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転生機関の天使たちは、楽園を知らない社畜です  作者: えりぼたん
第一章.転生機関
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潔癖性の大天使《ラファエリ》

 

 「大丈夫ですか?ミーチャさん」

 「はい、ごめんなさい……お役に立てず……」 


 ミーチャさん、ベンチに座って絶賛ナーバス中である。

 俯いて、どんよりとしたオーラが目に見えるようだ。ここまで凹んでいる彼女は初めて見た。


 気落ちしている理由は言わずもがな、彼女の能力が効果を見せなかったからだ。

 

 ラファエリさんが見つからないことを自分の責任だと思っているらしい。


 だけど別にそんなことはなくて……。


 「あなたが責められることなんてありませんよ。特に俺なんて、あなたがいて初めてまともに動けるんですから。逆に感謝しかありません」


 そう。ミーチャさんは能力を逆用して、俺を天使以外に認知不可能な存在にしてくれたのだ。

 これにより俺は、知り合いなどとばったり鉢合わせ、なんて事故も気にすることなく自由に動ける。


 ラファエリさん大量発生の原因は分からないけど……少なくともミーチャさんの責任ではないと、エルリアも言っていた。


 「だから大丈夫!気を取り直して、ラファエリさんを捜しましょう……ほら、エルリアを見て下さい」


 ミーチャさんがゆっくりと顔を上げる。


 エルリアは本当に片っ端から捜し回っていた。一人一人の顔を覗き込み、声をかけてを繰り返していく。


 何度違っても決してめげない。

 その姿にミーチャさんを責めているような雰囲気は欠片もない。まるで、あなたは悪くないと行動で示しているようだ。


 「あなたは……違いますね。失礼」


 あいつずぼらだし、マイナス面の方が多い気もするけど……。

 プラス面はとことん良いやつだよな……。


 ミーチャさんを元気付けようと自分から率先して……。


 「ああ、あなたは違いますね。ラファエリはこんなに汗臭くなi 」

 「待てオラ来いっ!!!」


 エルリアの首根っこを掴んで即連行!

 とっさにミーチャさんに頼んで、エルリアの存在も隠してもらう。


 何で俺が感動してるところで、いつもやらかすかなぁ!?

 わざとなのか!?わざとだろ!


 「いや、本当にラファエリは汗臭くないのですよ。だから彼はラファエリではありません。私は間違ってませんよ?」

 「ワードチョイスが間違いでしかない!それにラファエリさんって女性でしょ!?何で男性に声かけてんの!?」

 「啓示を免れる彼女ですよ。何が起きても不思議ではありませんから……」

 「俺はあんたの精神が不思議でならないよ!」


 初対面の赤の他人に汗臭いとか言っちゃう!?

 せめて心の中に留めておきなよ!


 さっきの人ごめんなさい!姿見えないだろうけどごめんなさい!


 そんなコントをミーチャさんはキョトンと見つめていた。

 そして……。


 「……ふふっ、エルリア様らしいですね」

 「そうです。これが私なのです」

 「そんな自分らしさ必要ないから……。でも、よかった」

 「ええ。やっと笑いましたね」

 「ふふふっ……え?あ……」


 自分の笑顔に気付いていなかったのか、今度は顔を赤らめ、恥ずかしそうに微笑んだ。


 エルリアは彼女を見て、満足そうに頷く。


 ……もう、大丈夫かな?


 「ミーチャ、いけますか?」

 「……はい、いけます!」

 「それならよかった……でもまだ顔色が優れないようですし、飲み物でも買ってきてはいかがです?」

 「そ、そうですか?それではお言葉に甘えて……失礼します!」


 穏やかな笑顔でミーチャさんを見送るエルリア。すると、その顔付きが少し真剣なそれへと変わる。


 「楠、今日はミーチャと一緒に行動して頂けませんか?」

 「全然構わないけど……何で?」

 「今の彼女を一人にしたくありませんし……私もその、謝罪文を考えたいので……」

 「謝罪文?よく分かんないけど……分かった」


 精神体の維持にはミーチャさんがいれば大丈夫というを言い残し、そそくさと人混みに紛れてしまった。


 ミーチャさんの能力は続いているし、迷惑をかけることはないと思うけど……。


 「何で謝罪……?」
















◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「中々いらっしゃいませんね~……」

 「そうですね……」


 ミーチャさんと捜索を共にしてから、なんと午後六時を回っている。


 昼食や休憩を除いて、全ての時間を捜索に費やし、啓示の反応場所をくまなく捜し回った。

 しかし、ラファエリさんの手掛かりさえ見つからない。

 

 一つ、分かったことを上げるとすれば……。


 「なんで皆からラファエリさんの反応がするんだ……」

 「微量ではありますが……こんなにも多くの方々が彼女のマナを纏っているなんて一体……」


 夜近くの商店モールの、朝とはまた違ったざわめきを聞きながら、互いに疑問を口にした。


 啓示で反応したラファエリさんの数々、それは町の人々が原因だった。

 彼らがラファエリさんのマナを持っているせいで、あたかも大量のラファエリさんがいるかのように誤作動を起こしたのだ。


 だけど何でラファエリさんのマナが……?

 ミーチャさんの能力を警戒して、布石を打っていたのか?

 だとしたら随分と用意周到なボイコットだ……。

 

 何にせよ、こうも大規模では俺たちの手に負えない。


 「一度エルリアと合流しましょう。時間も時間ですし……」

 「そうですね……すいません、お力になれず……」


 ありゃ、また気落ちしてしまった。


 う~ん、責任感があるのはいいけど、あり過ぎるのも考えものだな……。

 彼女の性格ゆえなのか、それとも他にあるのか。


 彼女と知り合ってまだ一週間も経っていないから、あまり変なこと言うのも不粋かもしれないし、今は……そうだな。


 「仕事中にこんなこと言うのも何ですが……俺はミーチャさんといて楽しかったですよ」

 「楽しい……ですか?」

 「あなたがいなければ外出も出来なかったでしょうし……だから、その、あれです。役に立ってました……よ?」

 「……」


 あれ?この言い方は失礼じゃないか?人に対して役に立つってヒドくない?

 

 うわ、無駄に格好付けて慰めようとかするんじゃなかった!


 「あ、えと、今のはごめんなさい!こんな状況、経験無くてなんと言ったらいいか……!」


 さすがに怒らせたかもしれない。


 しかし、訂正しようと慌て始めた俺にミーチャさんは……微笑んでくれた。


 「今日は神田さんに慰められてばかりですね。天使だから、人間を導く存在であらねばならないのに……」

 「そんな、充分導かれてますよ」

 「私もあなたといて、とても楽しかったですよ?」

 「それは……光栄、です……」

 「はい、光栄です。えへへ……」


 ……やばい、なんだこれ。とんでもなく恥ずかしいのだが。

 今まで女子と一日中二人きりなんてシチュエーション無かったからなぁ。

 ここにきて経験値不足が……!


 「と、とにかく!今度はエルリアを見つけないと。行きましょう、ミーチャさん」

 「そ、そうですね……あれ?」


 妙な恥ずかしさを消し飛ばすため、エルリアを捜しにいこうとベンチから立ち上がる。



 ――その時、違和感が。



 商店モールの来客者の声が突然途絶えた。不自然に会話を切り、無言で、心なしか早足で歩き始めたのだ。


 「今日は随分と店仕舞いが早いですね……」

 「それだけじゃない。皆の動きがいきなり……」


 声が消えた代わりに、商店モールが次々と店仕舞いを始めた。


 店先に展開していた看板を片付け、シャッターを下ろし……。

 それらが一斉に行われ、騒がしい金属音がそこかしこで響き始める。

 そしてまたすぐに……静寂が訪れた。


 「なんだったのでしょうか、今の……」

 「分かりません。でも、様子がおかしいのは確かです」

 「何をしている。早く帰りなさい」

 「「!?」」


 びっくりしたぁ!?

 

 いきなり声をかけてきたのは男性。俺たちが座っていたベンチを片付けた店員さんみたいだ。


 ……いや、それより今……!?


 「俺たちのことが見えてるの!?」

 「そんな、能力はまだ……!」

 「ラファエリ様の言葉に従いなさい。早寝早起き、汚れ無き生活……さあ、帰りなさい」

 「ラファエリ様!?」


 なんで俺たちの捜し人の名前を……それに様付けって。


 「帰りなさい、従いなさい。汚れし者たちよ……」


 この人が普通の精神状態でないのは、誰が見ても明らかだ。

 というか腕を伸ばしてゆっくり迫って来るの、怖すぎるんだけど!?


 「まさかこれは……洗脳の天技(てんぎ)!?神田さん!」

 「おわぁっ!?」


 突然俺の体が浮いた。いや、飛んだ。

 ミーチャさんにはおい締めされる形で空を飛んだのだ。


 先ほどの男性の姿がみるみる小さくなり、眼下には夜の町が広がっていく。

 

 俺は別に高度恐怖症とかじゃないけど、いきなりの空中はさすがに恐い……。あと寒い。あとなんか頭痛い。あと高い。あと……。


 「神田さん!大丈夫ですか?」

 「へ?ああ、何とか……それよりミーチャさん!翼出しちゃって良いんですか?」

 「彼はラファエリさんの洗脳を受けていました。それに恐らく、他の方々も……あの状態ならば見られても問題ありません」

 「洗脳……それってやっぱり、名前の通り……」


 洗脳の天技。

 それは相手の意識を乗っ取り、命令通りに動かせる状態魔法の一種。


 町の人々にラファエリさんのマナが感じられたのは、この洗脳の天技が原因だったのだ。


 ボイコットのためとはいえ、そこまでするか!?


 「人間への危害……これは明らかな規約違反になります……」

 「ミーチャさん、エルリアに伝えましょう!」

 「はい!今位置を……きゃあ!?」

 「うわぁっ!?」


 突然突風が吹き荒れ始めた。

 四方八方からの突風を受け、ミーチャさんはバランスを崩す。まるで殴りつけるような風に呼吸すら難しい。


 もみくちゃにされて、何が何やら分からない!

 だけど、このままじゃ……!


 「ミーチャ、さん!落ちて……ますう!!」

 「くっ……うぅ……!」


 確実に地面が近づいてきている。


 それはミーチャさんも分かっていて、何とかバランスを保とうと必死だ。

 だけど風は姿も見えず、掴むことも出来はしない。


 そしてそのまま、はたき落とされるように――。


 「うっ、ああっ!」

 「ぐあぁっ!」


 地面の上を何度も転がった。


 耳障りな風音から解放されたが、今度は耳鳴りなのか、自分の声すら聞こえない。

 感覚がおかしい。俺は地面で寝てるのか……?


 下はどっちで、上は……気持ち悪い……。


 状況が全く理解出来ず、ピクリとも動けなかった。

 体中が痛い。けれども。


 「生きて……る……?」

 

 信じられない。あの高さから落ちて生きているなんて。

 いや、そもそもそこまで高く無かったのかもしれない。


 聴覚も段々と戻ってきた。

 ここは、近所の河原か?滔々と流れる水の音、虫の声が聞こえる。


 「そうだ、ミーチャさんは……」

 「あらあら……随分と汚れた子羊ですわね」 

 「!?」


 まるで抱きしめるかのような優しい声。だけどその言葉には、小馬鹿にしたような悪意がありありと含まれている。


 首だけをどうにか動かすとそこには、聖母のごとく暖かい微笑が俺を見下ろしていた。

 

 「あんたが……ラファエリか……」

 「初対面の相手にさん付けも無く、敬語もなし……転生候補者と何ら変わらない心の穢れようですわぁ」

 「洗脳したり、空から落とすような奴に……使う敬語なんて、あるか……!」


 ラファエリの笑みに嫌悪感を抱き、これでもかと目一杯睨み付ける。

 今の俺に出来る唯一の抵抗……しかし、彼女の顔が崩れることは無かった。


 「ふふふっ、浄化のし甲斐がありますわね……」


 そう言って、左手に持っていた杖を胸元へと引き寄せる。


 ローブに近い藍色の衣は隙間無く彼女の身体を包み、肌色のそれが見えることはない。

 落ち着いた印象を受ける一方で、ベールから流れ出た新緑色の長髪が容姿に映えている。


 その姿は正に、神に仕える淑女……修道女そのもの。


 あんなことされた後じゃ、俺のイメージにあるお淑やかな修道女として見れないけどね……!


 「なんでいきなり……攻撃なんか……」

 「人間のあなたには理解など出来ませんわ。エルリアと行動していたから、どんな人間かと思ってみれば……」

 「な、何を……!?」


 ラファエリが突然膝を降り、しゃがみ込みと……なんと、俺の頭を彼女の太股の上へと乗せた!


 言葉にするなら、それは膝枕。

 俺を落とした張本人が、自ら膝枕をし始めたのだ。

 

 「いつもなら、穢れた人間にこのようなことはしませんのよ?あなたは幸福ですわね」

 「馬鹿にしてる……動けないからっ……て……?」


 なんだ……?この感覚……。

 体がフワフワして……意識も……。


 なけなしの抵抗を止めた俺に対し、ラファエリは満足げな笑みをさらに深める。


 「夢心地でしょう?私にマナを吸われるのは……♪」

 「マナを……吸う……?」

 「あなたが精神体であることは知っていますわ。天使にマナを供給されなければ存在できないことも……それなら、」



  “そのマナを吸い尽くされれば、どうなるでしょうね?”



 ……うそ。


 まさか俺、殺されかけてるのか?こんな訳も分からないまま、この天使に?

 

 ……おいおい待て待て!本気かこいつ!?


 なんで俺なんだよ!?


 「ちょっと、待って……!」

 「安心なさい、怖いことなど何もない。最後まで見届けて差し上げますわ」

 「ぐ、うぅ……!?」

 「ふふっ、やっぱり……













  転生など、人間にはもったいないですわねぇ……♪」

 

 

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