転生の儀式の騒々しさたるや
「ここが転生執行部の真の仕事場、転生面接室です」
「うおぉ、すっごい…」
エルリアさんに案内された部屋の入り口で、思わず感嘆の声をもらしてしまった。
入り口のため、後ろにつかえるザルドキエさんたちの邪魔であると分かっているが、足を止めずにはいられなかった。
一つの部屋であるはずなのに、天井が視認出来ないほど高い。飲み込まれそうな薄暗闇が広がっているが、散りばめられた星のような優しい輝きが幻想的な印象を与えていた。
その星々が照らしているのは何の装飾もない木製の椅子。
どこか味気ないように見えるが、椅子の周りだけがぼんやり明るいというのも、中々に神秘的だ。
何より、見渡す限りの星空なんて光景、都会じゃ絶対に見られない……!
「あ~、感動してるとこ悪いけど、いつでも見られるからさ。とりあえず歩いてくれ」
「あぁ、ごめんなさい」
さすがに彼女らは見慣れているらしい。
俺が星空に意識を向けている間、エルリアさんはミーチャさんから受け取った書類の確認していた。ミーチャさんも少し離れた所で書類の束の整理に勤しんでいる。
ザルドキエさんも用途不明な道具を両手一杯抱えて忙しそうだ。
……いやいや、何ぼーっと状況説明してるんだ俺は。
「あの、何か手伝えることは……」
「君は私と一緒に見学っすよ~」
「ジョイフィルさん!?いつの間に戻って来てたんですか?」
「たった今。ほらほら、こっちに来るっす」
その割には全く息が切れていない。むしろ笑顔で生き生きしている。
……元気すぎて、逆に心配になってきたな。エルリアさんの言い分も分かる気がする。
腕を引っ張られ、されるがままにミーチャさんの隣へと連れてこられた。
この位置は、エルリアさんと置かれた椅子が丁度左右に見える。椅子が転生者のためにあるとすれば、ここから転生の様子を見ておけということだろう。
「でもここからじゃ関係ない自分たちまで見えるんじゃないですか?」
「心配ご無用です。あちらからは私たちが見えませんから」
「そんなことも出来るんですか!?やっぱ魔法って凄い……!」
エルリアさんとのやり取りで忘れていたけど、ここは地球とは別次元の転生機関だったな。
魔法なんて想像上の眉唾物という認識だったけど、目の前で見せられると感動が、何というか……すごいよね!
「魔法ではありませんよ?」
「え?じゃあどうやって……」
「ふふふ、これはマジックミラーなのですよ!」
「は?」
まるで自分のことのように、越しに手を当てて自慢げな笑みを浮かべるミーチャさん。
うん、かわいい。いやまてまてちょっとまて。
……マジックミラーってあれでしょ?
俺が知ってる、地球に普及している鏡のことじゃないよね?
「どうしました?」
「えっと……マジックミラーって何ですか……?」
「この鏡の名前ですよ。ご存知ないのですか?下界で購入しましたし、正しい商品名のはずですが……」
「購入?商品名?」
「あー、もしかして本物を見るのは初めてっすか?なら今日が初体験!実際に触ってみるっす!」
初めてどころか、親近感すらあるんですけど。
しかしジョイフィルさんに手首を掴まれ、俺の手の平と鏡がペタリと触れた。
「いかがですか?私たちの活動が円滑に進むようにサポートしてくれている、鏡の感触は」
「……物理的で、ちょっと冷たいです……」
「お!中々面白い言い回しっすね~!」
「それはどうも……じゃなくて!え!?まさか地球で仕入れて来たんですか!?」
首だけを後ろに回し、俺の反応を楽しんでいた二人に尋ねる。
なんかキョトンとしてるけど、俺おかしなこと言ったかな!?
「逆に下界以外のどこで、こんなに便利な物が手に入るんすか?」
「いや、魔法とかでどうとでも……!」
「何を仰いますか、魔法で作れるはずないでしょう」
「えぇ!?」
「正確に言えばあたしらが使うのは魔法じゃないっすけどねぇ……」
分かりやすく魔法でいいか、とジョイフィルさんが呟く。
一方でミーチャさんにはあきれたようにため息をつかれた。魔法は万能なんだという印象を持っていた俺には、けっこうな衝撃なんだけど……。
「魔法にも可能と不可能がありますし、向き不向きもあります。この鏡と同じ魔法も生み出せるかもしれませんが……既に同じ物が存在するなら、それで事足りるでしょう?」
「費用もそれ相応で、経費から落とせたんすよね~」
「ええ。流石にこの部屋を囲う大きさ、加えて特注品だったのでぎりぎりでしたけど」
「そんなカツカツ話、天使の口から聞きたくなかった……!」
魔法とか神器とか、もっと夢のある場所だと思っていたのに……実態は限りある資金でやり繰りしているという現実的な世界。
もしかして、転生も魔法とは何の関係もない、現実味のあるリアルなものなんじゃ……現実味のあるリアルな転生って何だよ。
「そこ!そろそろ一人目が来るんだから準備しな!」
「は、はいっ!」
「了解っす」
ザルドキエさんの注意を受け、席に着いたミーチャさんは机の上に置かれた数枚の書類を手元に寄せた。
一緒にいると言っていたジョイフィルさんも、邪魔がないように見学してと俺に言付けた後、背中からフワリと出した翼を使って天井に昇っていった。
初めて、天使の天使らしい姿を見たな……。
「ほら、神田さん!いらっしゃいましたよ!」
飛んでいった彼女の後を目で追っていると、ミーチャさんに優しく肩を叩かれた。
彼女の視線に促されるように鏡を覗くと、エルリアさんの前に置かれた椅子に、ふよふよと漂う光の球が乗っている。
「あれは……」
「転生候補者の魂です。これからエルリア様と会話していただき、彼の望みを出来る限り叶えて転生させます……もちろん、転生の意志があれば、ですが」
「なるほど、だから面接室なんですね……」
いびつな球体だった魂が徐々に人の形となっていく。
光が人型になっただけだから性別も表情も分かりづらいけど、多分男だ。
『……え、あっ、なんだ!?ここどこ!?』
『お目覚めになられましたね、気分は如何ですか?二次作さん』
『てっ天使!?どういうこと!?』
おお、しっかりと声も聞こえるな。
二次作と呼ばれた男は混乱しているのか、辺りをキョロキョロ見渡して目の前のエルリアさんに驚き、慌てふためいている。
エルリアさんはそんな彼をなだめるように、落ち着いた口調で語りかける。
どうでもいいんだけどエルリアさん、ずっと両腕を前に出していて辛くないのかな。
『難しいでしょうが、私の話を落ち着いて聞いて下さい』
『は、はぁ……』
『……単刀直入に申し上げます。私たちの手違いにより、あなたは死んでしまったのです』
『死んだ!?おいおい、まじでこんなことあるのかよ!意味分かんねぇよ、勘弁してくれ……!』
『本当に申し訳ございません……』
不平不満をぶちまける二次作さんに対して、エルリアさんはひたすらに頭を下げ続ける。俺のアルバイト先でもよくあった、クレーマーと店員の光景そのままだ。
……どうでもいいが、エルリアさんがペコペコと謝る姿はすごい絵になっている。謝るべくして生まれてきたみたいだ。
そんなやり取りが二、三分続いた後、彼も最初こそ慌てていたが段々と落ち着きを取り戻してきたらしい。椅子に腰掛け、まいったなと頭を掻いている。
『ねぇ。もしかしてこれ、転生とかそんな話になるパターン?』
『まぁ!察しがよろしいのですね。二次作さんの仰る通り、あなたには異世界へ転生し、その世界を救っていただきたいのです』
『異世界に!?まじで!?……チート能力とか貰えちゃったり……?』
『あなたが望むのであれば』
『まぁじかよぉー!ホントに転生展開きたー!!』
うわめっちゃ嬉しそう。あそこまで綺麗なガッツポーズ久しぶりに見た。
「あの反応、転生系のラノベでも読んでるな……」
「最近はあのタイプの方が多いですよ。こちらとしては説明の手間が省けて助かりますけどね」
「最近の傾向を読んで活動とか……ますます会社っぽいなぁ」
「む、そろそろですね……」
何が、と彼女に聞こうとしたが、少し雰囲気の変わった彼女を見ると躊躇ってしまった。
彼女はペン先で鏡の向こう側を示す。
その指示通り視線を戻す。エルリアさんの話は転生特典の内容に移ったみたいだ。
『俺さ!呪眼光の力を使いたいんだよね!それとセットで血舐めの鋭爪も欲しいな!』
『じゅ、じゅがんこー?ちなめのえーそー、ですか?その、恐れ入りますがそれらは一体どのような能力なのでしょう……?』
『はぁ~?あんた女神のくせにそんなこともしらないの?』
『……ハ?』
『呪眼光はラノベ“俺の能力最弱だけど視力だけは無駄に高い”の主人公の幼なじみが使う魔導具だよ!そんで血舐めの鋭爪はキーラが持ってる愛用の曲剣!この二つは転生に欠かせないわ~!』
『へー、ソーナンデスカー』
『後、魔力無限は絶対で。ハーレム展開も必要でしょ?ヒロインは四、五人欲しいな。どっかの組織のリーダー的ポジションでよろしく。それから……』
やばい、何言ってるのか分からなくなってきた。
というか要求しすぎでしょ。チートって最強武器とか異常な潜在能力が与えられるだけで、人格は関係ないじゃん。
ハーレムもヒロインもリーダー的ポジションも、本人の人柄次第だと思うし……。
第一にそれらを自ら望んだ時点で、彼にその器は無い気がする。少なくとも俺はついて行きたくない。
エルリアさんも興味が無さそうだ。
適当に相槌を打つだけで表情が変わってないもん。終始笑顔だもん。
「自分の欲望丸出しじゃん……後々見たら死にたくなりそう」
「彼は亡くなっていますし、見ているのははエルリア様だけと思っていますから。隠すことは無いんですよ」
「……ごめんなさい、ミーチャさんはさっきから何を書いているんですか?」
二次作さんが欲望解放を始めた辺りから、何やら一心不乱に書き始めたミーチャさん。
邪魔しないよう話しかけるのを控えていたけど、俺の独り言にも逐一答えてくれたから、思い切って聞いてしまった。
「私の役目は転生者の要求を詳細に、簡潔に記録することです。これがないと転生特典の調達も出来ませんからね」
「へ~、それは重要な役割ですね……」
話ながらも彼女は手の動きを緩めない。俺には到底真似できない速さで紙を埋めていくが、文字の乱れは一切無い。
ここに勤めてきた彼女にしか出来ない芸当だと感服する。
……うん、心の底からそう思うよ?
けれど、メモを取りながら首だけ俺に向けるのは止めて欲しい。ペンと紙の擦れる音が響く中であなたの笑顔を向けられても恐怖しか感じないから!
「しかし、彼の要求を叶えるのは難しいかもしれません……」
「そうなんですか?」
「ええ、経費で落とせるかどうか分からn」
「ちょっと待って下さい、経費で落とすって何を買うんですか?」
地球で呪眼光を買うとか言い出さないよね?
こればっかりは地球に在庫ないよ?
そんな考えが顔に出ていたのか、彼女はクスリと笑って俺の考えを否定した。
「彼の言っていた作品ですよ。それらを元に、出来る限り本物に似せて魔法で製作します」
「いや本物も何も……でもまあ、そうですよね。それなら費用もあまりかからなさそu」
「ネットに投稿された原作、書籍化ラノベ、漫画、声優や色合いといったアニメ情報……細かい設定資料のために公式ファンブックも必要ですね」
「ちょっと待ってぇ!?」
早口言葉のように口から出た言葉をそのままスラスラと書いているけど、少し待とう!
「何です?あっ、形を知るためにフィギュアもですね!態々止めて下さってありがとうございます!」
「そのために止めたんじゃなくて!買いすぎでしょ、熱狂的ファンか!」
「私は異世界ファンタジーより夢のある、少女漫画が好きですよ?」
「へぇ、俺も少女漫画はってそうでもなくて!」
くっ、この子天然か!
悪意も無さそうだし、至って真面目に言ってるから強く言えない!それにかわいい。
俺の少女漫画好きも公言してしまいそうになるし……、落ち着け俺!
「そ、そんなに沢山仕入れなくても、十分なんじゃないかなって俺は思いますよ?」
「……転生者は妥協を許さないのです」
「え、それってどういう……」
『叶えられないかもって、何だよそれ!』
面接中の二次作さんの怒鳴り声が聞こえ、反射的にそちらへと顔を向ける。
なだめるエルリアさんに対して彼は不平不満をぶちまけているようだ。いつの間にか椅子も倒れているけど、魂だけの彼がどうやって倒したんだ?
『ですから、あなたの望む環境や武器を完璧に再現することは難しいのです。あなたに恋心を抱く女性に至っては、あなたの性格次第ですし……まあその様子ではゼロですね』
エルリアさん、最後らへんに心の声が漏れてますよ。当の本人は怒り心頭で気づいてないみたいだけど。
……だけどミーチャさんが転生特典の材料を買い揃えようとする理由が、何となく分かった。
転生者は妥協を許さない。つまり望んだ物事と少しでも違っていたり、違和感を覚えたりしたら、それらは受け入れられないのだ。
だからこそ彼女たちは出来る限り実物に近づけようと、多方面から情報を集める必要がある。
そうなれば時間も費用も相対的にかかる……彼女たちはそこに難儀している訳だ。
『あんた女神様なのにそんなことも出来ないの!?あーチェンジチェンジ!この女神チェンジで!俺貧乏神に当たっちゃったわ~!』
『消し飛ばしますよこの堕落にん……!と言いたい心境でしょうが、どうか地獄に落ちてじゃなくて落ち着いて下さい。とりあえず優先順位を……』
いや落ち着くのはあなたの方だし、その言いたいこともあなたの心境でしょ。
もう人間への苛立ちを隠せてないよ、言葉にしちゃってんじゃん!
「あのミーチャさん?これは一回止めた方が……」
「ううっ、これだけ買えばまた私はオタク呼ばわり。経理部に怒られて機関内で白い目で見られて、マニア的な知識だけ身について……ごめんなさいごめんなさい……」
え、どうすればいいのこの状況?
『てか話が長いんだよ。あれか?転生って話も嘘でホントはどっかに売り飛ばすつもりだろ?いやー!人身売買業者に捕まった-!』
『分かりました、あなたの望み全て叶えましょう。雌オークの砦中心に転生すればハーレムですし、生き残るために自然と超能力にも目覚めるので、さあさっさと行きなさい二秒で行きなさい』
「……」
俺は天使と人間の関係を良好なものにするため、ここに来た。
ヴァルキリーさんとの契約を守るためにも一生懸命頑張ろうと思ってました。
……でも、ごめんなさいヴァルキリーさん。
「俺、もう還りたいんですけど……」
帰りたいじゃない、還りたい。
天国で地獄を見るとは思ってませんでしたよ……。