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転生機関の天使たちは、楽園を知らない社畜です  作者: えりぼたん
第一章.転生機関
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愛ノ神キューピッド様


 「どういう状況だこれ……」


 口に出したが心の中でもう一度。どういう状況だこれ……。


 俺は今たった一人で、ある部屋の前に立ち尽くしていた。何を素材に造られているのか、白一色で淀みのないいかにも重厚そうな扉を触れることすら出来ない。


 扉の奥は『機関長室』。

 この先には機関をまとめ上げる天使のみが使用を許される、特別な空間が広がっているのだ。


 「機関長にすら顔を合わせたこと無いのに……」


 だが今回対面するのは、機関長よりも更に上。

 生物などという領域から超越した、天使をも導く唯一無二の絶対的存在。この機関の……主だ。


 「くうぅ、心なしか胃が痛いような……」


 まず機関長と顔を合わせたことがない。副機関長とも面識がない。最上階なんて来たことない。そもそも期間内で一人取り残されるなど経験がない……。


 もう全部が全部初めて過ぎて、頭がおかしくなりそうだ。


 俺をここに連れて来たヴァルキリーさんも何処かに行ってしまったし……執行部に俺の事情でも伝えているのだろうか。

 そもそも何故俺が呼ばれた?

 日頃の行いでも褒めてくれるのかも。わーいやったー増給で昇格だー。お赤飯お赤飯。

 

 ……なんて現実逃避している場合ではない。

 どれだけ緊張していようと、目上の人を待たせるなんて失礼極まりないな。


 「腰を低く、敬語……はっきりと……行くぞ」


 手汗を拭い、震える手で扉をノック……しようとしたら勝手に扉が開き始めた。

 え、ここ自動ドアだったの!?

 

 「にょわっ!?……び、びっくりしたのぉ。何しとるんじゃ神田くん?」

 「ラ、ラジエルマさん!?ごめんなさい!」


 どうやら自動ドアではなく、ラジエルマさんが内側から扉を開いたみたいだ。

 俺も驚いたが、ラジエルマさんは数歩下がる程の衝撃を受けたらしい。ノックとはいえ、突然目の前に拳が来たら誰だって驚くか……。


 「その、キューピッド様から……ここに来るよう言われまして……」


 キューピッド様はこの機関の頂点に君臨する存在だ。口が裂けても失礼な表現は使えないため、言葉を選んだしどろもどろな回答をしてしまった。


 「なるほど、次のお客人とは君の事であったか。ならば早くに失礼するとしよう……お主らも行くぞ」

 「へー!お前が新しく入ったって噂の人間か?異世界以外の人間と会うのは久しぶりだなー!」

 「よさんか、ラグエリア……」

 「わ~良いなぁ。うちも人員不足だし、あなたみたいに真面目そうな子が欲しいよ」

 『それは分かる。新人社員で新鮮な環境、全体的に功績が上がる可能性も微レ存』

 「サリーにサマヨルまで、はぁ……」


 ラジエルマさんが後ろに待機していた数人に声をかけたのとほぼ同時に、俺は三人の天使に囲まれてしまった。

 頭をポンポン叩かれたり、肩に手を置かれたり……よく分からないが、興味津々といった感じで揉みくちゃにされた。


 先程まで極度の緊張状態だったため、頭の整理も追いつかず、どう反応すればいいのか……。


 特にサリーさん?のインパクトが凄い。

 頭全体が立方体の囲いで覆われており、表情は電子的な顔文字で表されている。ブラウン管テレビ、というのだろうか。


 こんな天使、期間内でも初めて見たぞ……。


 「……ボーッとしちゃって、可愛いな~♪」

 「よし、今のうちに管理課の部屋まで連れてこーぜ」

 「これ、止めんか!」


 ……管理課?ついさっき聞いたような。


 「……あれ?管理課って、総務部に属しているっていう……?」

 『知ってるん?もしか自分ら有名人?』

 「ま、異世界を管理している訳だし?()()()()から話を聞いててもおかしくは……」

 「ラグエリア-?駄目だよ?」

 「おっと、悪い悪い」


 やっぱりそうだ。食堂でジェレミーさんが話していた、異世界への行き来を許されている天使たち。よもやここで会えるとは……。


 だけどガブさんの話はまた次の機会だな。俺も大事な要件がすぐに控えているのだから。


 「お会い出来て嬉しいです。時間があれば、色々とお話ししたいこともあるのですが……」

 「よいよい。わしらもこれ以上時間はとらせんよ……ほれ、迷惑をかけるでないわ。行くぞ?」


 ラジエルマさんの注意に三人は不満げな声を上げた。

 名残惜しむかのように各々が俺の体をもう一度、優しく叩く。


 「残念だけど、一旦お別れね。またぜひお話しましょ♪」

 「今度さ、一回俺たちと働いてみよぉぜ。職業体験みたいな……楽しみにしてるぞー!」

 『出た~約束を押し付けていく~』

 「そんなんじゃねぇ!ケラケラ笑うなっての……!」


 七階はこの階自体が機関長室のようなものだから、扉を開ければすぐに階段が続いている。

 彼らは階段を降りて、声もすぐに遠く離れていった。

 

 「何か、色々と凄い人たちだったなぁ……」


 終始彼らの勢いに押されっぱなしだった。

 しかしそのおかけで、緊張もだいぶ解れた気がする。


 「……よし。行くぞ」


 気を引き締めろ。ここからが本番だ。

 俺は改めて扉を叩き、神域へと足を踏み入れた……!













◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「……ここで待て。間もなくいらっしゃる」

 「は、はい」


 機関長室は、何も無かった。


 権力を象徴する装飾も、艶やかな内装も無い。

 かと言って、天国のような神秘的情景も広がってはいない。


 言葉通り、何も無い。あるのは機関長室という空間ただ一つであった。


 白、白、白……。

 余りにも風景が変わらないため、この部屋は永遠に続いているのではと錯覚してしまう。

 扉すらも白一色……もはや出口も分からない状況だ。


 「わぁ……」


 天井を見上げると、等間隔に幾つもの丸穴が空いていた。そこからから入り込む光だけが唯一、俺を安心させた。


 あの光無しでこの無の空間にいたら、耐えられずに発狂でもしていたかもしれない……。


 「キョロキョロするな人間。主殿と謁見できるだけでも本来なら有り得ない幸運……無礼を働くな」

 「ご、ごめんなさい!」


 刺すような声に姿勢を正された。

 

 俺の腰辺りの身長で少しぽっちゃりした男の子……この子が副機関長のケルビスさんだなんて、未だに信じられない。


 「……今何か考えなかったか?」

 「いえ別に!何も!」


 可愛らしい童顔から鋭く睨まれるなんて、信じたくないよぉ……。


 「……いらっしゃったぞ」


 どこに、と疑問に思うよりも早く、それは現れた。


 天井の光に混じって舞い落ちる、無数の羽根。

 それらは部屋を塗り尽くす白と同じ……それなのに、一枚一枚に圧倒的存在感がある。


 そして一筋の光が遮られ、女神が降臨した。


 彫刻のように穢れのない足。清廉な絹衣に護られた上半身。白くしなやかな手指。整った顔立ちに寄り添う微笑には、いかに高価な化粧品でも泥となるだろう。


 黄金色の流れる長髪が俺の目を奪う。

 人間のそれと変わらない女神の姿。“完成”という言葉の意味を、初めて理解できた瞬間だった。


 「きれい……」


 女神がゆっくりと地に足をつけようとした……が。


 「……ん?」

 「あ、やば。翼が……」


 この部屋中に羽根を舞い散らせる程に大きい女神の翼。それを通す天井の穴は余りにも小さすぎた。

 

 ……簡単な話、翼が引っ掛かって宙吊り状態なのだ。


 「ん、んー!この……おりゃー!」


 女神が手足をばたつかせて、翼を力任せに引っ張る。

 ……こんなシュールな光景を俺が見ていいものだろうか。女神の醜態、未来永劫忘れろとか言って消されないよね?


 「も~……痛っ!?」

 「だ、大丈夫ですか?」


 俺が人知れず恐怖していると、女神の翼が光の粒子となって突然消えた。

 指を鳴らしていたし、彼女自身で翼を消したんだろうけど……受け身も取らずに思い切り尻もちをついた。


 「全く……人間の前で何というお姿を……」

 「だから格好良く登場しようとしたんじゃない!偏りなく羽根を落とすの大変だったんだから!」

 「お時間は限られております。手早くお済ませ下さい」

 「相変わらず冷たい……それに比べてあなたは心配までしてくれて、ありがと!」

 「い、いえ。そんな……」


 女神らしからぬフレンドリーさ。登場の演出は、本当に格好付けただけらしい。

 パンパンと絹衣をはたき、俺に向き直った。


 「では改めて……私がこの機関の主、キューピッドよ。挨拶が遅れてごめんね?神田楠くん」

 「こちらこそ、初めまして。キューピッド様」


 うおぉ、俺女神様と握手しちゃってる……!

 うわ、手すごいスベスベ。俺手汗とか大丈夫かな?握手していることが申し訳なく思えてきた。


 「ちっ……キューピッド様、お早く」

 「も~しつこいよケルビス!そんな現代人みたいにせかせかして……もう少し心にゆとりを持ちなって。早死にするよ?」

 「あ、あの!お時間も限られてるみたいですし……自分もお手間は取らせませんから……」

 「そう?でもまあ立ち話も何だし……よっと」


 キューピッド様が手を叩くと同時に現れたのは……こたつ。

 ……なぜにこたつ?


 「ほら、座って座って。暖まりながらお話ししよ?」

 「は、はぁ……失礼します」


 キューピッド様の身につけている絹衣……案外寒いのかな?

 確かに腕は肩先から素肌で出てるし、足なんか太股まで出ちゃってるし……。


 あ、さっきの降臨時に色々見えなかったのはご都合です。


 「じゃあケルビスもうるさいし、さっそく……あなたを呼んだのは契約のことよ」

 「!」


 まさかその話とは。

 俺が機関に来たときに交わした契約。本来なら死んでいた俺の魂を助ける代わりに、執行部の人間嫌いを改善すること。


 まだ一週間と少ししか経っていないし、まだまだ先のことだと思っていたけど……。


 「も、もしかして……?」

 「ええ。報告書によれば、執行部の転生候補者に対する態度は改善される傾向にあったわ。もちろん、あなたが配属された後の話ね」

 「……」

 「なのでここで、あなたとの契約を達成したと認めます。自身の肉体へと還り、下界の生活に戻るといいわ」

 「ほ、本当ですか!?」


 こたつの暖かさとは全く違う。ある種の興奮が、俺の身体を熱くしていた。

 

 やった……!想像より全然早いけど、元の世界に帰れる!

 両親にも会えるんだ!


 「あ、ありがとうございま……」

 

 




 



 『楠も大切な部下の一人です』










 「す……」


 ……何だろう。嬉しいんだけど、何か……悲しい?


 いや待て待て。たった一週間だぞ?それに俺は下界に戻るために、執行部の一員となった訳で。

 そんな深く関わるような関係じゃ……。


 ……何だかんだで、突然来た俺をエルリアが受け入れてくれたんだっけ。

 知りもしない人間を住まわせてくれた。

 プライドもあったろうに、俺の運営方針をこなしてくれた。

 ミーチャさん含めて、命も救われた。


 ガブさんのボイコットも、エルリアのためとか考えてなかったか?


 ……あいつの与えてくれたものに対して、俺は何を返せた?

 このまま“お世話になりました”で還るのか?


 「言い忘れてたけど、あなたが下界に還る場合……この機関に来てからの記憶は消させてもらうわ」

 「え……?」

 「何を呆けた顔をしている。原則、下界の人間との接触は禁止なのだ。当然の処置だろう」

 「はーい、ケルビスは黙ってて」


 たった一週間の記憶を忘れる。何てことは無いはずだ。

 俺は何事もなく、病院のベッドで目を覚ます。親と感動の再会を果たす。元の普通の暮らしに戻る。


 命を救ってもらった恩も全て忘れて。


 ……そんなのは


 「もし君が今、“嫌だ”と思ったのなら、私は君に最善の選択肢を提供できるよ」

 

 キューピッド様が俺の目を覗き込んだ。吸い込まれそうな瞳から目を逸らせない。


 「君が機関の利益に貢献したことは明白。私としても、そんな君を安々手放したくは無いの」

 「……」

 「だから君にはここに残って欲しい。もちろん、下界の生活が優先で構わない。時間があればここに来るみたいに、気軽な感覚でいいからさ」

 「そ、それでいいんですか?」


 キューピッド様が俺に示してくれた選択肢は、魅力的以外の何物でもなかった。下界に戻れて、機関にも残れる。記憶もそのまま。

 俺に不利益など何も無い。


 だけど……本当にそれでいいのか?

 俺にも下界での生活がある。今までのように毎日通うなんて到底不可能だ。

 そんな俺が機関に残って、今までのように貢献出来るだろうか。


 ……エルリアに、迷惑しかかけないのではないか。


 「……きっと、君に残って欲しいと願うのは私だけじゃないと思うなぁ」

 「……そうでしょうか」

 「嘘はいけないよ?君にもきっと分かる人。今、君の心を満たしている人……」


 キューピッド様のしなやかな手指が、俺の手に絡みつき、俺の頬に触れる。彼女の冷たく細い足が、こたつの中で優しく巻き付いた。


 俺の瞳に映るのは、彼女の瞳だけ。


 ……そうだ。まだ何も返せていない。

 ガブさんのボイコットだって終わっちゃいない。ラファエリの人間嫌いも解決していない。


 今ここでいなくなるのは、余りにも無責任だ。

 エルリアに何を言われるかも分からない。俺のいないところでロリコン呼ばわりされるのは死んでもごめんだ。


 「……キューピッド様」

 「ん~?」

 「俺は、この機関に残りたい。今の役割を続けさせて下さい」


 エルリアにも、執行部にも……そしてキューピッド様にも、命を救われた恩を返したい。

 そして純粋に……この機関に残りたいと感じた。


 きっと、間違った選択ではないはずだ。


 「……改めてよろしくね?正社員の神田楠くん」


 キューピッド様は手指を解き、女神の微笑みで俺を向かい入れる。




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