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転生機関の天使たちは、楽園を知らない社畜です  作者: えりぼたん
第一章.転生機関
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転生執行部の課長は女神ならざる女神

 

 「ではまず根本的な話、この機関の活動目的から説明します」


 この俺、神田楠はどんな運命の巡り合わせか、従業員が全て天使という企業へ勤めることになった。

 ……と言っても、俺はまだ高校二年。業務経験などコンビニのアルバイトぐらいしかない、ド素人だ。


 「最初は分からないことも多いでしょうから、まずはしっかりと話を聞いて……、神田さん?」


 そんな俺が新入社員、ましてや天使と神がいる職場でやっていけるのか?

 あのヴァルキリーとかいう天使に乗せられて二つ返事で承諾してしまったが、もっと慎重に


 「神田楠さん!」

 「はい!?」

 「まったく……あなたはあくまでも新入社員という立場なのですよ?もう少し緊張感を持って下さい」

 「も、申し訳ございません!」


 初っ端から怒られてしまった……。

 さっきまでは何処か抜けた雰囲気だったのに、やっぱり社会人は違うなぁ。仕事と私用のメリハリが出来ているというか……。

 

 俺もちゃんとしないと!


 「よろしくお願いします!エルリア部長!」

 「……出来ればエルリアさんと呼んで下さい。あ、女神エルリアでも構いませんよ?むしろ推奨します」

 「えっと、よろしくお願いしますエルリアさん!」

 「……ま、まぁいいでしょう。そうだ、説明の途中でしたね」


 一瞬だけど、凄く切なそうな顔したよこの人。

 もしかしてこの人を女神認定してる天使ってごく少数なんじゃないか?

 

 ……呼んで上げた方が良かったかも。


 「えー、ここは転生機関。名前の通り、亡くなった人々を異世界へ送り届けることを目的として活動しています」

 「異世界、ですか」

 「そして私たちの部署である“転生執行部”は、来訪した方を転生させるか否かを見極めることが仕事となります」

 

 おお、なんかそれっぽいな。

 部署とか役職とか、事細かに役割分担されていそうなのが何とも会社っぽい。

 緊張感を持って取り組め、なんて言われた矢先に失礼かもしれないけど、ちょっと楽しそうと思ってしまう。


 「……目を輝かせて、ここでの働きに興味が出てきたようですね」

 「あ。ご、ごめんなさい。少し浮ついてしまって……」


 俺の態度に再度お叱りが入るかと思ったが、エルリアさんはとても生暖かい目線で俺を見つめていた。


 「どんな事でも初体験というのは期待や不安といった感情が入り乱れるものです。その新鮮さを忘れないことは大変大切なことですよ」

 「……」


 ……っは!

 やばいやばい。母が子供に向けるような穏やかな笑顔に昇天させられるところだった。

 

 部下思いで美人で、社会経験豊富な物言いで。

 なんだこの人女神なんじゃないか?

 ああそうだ、女神だったなこの人は。


 やはり、女神エルリア様とお呼びするべきだろう。


 「めが……」

 「そう、その貴方を形作る感情が“無”へと帰る時が楽しみですよ。一体いつまで耐えられるでしょうかねぇ……?」

 「え?」

 「ふ、ふフフっ、ふフフふふフフ……」


 やべえ、なんか笑い出したぞこの人。


 というか“無へと帰る時”ってなんだよ!

 こんなニタニタ笑ってる人を女神なんて呼べないんですけど?


 「あ、あの……」

 「おっと失礼。では私の部下と顔合わせに行きましょうか」

 「は、はい……」


 先程の独り言に本人は気づいていないのか、まさしく女神のような笑顔で俺を案内し始めた。

 

 ……うん、さっきのはきっと幻聴だ。幻覚だ。


 だってここは女神と天使が勤務する会社だぜ?

 俺の想像する天使は、あんな全てに絶望した顔もしないし、中二病めいた病んだセリフも口にしない。


 きっと俺の緊張を解すためのブラックジョークだ。

 いやー、流石女神!優しいなー。


 「神田さん?どうしました?」

 「少し脳内で情報処理をしていました」

 「……そうですか。あ、ミーチャ!少しいいですか?」


 なんで察したように微笑んだんだこの人ぉ!

 何かしら突っ込んでくれ!怖くなるから!


 と、自分で勝手に恐怖を感じている内に、何か書類を持った女性……女子?がパタパタと駆け寄ってきた。


 「何ですか?エルリア様」

 「今、彼にこの機関の案内をしているのです。まずはこの部署で挨拶から始めようと思いまして」

 「なるほど……、あなたが神田楠さんですね?」

 「はい、これからよろしくお願いします!」

 「こちらこそ!私の名前はミーチャ。何か分からないことがあれば、遠慮なく聞いて下さいね!」

 「は、はい」


 少し子供っぽさが残るあどけない笑顔をしながらも、職場の先輩らしく、頼りがいのある挨拶をしてくれた。


 見た目は小学生ほどの身長しかないのに、随分としっかりした子だなぁ……。

 子供扱いはさすがに失礼かな?


 「あ、そういえばエルリア様。先程転生者の方から苦情が来ていましたよ」

 「またですか……」


 ミーチャさんは持っていた書類の一枚をエルリアさんへと手渡すと、エルリアさんはげんなりとした顔で受け取る。


 転生者から苦情なんて来るのか……。

 それにエルリアさんの反応を見るに、珍しいことでもなさそうだ。


 「……文章が長いですね。つまり彼は何を言いたいのです?」

 「この方は生まれながらにして、常人とはかけ離れた能力値を持って転生したかったそうです」

 「その望みは叶えたはずですが?」

 「苦情内容はこの後です」


 そこでミーチャさんは一度言葉を切ると、一呼吸ついた。


 「その異常な能力値を本人は当たり前のように思っていて、町に繰り出したときに人々が彼の力に“強すぎる!異常だ!”と驚き畏怖し、それでも彼は“何処かおかしいの?”とこれ位出来るでしょ的に振る舞いたかったそうです。なのに人々の反応が薄かったので、もっと自分を勇者扱いしてくれるような地域に転生したかったと、やり直しを要求しています」

 「いや細けえよ!」


 思わずタメ口で突っ込んでしまった。いやでも本当に細かい。

 デートのセッティングとかそんなレベルじゃねぇぞ!?


 「勇者扱いねぇ……。それでは脆弱なスライムやゴブリンが蔓延(はびこ)る領土にでも送りつけましょうか」

 「そ、それでよろしいのですか?」

 「勇者扱いされたいのでしょう?ならばスライムキングやらゴブリンヒーローやらになれば、彼の望み通りです」

 「なるほど、さすがエルリア様!それではそのように……っと」


 いやいやいや!なるほどじゃないでしょミーチャさん!

 転生者の望んでることって、そーゆーことじゃないと思う!

 

 ゴブリンとかスライムにもてはやされても、彼の欲求は満たされないんじゃないかな!?


 「それでは私は仕事に戻りので、失礼しますね」

 「忙しいところをすみませんね」

 「いえいえ!それでは!」


 ペコリと頭を下げると、来たときと同じようにパタパタとデスクへ戻ってしまった。

 

 ……ああ、彼女はきっと素直で純粋なんだ。

 だから転生者が不遇な目に合うのも彼女のせいではない。

 隣に立って満足げな顔をしている女神様に責任がある。


 「……何ですかその目は」

 「いえ、良い上司だなとオモッテ」

 「それはお褒めに預かり光栄ですねぇ。ジョイフィル!少し時間を」


 この人性格悪いぞ!

 俺の皮肉を真っ向から受け止めやがった!


 「何すか、部長?」

 「ミーチャとのやり取りが聞こえていたでしょう?自己紹介ですよ」

 「ああそっか……。私の名前はジョイフィルっす!これからよろしく~!」

 「は、はあ。こちらこそ」


 ショートカットの髪と掴んだ俺の手をぶんぶん振りながら挨拶をしてくれたジョイフィルさん。


 もう元気。とにかく元気。

 まさしくスポーツ系女子と言った印象だ。悪く言うと、少しおバカさんキャラかな……?


 俺がそんな風に考えていると、突然何かに気づいたように姿勢を伸ばし、動きを止めた。


 「他の部署に行く用事があったんだー!申し訳ないっすけど二人とも、これで失礼するっすー!」


 部署内を走り回りながら、ジョイフィルさんは出て行ってしまった。

 本当に嵐みたいな人だなと思いながら、出て行った彼女の後を見つめていると、エルリアさんがゆっくりと口を開いた。


 「……彼女はこの機関の代表的な犠牲者なのですよ」

 「はい?」

 

 エルリアさんの顔を見ると、顔に微笑を浮かべながら何処か遠くを見つめていた。

 

 「彼女はこの機関で働き過ぎて……、この機関のブラック加減にやられて、働くのが楽しいと感じるようになってしまったんです!」

 「それ良いことじゃないんですか?」

 「ああ!いつか私も機関で都合の良い駒のように、働くのが楽しいなどと狂気じみた考えを持ってしまうのでしょうか!?」

 「いや聞いて?人の話」


 なんかもう敬語を使うのが面倒くさくなってきた。

 

 ヨヨヨ、とわざとなのか本気なのか判断に困る涙を流すエルリアさん。

 そこで泣き崩れるとミーチャさんからの視線が痛いから止めて頂きたい。


 「それにしても、ブラックか……」


 ここに来てから一時間も経っていないが、エルリアさんの様子を見ていれば嫌でも分かる。

 感情が無に帰るという言葉の意味も。


 「やっぱりこの機関って」

 「黒もびっくりのブラック企業なんだよ~!」

 「おわああぁぁ!?」


 びっくりしたー!!

 いきなり肩を掴まれたと思って振り向いたら、長い黒髪に片眼が隠れた女性がいたんだもん!


 何、この人、幽霊!?社畜の幽霊!?


 「ザルドキエ、初めての彼にあなたの話しかけ方は刺激が強いのだから控えなさい」

 「だって中々うちらに回ってこないから」

 「そ~そ~、忘れられてるのかと思った~」

 「カルエルまで……」


 どうやら幽霊ではなく、この部署で働く社員さんだったようだ。

 エルリアさんの手を借りながら立ち上がると、俺に軽く謝った後、彼女らのことを教えてくれた。


 ロングの黒髪で俺を驚かせた幽れ……じゃなくて、女性の天使はザルドキエさん。

 一見根暗な雰囲気だが、本性はその真逆。悪戯好きでありながら、頭がよく回るんだとか。


 もう一人のフワフワした空気を振りまく女性はカルエルさんだ。

 

 「彼女は私の同期でして。腐れ縁、幼なじみというやつです」

 「エルちゃん?女の子が腐れ縁なんて言葉使っちゃダメだよ~」

 「こいつは女の子なんて歳じゃないだろ。もうとっくにおば……分かったよ、睨むなって」

 

 天使って個性豊かな人ばっかりだな~。

 もっと高潔で神聖な、人間とら懸け離れた存在だと身構えていたが、予想外にも人間と似ていて安心した。でも


 「痛たたた!おい、何も言ってないだろ!なんで腕をつねる!?」

 「いえ、心の中で私を侮辱したように感じたので」


 ……もう少し神聖な存在でいて欲しかったけど。


 「はぁ、とりあえず人員紹介はこんなところですかね。後三人ほどいますが……、それは追々紹介するとしましょう」 

 「そういや神田。この機関のブラック企業っぷりにもう気づくとは中々やるじゃない?」

 「いや、エルリアさんがブラックって公言してましたから」

 

 正直、どこら辺がブラックなのかは不鮮明だが、ミーチャさんとのやり取りを見たときに何となく察した。

 ここの天使たちが荒れるのには転生者たちが一枚かんでいるのだろう。


 もちろん、理由はそれだけじゃないだろうけど。


 「確かに私たちは転生者の態度に辟易していますが、別段嫌っている訳じゃないのですよ……多分」

 「お前が言うと全く説得力ないな」

 「それよりもこの機関の私たちの扱いが雑というか荒いというか……」

 「それでも上は神田をここに寄こしたんだ。うちらが転生者への対応を改める他ないでしょ」


 ザルドキエさんの発言にカルエルさんはうんうんと頷き、エルリアさんは深いため息をつく。

 

 ……なんだろう。俺が悪いことは一つもないのに、謎の罪悪感が。


 「それで今いる皆は自己紹介済んだんでしょ~?次はどこに連れてくの~?」

 「そうですね……」

 「何悩んでんの。やっぱ仕事場を見せなきゃだめでしょ」

 「仕事場、ですか?」


 ザルドキエさんがニヤリと笑う。

 転生執行部の仕事場と言えば……。


 「人間を異世界へと送り届ける空間、“転生面接室”だよ」



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