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転生機関の天使たちは、楽園を知らない社畜です  作者: えりぼたん
第一章.転生機関
12/19

天使が上、人間が下


 「ほ~ら、なでなで……良い子ですわね……」


 膝枕と聞くと、どんなものを想像するだろうか。


 恋仲の者が距離を縮めるため。母親が幼子を慈しむため。怪我人の苦しみを少しでも和らげるため。


 俺の偏見でいくつか例を挙げてみたが、あながち間違いでもないと思う。

 少なくとも、マイナスなイメージは湧かないんじゃない?


 やっぱり男女共に、膝枕って憧れるシチュエーションだと思うんだよ。うん。


 だからさ……。


 「あと何分保つんですの……?クスクス……♪」


 膝枕って殺人動作じゃないと思うんだよー!!


 死因=膝枕って何!?

 笑えないよ!洒落にならないよ!


 嫌だぁ……っ、何とか抜け出さないと……!


 「ぬ、ぐぐっ……!」

 「耐えますわね……それにしてもあなた、天使でもないのに何故これ程のマナを……あら?」


 ふと、ラファエリが顔を上げた。

 その間も俺の頭を撫でる手の動きは変わらない。


 脳がしびれるような感覚を受けながらも、どうにかラファエリの視線を追い、頭を傾ける。


 「神田さんを、離して下さい……!」

 「ミーチャさん……」


 そこには救世主……天使が降臨していた。


 ミーチャさんはボロボロだった。

 庇うように片手で腕を抑えながら、荒々しい呼吸を繰り返す。

 ワンピースにはぬめった泥が付き、所々擦り切れている。穏やかな流水を連想させた水色の髪も、濁った河川のように変色していた。


 特に痛々しいのは純白だったその翼。


 翼の本来の柔和さは影を潜め、触れる者を傷付けてしまいそう。

 翼を動かす度に羽々が落ちていく姿は、苦しんでいる彼女の心境を代弁しているように思えた。


 「ラファエリさん、彼を解放して下さい……!」

 「解放?今正に解放していますわ。穢れた魂の昇天を」

 「神田さんから離れて下さいと言っているんです!」 


 あっけらかんと答えるラファエリに、ミーチャさんは尚も言及する。

 普段から謙虚でお淑やかな彼女からは、想像も出来ない大声だ。


 しかしラファエリは、彼女の勢いにも全く怯まない。

 寧ろその反応を楽しんでいるようだ。怖いですわ、と心にも無いことを口にしている。


 その態度に、ミーチャさんは憤慨した。


 「彼は私たちの部署に配属された……“主”に認められた人間です!あなたはそれをご存知ないから、このようなことを!」

 「いいえ、知っていますわ」

 「!?」

 「執行部の人間に対する接し方の改善……でしょう?彼を起用することで人間との距離を縮めようと……」


 情けない話ですわね……と、流れてもいない涙を拭うように目元を軽く抑えた。


 「つまり……承知の上で、このようなことを……?」

 「考え無しに行動するほど、私は愚かではありませんの」

 「……そうですか。それならば……っ!」


 ミーチャさんは軽く深呼吸し、荒れていた息を整える。諦めた……いや、覚悟を決めた静閑な顔付きだ。


 彼女の周りの空気が変わったことは、俺にもはっきりと分かった。


 そして……。


 「うわっ、眩しっ!」

 「あらあら、軽率で穢れた思考ですわね……」


 彼女を眩い光が包み込んだ。

 それは暖かみのあるものではなく……まるで見る者を威圧し、屈服させるような覇気のある輝きだ。


 「神への反抗として、今この場で断罪します!」


 輝きが消え、最初に目を引いたのは赤。


 滾る炎を連想させる紅色の鎧が彼女を覆う。

 無駄な装甲は一切無く、俊敏性を最優先に考慮した軽装備に近い防具だ。しかし頭や胸、膝などの急所は厚い装甲で固められている。


 そして両手には、彼女の身長と同等ほどにある大剣が。

 目立った装飾は無いものの、それ一つだけでも十分な存在感だ。

 どう見ても彼女には不釣り合いな武器に見えるが、その大剣を両手で構えるミーチャさんの姿勢に一切のぶれはない。


 今朝の可愛らしい女の子の姿から、何とも頼もしい女戦士に……。


 「……あれ?」


 今ミーチャさんは鎧を着てるよね?

 じゃあ、元々着ていた服はどこいったの?鎧の下に着ている……なんてことはないよね。


 え、あの輝きの間に着がえたってこと?魔法かなんかで?


 それってつまり、あのミーチャさんが野外ではだk――――


 「ぶほぁっ!!」

 「神田さん!?」

 「……汚らわしい」

 「神田さんに何をしたのです!もう許しません!」

 「いや今のは私ではなくあなたの責任……聞いてませんわね」


 ……不純な戦闘理由を与えて申し訳ないです、ミーチャさん……。


 俺のダメージ(自滅)を見たミーチャさんが、ラファエリとの距離を詰めようと肉迫した。

 可憐な少女が大剣を持って疾走する……その姿を正面から目の当たりにした俺は圧倒された。


 しかしそれでも、ラファエリは柔和な表情を崩さない。俺を膝枕したまま、引く気配すら見せない。


 「この人間がいる以上、大剣の軌道は限られる……重量を利用した横凪でもしますの?」

 「今気づいても遅い……です!」


 両腕に力を込め、引きずるようにしていた大剣を思い切り振り回す。

 大剣の勢いに流されぬために体の重心を後ろに引く。上半身が仰向けに倒れていくが、作用点である踵は決して地面から離れない。


 大剣はそのリーチを生かし、剣先は彼女の喉元を狙う。

 

 大剣が空気を切る音が聞こえた。

 次はお前だと、断頭の刃が俺の頭上を越えていく。


 死がラファエリの喉元を撫で……俺はその光景に目を見開いた。


 ラファエリは命を刈ろうとする死の鎌を見て、笑っていたのだ。


 「楽園の微風(エデンズ・ブロウ)

 「っ!?」


 ラファエリの喉元に迫っていた大剣が、不自然に跳ねた。

 

 剣先が夜空へと向き、弾き飛ばされる。

 身体を持っていかれぬよう、後方に重心を傾けていたのが裏目に出てしまった。

 弾かれた大剣を制御する術など無く、ミーチャさんの体は大剣に連れられて浮いてしまう。


 そして、大剣はそのまま重力に従って落下。


 地面を抉り、大きな金属音を響かせた。


 ミーチャさんも地面に叩きつけられてしまうと思えたが、ぎりぎりの所で両手を離していたようだ。

 空中で華麗に一回転。片手と両足で衝撃を和らげつつ、着地した。


 「くっ!」

 「あら、翼も無いのに見事な着地……誉めてあげますわ」

 「裁きの光明!」


 ミーチャさんは屈んだ着地姿勢から、間髪入れずに次の攻撃を仕掛ける。


 彼女が突き出した両手から放たれたのは、荒々しい光の弾。

 残光の尾を引きながら、曲線状にラファエリを付け狙う。拳大の光弾数十発がラファエリの顔に狙いを定めた。


 「囲い風……ん」


 しかしラファエリを囲うように吹いた風により、全て掻き消されてしまう。

 ラファエリに届く前に、光弾は強い光を発して露散してしまった。一瞬、視界が白一色となる。


 俺もラファエリも、その白い世界に目を潰されないよう、反射的に目を細めた。

 俺はガッツリ目を閉じたけどね。


 「もらいました!」


 ミーチャさんはその隙を見逃さない。

 

 いつの間にか回収していた大剣を持ち、一気に距離をつめる。

 初撃と同じように、ラファエリの首を撥ねようと大剣を横に大きく振りかぶっていた。

 

 しかし……。


 「向かい風」

 「きゃあっ!」


 今度は大剣を振り切る前にラファエリの風を受けてしまった。先程と違い大剣ではなく、ミーチャさんの身体を直接狙ったようだ。


 弾かれるように投げ出され、鎧と鎧が擦れ合う不快な音を発しながら地面を転がった。

 

 ミーチャさんに巻き込まれ、地面から引きちぎられた草々が空中を舞う。


 「くっ……流石ですね……」

 「マナを消費する聖法の耐性が強力な私に物理攻撃を仕掛ける……それなりに理にかなった戦法ですわ」

 「……」

 「しかし馬鹿の一つ覚えのように同じ事を繰り返し、挙げ句目眩ましとは……小汚い手を使いますわねぇ」

 「神田さんを救うためです。なり振りかまっていられませんので」

 「ミーチャさん……」


 なり振りかまっていられない、その言葉に嘘は無いだろう。

 事実ラファエリは、あれだけの猛攻を座って受け流している。俺の頭を穏やかに撫で続けながら。


 というか、あまり撫でられると禿げちゃいそうだから、マナを吸うだけで勘弁してくれないかなぁ……。


 ……いやいやダメだろ!?

 死んだら禿げる何も無いんだから!しっかりしろ俺!


 「……一つ、お聞きしてもいいですか?」

 「ふふっ、余裕ですわね?これのマナが減って構わないのなら、何でもお答えしますわ♪」

 「っ……」

 

 ラファエリの挑発にミーチャさんは眉をひそめたが、グッとこらえて質問を続けた。


 「何故町の人々に洗脳をかけたのですか?やはり私の能力を警戒して……?」

 「まさか。あなた如きに警戒など不要ですわ。人間に洗脳を仕掛けたのは、もっと別の……機関への貢献のため」

 「今正に神の教えに背いているあなたが、貢献?」

 「あの人間らは我らが主への説得材料、貢ぎ物なのですわ」


 説得材料。貢ぎ物。抽象的な表現ばかりで、ラファエリが何をなさんとしているのかさっぱりだ。


 だけど、膝枕され、至近距離で彼女の顔を見ている俺には分かる。

 自分の考えに陶酔した目、興奮冷め止まぬ熱い吐息……。


 何か、危険で恐ろしい考えを持っていると。


 「洗脳を施し、私たち天使と主に従順な人間へと作り替えるのですわ」

 「そんなことをして何になると言うのですか!?主はそのような蛮行など求めていません!」

 「いいえ、心から欲しているに違いありませんわ。この人間が気高き神の意志の表れ……」

 「だから彼は、私たち天使と人間の関係良好を図るために……」


 何度同じ事を言わせるんだと、ミーチャさんは苛立ちを露わにした。

 しかし、その言葉も勢いを失ってしまう。


 何か恐ろしいことを目の当たりにしたような表情を浮かべて。


 「あなた……まさかっ……!?」

 「私の貢ぎ物を、主は嬉嬉として受け入れて下さいますわ……」






 

 「私たちに意見しない、()()()()()()()()()()()が出来るのですから♪」






 

 ゾクリと、背筋が凍る。


 転生するためだけの人間。天使の言いなりであり、操り人形。

 そんな人間ばかりなら、関係向上など必要ないだろう。


 支配と従属。一辺倒でシンプルな関係になるのだから。


 俺とミーチャさんは絶句した。

 信じられない、それだけが俺たちの思考を埋め尽くす。


 「……あなたは……人間を何だと思って……」

 「私たちよりも格・格・格下の存在ですわ。命尽きてなお、私たちに穢れた己が欲望を押しつけてくるとは……救いようもありませんわね」


 ミーチャさんの掠れた声に対しを押し潰すように、ラファエリは彼女の疑問に答えた。


 ラファエリの笑みは慈悲深く、それだけで見る者を癒すものだろう。

 だけど今の俺には、悪魔を超えた、化け物の歪んだ狂笑にしか見えない。


 「異世界を救う……転生者にはその目的だけを遂行させればいいのです。自由?冒険?感情?恋愛?一体何を求めているんですの?死んだ後の、ただの死体が」

 「っ……!」

 「人間は私たちに従っていればいいのです。そう、私が人間を浄化する。それにより人間は欠点も汚点も無くなり、完璧に――」

 「もういいっ!黙りなさい!」


 張り裂けるような大声がラファエリの口を止めた。


 不愉快窮まりない。これ以上聞きたくない。

 肩で荒い呼吸を繰り返し、脂汗を流したミーチャさんの顔がそう物語っていた。


 大剣を杖代わりとし、ラファエリの攻撃によるダメージとはまた違うものに抗い、起ち上がる。


 「人間を浄化する……?自分の考えを押しつけて満足しているようなあなたに、浄化なんて出来るはずもない。そんなことする権利もあなたには無い!」

 「何ですって……?」

 「人間が各々持っている汚点や欠点は、彼らが生きていく中で……自分たちで改善していくものです!!だから……!」

 「……」

 「あなたが勝手に浄化していいものではないのです!!」


 地面に突き刺さった大剣を残し、ラファエリに駆けていく三度目の正直。


 墜落で傷付いた翼を出し、大剣が無い分、今までの二回とは比べ物にならない速度でラファエリに接近する。


 地面と平行に飛行し、右腕を引いた。


 「やああぁぁっ!!」


 右拳を思い切り突き出し、笑みの消えたラファエリの顔面を捉えた……かに思えた。


 「生まれたての大天使(アークエンジェル)が、偉くなったものですわねぇ……私に説教とは」

 「う……ぐぅ……!」

 「綺麗事を抜かしても、実力が無ければそれも虚言となります」

 「ミーチャさん……!?」

 「精密に風を操れれば、こんなことも出来ますのよ?」


 ミーチャさんの拳は、ラファエリの目前で止まっていた。

 

 それだけで無く、彼女の身体は不自然に宙を浮いている。髪は乱れ手足をばたつかせて、一切の自由がないようだ。

 強力な風により、言葉も発せない。


 ラファエリは冷たい視線を向ける。


 「人間に絆された天使など必要ありませんわ……せめてもの救いに一瞬で終わらせます」

 「うぅっ……!」

 「や、やめっ……!?」


 ミーチャさんの額に人差し指が宛がわれる。

 一瞬で終わらせる。それだけで彼女が何をするのか察しがついてしまった。


 ラファエリの視線は何処までも冷たいまま。

 ミーチャさんは強く目をつぶった。


 俺は……何も出来ない。


 「昇天……」


 ラファエリの口から、終わりの一言が発せられた。

 その時。


 「閑暇(スコレー)

 「!?」


 一筋の風が吹いた。


 それは、ラファエリの指先から放たれた死の風ではなく……。


 「……無事ですか?ミーチャ?」

 「あ、あぁ……はいっ、はいっ……!」

 「このタイミングで来ますの……」


 女神が靡かせた救いの微風。

 ミーチャさんを抱えた大きな天翼が地上へ降り立つ。ミーチャさんをゆっくりと下ろし、ラファエリへ向きなおった。


 ……朝寝坊といい、本当に時間に甘い女神様だ。

 

 登場の仕方が格好良すぎるでしょ。


 「……ちょいと遅くないか?エルリア」

 「すみませんね。見たいテレビの録画をしに、少し家へ戻っていました」


 そう言って苦笑する。


 自分勝手な女神様が降臨した。

 




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