食堂で埃をたてると怒られる
「全くもう!本当にやってられませんね、全くもう!」
「エルリア様声を抑えて下さい。ここは部署ではありませんから……」
「全くもう!」
「聞いてないっすね……」
転生の面接?を終えたエルリアさんは大層ご立腹で、人目もはばからず大声を上げている。
ここが転生執行部の部屋なら構わないけど、すれ違う見知らぬ天使の注目を浴びているため、さすがに居心地が悪い。
それはミーチャさんら執行部員も同じようで、何とか彼女をなだめようと必死になっている。
まあ俺は新人だし?下手な第一印象を他人ならぬ他天使に与えたくないから、彼女らの数歩後ろをついていく訳だけど……。
「あんたらはエルリアさんの子守しなくていいんですか?」
「うちらの性分じゃないしね~。それにいつものことだし、執行部の名物みたいなもんよ」
「エルちゃん今日も元気だ~」
執行部ってこの機関じゃどんな認識をされているんだ?
入社して半日も経ってないけど、問題児の集まりにしか思えなくなってきた。
転生の面接も正直ひどいものだった。
二次作さんを何とか転生させた後も、やれハーレムが欲しい、やれ重い過去を背負った孤独な美少年にして欲しいと、もう転生特典じゃないだろとツッコミたくなる要望が飛び交った。
それに比例するようにエルリアさんの態度も露骨なものへと変化。
まずは笑顔が消えた。
次に足を組み始めて、自らの爪の手入れを始めた。
その後うたた寝状態になって……。
ザルドキエさんの『体の一部を動かしときゃ眠くならない』発言を受けてガムを噛みだした。
……え、何これ。圧迫面接かな?
「転生者の態度も問題有りとは思いますけど、エルリアさんの対応も大概ですよ。もう少し大人の対応をというか……」
「そうだよなぁ。ガムを吐き出さずに飲み込むなんて、そこまで子供だったとは……」
「あんたの悪ノリも子供以下ですけどね」
俺の肩に軽く手を置いたザルドキエさんを睨むが、わざとらしく怖がるだけで効果がなかった。
見た目は暗そうな性格なのに、ほんと子供っぽいな……。
「話変わるけど、あんただいぶ口が悪くなってきたね」
「すいませんね、これから気をつけましょうか?」
「いや、そっちの方が絡みやすいわ。てことで私に“さん”付けと敬語は禁止ね」
「はい?そんな勝手に……先輩としての威厳とか無いんですか?」
「上下関係って息苦しいのよ。とにかくよろしく」
「それなら私も~、カルちゃんって呼んでいいよ~?」
「呼ばないよ……」
でも、確かに無理な敬語は返って悪印象かもな……。
本人が勧めてるなら、そっちの方が俺としても楽で助かる。
「それで?今度は俺が話を変えま……変えるけど、食堂はまだ着かないの?」
「お?腹が減って我慢出来なくなったか?あとちょいだから耐えろよ~」
「別にそんなんじゃないよ。俺、この機関の構造をよく知らないから……」
俺はヴァルキリーさんに呼ばれてからそのまま執行部の部屋に通された。
その時は混乱もしていたし、ヴァルキリーさんの話を聞くことで精一杯で、辺りを見渡す余裕すら無かったのだ。
そして執行部は午前の仕事を終えたとかで、昼休憩のために食堂へ移動中で今に至る。
「それもそうか。これからここで生活するなら必要なことだし、今のうちに教えてやるよ。まずはだな……」
「この機関は七階建てで、食堂兼売店は二階だからもうすぐっすよ。因みに私たち執行部の部屋は五階に上がって左っす!」
突然ジョイフィルさんが話に介入してきた。
この人、一番騒がしい人だと思ってたけど……全然気付かなかった。
「おま、さっきまで前歩いてたろ!?いつの間に……」
「課長の話がループしてて面白くなくて……あ、私にもフレンドリーに来てくれっす!」
「聞いてたんだ……」
もういっその事全員タメ口でいいんじゃない?
「全く、あの課長さんは……そうだ、あと一つだけ。五階より上には行くなよ。五階まではオッケーだから」
「なんで?」
「その上は所謂お偉いさん専用の階なんすよ」
「許可無く行くとお仕置きされるんだ~。怖くて辛くてもう大変だよ~?」
……とりあえず、立ち入り厳禁ってことだけは頭に入れておこう。
カルエルの表現だと全然緊張感無いけどね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなこんなで必要なこと(二割)、必要性皆無なこと(八割)を話しながら食堂を目指すこと二十分。
……あれ?“もうすぐ”って何だっけ?
「テレビの“番組はこの後すぐ!”レベルで嘘つかれたな……」
「どういう意味っすか?」
「いえ別に……」
「そんなことよりほら!ここが機関の憩いの場、食堂『羽安めの雲』だ!」
二階に降りて目の前の大扉を開けると、そこにはこの機関の中でも一二を争うであろう程の広い空間があった。
そこかしこから食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。
テーブルや机がこの空間が少し狭く感じるほどの数置かれているが、それに対して天使の数はまばらだ。
「ふむ、お昼はもう過ぎているようですね。これではくつろぐことも出来ないではありませんか」
「誰のせいだ誰の」
愚痴を言いながら練り歩き、どこで聞きつけたのか、現れたヴァルキリーさんに叱られて時間を無駄にした女神様の責任ですね、はい。
「随分と遅かったネ!ランチタイムはとっくに終わったヨ、執行部!」
「料理長」
適当に空いている席についたとき、料理長と呼ばれた小さな天使が声をかけてきた。
大体人の頭一つ分と同じ身長だろうか。
コック・コートの上から出ている小さな翼をパタパタと動かしながら、テーブルの中央へ降りてくる。
……一つだけ言わせて欲しい。
ここは食堂だから、もちろん厨房もある。
だから厨房で世話しなく動いている料理人も視界に入る訳だけど……。
「働いているちびっちゃい天使、めっちゃ可愛いです……!!」
思わず口に出たけど小声だから大丈夫なはず。
いやでも冗談抜きでリアルに可愛い。
ちっちゃい手でお玉を持って、一生懸命に鍋の中身を掻き回す姿とか。危なっかしいけど頑張っているから止められない包丁さばきとか。平気なふりしてたくさんのお皿を運ぶ姿とか!
料理長もそうだ。
彼女と同等の長さのコック帽は明らかに大きすぎるのだが、それを誇らしく身に着けているのが微笑ましい。
彼女が少し動く度に、中間当たりで折れて、頭の後ろでプラプラ揺れているのを見ると、もう、なんか、グッとくる!
「……どうしたのです、まるで聖母のような笑みを浮かべて?」
「いや……天使だなぁって、天国だなぁって」
「何だかバカにされている気がするゾ……。こいつが噂の、執行部に入ったとかいう人間カ?」
「え、噂になっているのですか?」
「普通人間はこの機関にいないからナ。すぐに知れ渡るのも当然ダ」
料理長は腕を組みながら俺をじっと見つめてくる。
珍しいものを見るような視線だが、単純に関心があるだけのようで、その視線に嫌悪感は感じられない。
ミーチャさんの紹介で無事に自己紹介も出来たし、彼女とより良い関係を築けたらうれしい。
絶対に嫌われたくはない。
「じゃあ時間も無いことだし、ぱぱっと注文を……」
「いや、注文の必要はナイ」
ザルドキエの手にしたメニュー表を奪い取……ろうとしたけど、体格差で全くメニュー表を回収出来ず、半泣きになりかけた所でジョイフィルが助け船を出し、自らの袖で涙を拭き終えた料理長がビシリと言った。
……ちょっと観察し過ぎてキモいな俺。自粛しよう。
それはともかく、食堂に来て注文が必要ないのか?
しかし執行部の反応を見るに、天使の食堂がそのような特殊仕様という訳でもなさそうだ。
「えと、必要無いってどういう……?」
「さ、さっき言ったはずダ。ランチタイムは終わったト。もう人気メニューは完売したから、残っているのは……」
「ちょっと待って、嘘。まさか」
「マナ・シリーズ!」
ザルドキエの言葉を待たずして、料理長が可愛いドヤ顔でそう宣言すると、待っていたかのように小天使たちが料理をテーブルに並べ始めた。
……んー?
でも、申し訳ないけどとても料理には見えない……。
「白米だけならまだしも、何も入ってない皿まであるけど……。これが天使の料理……?」
「ええ、クソ不味い天界の食物ですよ」
「えぇ!?そんな言い方しなくても……」
「似非食材~」
「全生物に拒まれた食べ物っすね」
「美味しくないのです……」
「神の失敗作」
「そこまで!?」
皆の顔色は様々だけど、料理に対する評価は散々だな……。
「だけど不味いも何も、料理に見えないって。何も入ってないよ」
「そう見えるでしょうね。しかし私たち天使には見えるのです、見えてしまうのですよ」
「何言ってるのか全然なんだけど……」
「まあ、人間ならしょうがないナ。特別に味わいポイントを教えてヤル」
味わいなんてないけどな。と料理長は最後に一言付け加えた。
料理長が味わい無しなんて言って大丈夫なのか?
「“マナ”という言葉を聞いたことがないカ?下界にも、天使の力の源ダとか、天使が食す物とか諸説あるらしいガ」
「まあ、言葉位は……」
「本物のマナは、ワタシが今上げた二つの諸説を兼ねる存在……つまり食事であり力の源ダ」
簡単に言うと、何か食べてそれをエネルギーに変えている地球の生物の原理と同じってことか。
彼女ら天使も魔法は使えるって言ってたし、その魔法も体内のマナを基にして発動している……と。
これだけ聞くと大変お得な料理だ。
腹も満たせて、体内のマナも回復できる。
だけど、良薬は口に苦し。
天使たちにこの料理が好まれない、いくつかの決定的な理由があった。
「食べた気がしないのですよ!見た目も霜がかかってるようにしか見えないし!霜ですよ霜!霜をみて食欲をそそられて涎を垂らす変態がどこにいますか!?」
「味もちょっと甘いっていう中途半端なものだしね。ちょっと甘いって何?味付けに失敗でもしたんですかって感じ」
辛辣ぅ!
エルリアさんとザルドキエの発動に料理長まで頷いているのだから、救いようが無い。
だって、既に俺も食べたいとは思わないもの。
料理長の説明で、奥の皿から料理名を教えてもらったが、正直理解できなかった。
奥から順に、
マナーライス……ライスにマナがかけてあるそうだが、ただのライスにしか見えない。
マナ丼……厚いマナが白米に乗っているそうだが、マナーライスと大差なし。
マナ汁……マナが溶かしてあるそうだが、ただのお湯。
マナダ……新鮮なマナが盛ってある。ただの空皿。
マナゲッティ……パスタの上にマナが盛ってあるらしい、茹でたパスタ。
「料理ってこんな色の無いものでしたっけ?」
「いくら文句を言ってもそれしかないからナ。我慢して食べて、業務に戻レ」
「そんなぁ……!」
料理長は片付けと下準備が残っているからと、他の小天使を連れて厨房に戻ってしまった。
皆の料理の感想を聞いた後では、俺も勧んで食べる気にはなれないんだけど……。
「よし楠。私たちは売店で適当に買いますから、全て食べなさい」
「俺今まさに食べる気にはなれないって思ってたんだけど!?」
「あなたの心境など問題ではありません!残すと私が厳重注意されるのです、早くしなさい!」
この女神、結局自分のことしか考えてないじゃん!
というか料理の前で取っ組み合ってる方が厳重注意されるでしょ!?
「相変わらずの自己中心的思考ね、エルリア!」
突然の罵倒が食堂内に響き、俺とエルリアさんは反射的に声の発信源へと顔を向けた。
それは俺たちだけでなく、食堂にいる全ての天使の視線が一人の天使へと集中している。
注目を浴びている本人はその状況に臆すること無く、むしろ自信に満ちた顔で堂々とこちらに歩み寄って来る。
「ふふっ、私の正論に皆言葉も無いようね」
「あー、はいそうですね。あなたが正しいですよ、ラギュリア」
ラギュリアと呼ばれた天使は、エルリアさんの分かりやすすぎる嘘にも気づかず、気をよくしたみたい。
純白で艶のある長髪を揺らしながら、天使のなんたるか?の教えを説き始めた。
……エルリアさんがその対象になってる間に、どちら様なのかミーチャさんに聞いておこう。
「あの方は営業部部長のラギュリアさんです」
「営業部って、執行部と同じように与えられた仕事が?」
「流石に執行部だけではこの機関も機能しません。他にもいくつかの部署が存在します」
「その中でも営業部は上層部からの信頼が最も厚い、素晴らしい部署なのよ!」
「おわぁ!びっくりした……」
エルリアさんの相手からシフトチェンジしたのか!
もう第一印象で自尊心の強い天使だって分かったから、あまり関わりたくないんだけど……。
「私たちは上層部の指示を受け、それを他の部署に伝達するという選ばれた天使の集まり!」
「抽選でしたけどね」
「機関の運営の良し悪しも私たちが調べ上げ、それに応じた仕事を割り振るの!」
「今は黒字だからその鬱陶しいテンションなのですね」
エルリアさんが逐一入れるセリフの方が耳に残って、ラギュリアさんの言葉が頭に入ってこない……!
というかラギュリアさん気付いてないの?どれだけ今気分が良いんだ、お酒でも飲んでるんじゃないか?
「おっと、そろそろ昼休みも終わるわね。続きは近くにある定例会議でしてあげるわ」
「ええ!耳が腐るような素晴らしい御言葉を期待していますよ」
「楽しみにしていて!それでは」
食堂から上機嫌で去っていくラギュリアさんを、顔面貼り付け笑顔で見送るエルリアさん。
耳が腐るような素晴らしい御言葉、俺も楽しみにしています。
「はぁ、どっと疲れました……」
「そういえば定例会議ももうすぐだね~」
「昼休みももう終わるし、部署に戻ってその準備も進めるっす!」
「そうだな。これ以上の面倒事も勘弁だし……」
昼休みが終わり、執行部の午後の活動が始まる。
定例会議とか他の部署とか……気になることは多いけど、まずは目先の問題を片付けないとね!
「で?マナ料理は誰が食べるんダ?」
「……楠、GO」
「連帯責任ナ」
料理長の御言葉により、目先の問題が一つ片付きました!
これにより、午後の活動が大幅に遅れてヴァルキリーさんに減給されたのは言うまでも無い。