在だと言えるだろう。
ただその活動内容は、機関の経営が赤字か黒字かで大きく異なる。上層部からの仕事量が変わるのだが……どちらが多くなるかは明白だよね。
「赤字だからって不機嫌オーラ振りまくのは止めて下さい」
「なっ、誰のせいだと思ってるの!?執行部が無駄な経費を請求するからでしょ!?」
「無駄な経費とは言ってくれますね!転生候補者の要求を叶えるために必要な資料ですよ!」
「何が資料よ!漫画やアニメDVD、フィギアで何を叶えるっての
!?」
さっそく議長が進行を乱してるんですけど……。
あの時のミーチャさんはこの事を懸念していたのか。
「それに資料を必要数以上に仕入れたのは開発部、私たちの請求書を受理したのは経理部でしょう?私たちは要求リストを作成しただけですよ!」
「はぁ!?俺たちの責任だってのかよ!?」
「ああ、責任転嫁をしてしまうずる賢さも時には女性に必要な魅力……今日も素敵だよ?エルリア」
「黙りなさいハニル。女性の敵」
エルリアさんの発言に不満の声を上げたのは開発部のダルフォンさん。
逆に喜んでる……?のは、経理部部長のイケメン優男ハニルさんだ。
「エルリアを責めるのはよしたまえ。大体なぜ同じ物を複数仕入れる必要が?それらを使って何を開発するのだ」
「こいつらが依頼した転生特典だ!一品仕入れるだけじゃ部員全員に共有できねぇんだよ!しかも無駄に細かく依頼してくんだぞ!?そこまで依頼通りに開発出来るか!」
「もう少し作業効率を考えればいいものを……さすがは脳みそ筋肉だな?その頭も改良開発したらどうだ?」
「んだとコラァ!!」
一触即発!
円卓が壊れるのではないかと思うほどの力で拳を叩き付ける。
ダルフォンさんの身に着けている絹衣は所々破けており、その逞しい筋肉質な腕にバンダナのように巻き付けていたりと……見た目通りの性格のようだ。
開発部は俺たち執行部が依頼した転生特典を開発することが主な仕事だ。
転生特典でなくとも、材料や開発情報次第で様々な依頼を請け負ってくれるらしい。
執行部の依頼は無茶ぶりも多いから、部署同士の仲は良好ではない。
あんないかにもな人絶対怒らせたくないよ!
怒らせたら転生とか生まれ変わりとかいう順番を飛び越えて、そのまま死にそう。
何も残らない、死だけ残るみたいな……。
「野蛮だなぁ……。大丈夫だよエルリア。君のことはどんな脅威からも守ってみせるからね」
「では守ってもらいましょうか?ハニルという鬱陶しい脅威から」
一方、ダルフォンさんの剣幕にも怯まずエルリアに色目を使う鬱陶しい脅威ハニルさん。
彼が部長を務める経理部は、この機関の資金・資源を一括して管理している。
何か請求したり発注するのにもこの部の許可が必要だ。
また、彼以外の部員は資金管理に厳しい。
やれこまめに電気を消せ、やれ物を紛失するなと、出来る限り経費を使わぬよう必死らしい。
「全く、ハニルさんがそれでは部員の士気も下がるというもの。そこで人との会話がスムーズになる必須単語が詰まったこの書籍はいかがですか!?」
「俺はジェレミーとの会話がスムーズになる……、いや、君が僕に夢中になってくれる言葉を教えて欲しいな……」
「つまりお買い上げですね?毎度あり~!」
「そこ!会議中にセールストークを始めない!」
「俺を無視してんじゃねぇ!」
いきなり商売を始めたのは人事部部長のジェレミーさんだ。
人事部の活動は多岐に渡る。
まずは健康状態から天使関係まで、従業員の情報管理。
そしてもちろん新入社員の選抜も行っているが……その選抜方法や内容は不評らしい。理由は知らないけど……。
「……彼女とはあまり関わらない方が身のためですよ。何を知られて何をされるか分かったものではありません」
「その忠告二回目なんですけど……」
他に聞こえないように、エルリアはこっそりと耳打ちしてきた。
でも、確かに彼女の言う通りかもしれない。
ジェレミーさんのあの感情豊かな振る舞い……つい本音をさらしてしまいそうな謎の魅力がある。
だけど、最も注意すべきなのは……。
「ほっほっほ。若い者は元気で良いのぉ。しかし、時と場所を選べぬようでは、神の使いとして失格じゃ」
「……ラジエルマさん」
総務部部長、ラジエルマさん。
他の天使とは一線を画すその圧倒的存在感。
この機関の天使の中でも、最年長と言われている古参社員だ。
彼の発言で会議室は静まり返り、穏やかな笑い声だけが会議室へと響く。
……恐ろしい。
「何が恐ろしいって、あの歳でキャラを作ってることですよね」
「普通語尾に“じゃ”とか使わないでしょう?最年長にもなって恥ずかしくないのでしょうか?」
「言ってあげないでエルリア。謎の人物で神秘的な貫禄のある人物だと思われたいんだよ」
「いや欲張りにもほどがあるでしょ。だから私あの人嫌いなんだよね」
「おい!大声出すとあの人がみっともないって自身で理解しちまうだろ!?黙っといてやれって!!」
「いやあなたが黙りましょう?理解させようとしてるのはあなたでしょうが」
全会一致で変人扱いされているとか可哀想すぎるでしょ……。
ああ、必死に聞こえない振りしてるよ!大きく笑うことで涙誤魔化してるよ!
そこは耳が遠いってことで聞き漏らしてもいいんですよ!?
……まあ冗談は置いといて、総務部が謎の部署であることは事実らしい。
基本的な活動として、部員らは異世界に自ら赴き、右も左も分からない転生者の支援を行う。
あくまで支援のため、手厚い援助などはしないらしいけど……詳しくはエルリアも知らないらしい。
そして総務部は所謂機関の何でも屋。
各部では補えないほどの欠員が出た場合などは、この部から派遣されるそうだ。
だけどこの活動も分からないことが多い。
派遣先の部署によって活動内容も勝手も違うはずなのに、そこの部員がやり方を説明しなくても、全てを完璧にこなす。
これは指導時間も短縮され、大変ありがたいことなのだが……活動内容が丸分かりであることは少し気持ちが悪い。
「人事部でも把握出来ていないことが多いらしいですからね……有能な部署ではありますが、近づきがたいのです」
「それで接し方を模索している内に、いじられキャラになってたのよね」
「ホントに模索したの?最初からいじられキャラとして扱ってないよね?」
さっきの話の流れも全員が一つずつセリフを言うという、精錬されたものだったぞ。
「あの~、私も報告しちゃっていいかな?結構大切なことなんだけど……」
「よいよい!若者はもっと積極的にならんといかん!さぁ、発言するぜよ!」
ラジエルマさんそんな話し方でしたっけ?
キャラを作るのは自由ですが、せめて固定した方がいいと思います。
「はぁ……えっと、システム部から報告ね。最近、転生陣の調子が良くなくて、所々でその影響が出ているの」
「下界から人間が突然消える現象のことかい?さすがにそれは僕たちの影響ではないと思うよ?」
「いや、それじゃなくて。転生者が考えられない場所に転生したり、転生特典が正常に届かなかったり……。まあちょっとした誤作動だと思うけどね」
彼女はシステム部部長のアズリィさん。
システム部は執行部のある五階の一つ下、四階に部署を構えている。
機関の運営に必要不可欠な転生システムや、電気系統に大きく関わっている部署だ。
転生陣は執行部の転生面接室の丁度真下に位置しているから、あの部屋でのみ転生が行える。
システム部あってこその執行部と言う訳だ。
だけど、その転生陣に問題が生じたみたい。
……そういえば昨日エルリアも愚痴ってたな。
転生者からの苦情がシステム部ではなく、執行部に回ってくるから意味が分からないって。
「誤作動ならその原因を早急につきとめなさい!何故あなたたちの尻拭いを執行部がせねばならないのです!」
「思い付く限りの対処はしてるって。転生陣上の埃をとったり……」
「それは対処と言っていいのか?」
エルリアがアズリィさんに食ってかかり、ダルフォンさんは、先程の怒りは何処へやら……呆れた様子で静観している。
鬱陶しいハニルさんは、今度はラギュリアさんに色目を使ってるし……。
「君が執行部に入ったっていう人間さんですね?天使ばかりで心細いでしょう?」
「いえ別に……」
「そうでしょうそうでしょう!そんな君にはこれ!この錠剤を一日一回毎日飲めば、下級天使位のマナがつきますよ!今ならなんと百四回の分割払いで……」
俺は変なセールストークに捕まるし……。
というか下級天使って、まさか小天使ちゃんのこと言ってるんじゃないだろうな?
あの子たちを馬鹿にしたら、俺が上級天使並みの天罰食らわすぞ!
「お前らちゃんと会議してくれ……」
あ、ヴァルキリーさんの存在忘れてた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局その後は報告に対する簡単な意見交換を行い、二十分ほどで会議はお開きとなった。
月に一回しかない定例会議がそんなに短くていいのか?
「転生陣はしばらく様子見ですって……?その間ずっと私たちが苦情を受けなければならないのですか……?」
「まあまあ……基本はただの文面ですから……」
「よぉ!お前が新しく入った噂の人間か?」
突然ダルフォンさんに肩をポンと叩かれた。
……この表現はダルフォンさん視点から表現したもので、実際はバシッと強く手を置かれた。
その大きな手で俺の細い肩なんて握りつぶされそうで……正直に言うとめちゃくちゃ恐いんですが!
「は、はい!新しく執行部の一員となりました、神田楠です!挨拶遅れて申し訳ございません!」
「ほう……謝罪も敬語も扱えて、すげえ出来た人間じゃねぇか~!」
「うわあぁぁ~~!?」
評価基準ひっくぅ!?
謝って敬語使っただけでこの喜びようだよ!
ああ!
お気持ちは充分理解したから、体を揺らさないで!
遺伝子レベルでバラバラになりそうだから!
「この機関辛いだろー!?お前も天使に唆されて連行されちまったのかぁ!?」
「止めなさい!楠が苦しがっているでしょう!」
「エルリアの言う通りだ、この肉だるま!」
「さっきから好き放題言ってんじゃねぇぞ女たらし!」
ダルフォンさんは俺を放り出すと、そのまま女たらしに突っかかっていった。
今回ばかりは鬱陶しい女たらしに救われたな……。
「大丈夫か、神田くん?」
「ヴァルキリーさん……ええ、何とか」
「とんでもない会議だったろう?あれを会議と呼んでいいのかも妖しいが……」
そう言って、彼女は達観したような遠い目で各部署の代表者たちを見つめた。
すでにアズリィさんとラジエルマさんの姿は見えないけど……。
システム部のアズリィさんはもう少し残るべきじゃなかったのか?
転生陣の調子が良くないって、中々の死活問題じゃ……。
「今度はラギュリアさんがジェレミーさんに捕まってますね……。こんなに自由にさせていいんですか?」
「今回出席するはずだったケルビス様の言付けでね。下手に束縛せず、好きにやらせた方が彼らもやりやすいだろうって」
「それはもう、会議の収集を諦めただけなんじゃ?」
それを急遽代理で行ったヴァルキリーさんのスペックの高さよ。
地球でも本部長ってこんな役回りなのか?
ヴァルキリーさんは騒いでいる天使たちから視線を戻すと、どこか心配そうに俺に語りかけてきた。
「君もまだ二日目で慣れないことしかないだろうが、気長にやってくれ。新人社員という立ち位置でも、君は執行部の人間に対する評価を改善することが仕事なのだからな」
「そうは言っても、大変ですよ?特にエルリアさんは愚痴も多いですし、何日かかるか……」
「……君に対する評価はまずまずだと思うがね」
ヴァルキリーさんが独り言のように呟いた。
……う~ん、そうなのかな?
確かによくしてもらっているし、互いに遠慮無く話せているとは思う。
だけどそれは、俺に対する評価がまずまずと言えるのだろうか。
そもそも“まずまず”って良いのか?
……よく分からないな。
「楠-、そろそろ戻りますよー」
「はーい、今行きます!それではヴァルキリーさん、お先に失礼しますね」
「ああ、これからも頑張ってくれ……すまないな」
挨拶もそこそこに、いつの間にか一人になっているエルリアの元へと駆け寄る。
「はあ、戻ったらまた転生候補者の対応に追われるのですか……」
「悪い転生候補者ばかりでもないでしょ?もう少しポジティブにいこうよ」
「働くことにポジティブなのはジョイフィルだけで充分ですよ……」
相変わらず仕事に意欲も見せないし、転生候補者への評価も低いまま。
たまに格好いいことも言うけど、基本私利私欲に従って生きている人みたいだからなぁ。
「よしっ、早く終わらせて早く帰るとしましょう!」
でもまあ、嫌われてはない……のかな?