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転生機関の天使たちは、楽園を知らない社畜です  作者: えりぼたん
第一章.転生機関
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地球課への新入社員

 転生、という言葉をご存知だろうか。

 広く知られている意味として上げられるのは、前世の記憶や性格を維持したまま生まれ変わるという意味。


 そんなことが本当にあり得るのか、そう疑問を持つ人もいるだろう。

 

 しかし、転生は存在する。

 ここで行われていることがその証拠だ。


「……では、異世界での新たな人生が良いものになることを、心よりお祈りしております」


 「あぁ。ありがとな、女神さん!」


 少し薄暗いが、天上には煌びやかな星々がちりばめられ、辺りには霧のような雲がふわふわと漂う。

 そんな幻想的な光景がどこまでも続く空間の中で、一人の青年が淡い光に包まれ始めていた。


 彼は正に転生する直前だ。それも、前世とは異なる世界、異世界に。

 彼の目には期待や興奮といった感情が入り混じり、不安は欠片も感じられない。新しい場所での新しい生が楽しみで仕方ないのだろう。


 そしてもう一人、彼が笑顔を向ける先には、“転生”という常識では考えられない奇跡を起こそうとする存在がある。


 一対の純白の翼を背中に持ち、祈るように自らの指を絡ませ、青年の無事を願っている。

 天使のように穏やかな笑みを浮かべるその存在を見れば、誰もが青年と同じ言葉を口にするだろう。


 “女神”と。


 「俺、絶対世界救ってくるから!その時はご褒美として、その可愛らしい唇、俺に奪わせてくれよ!」

 「っ、もうっ!そんな恥ずかしいこと、言わないで下さい!」

 「ははっ、怒った顔も可愛いなぁ。顔、赤くなってるぜ」

 「~~っ!世界を救えたら……ですよ?」

 「よっしゃ!待っててくれよ、女神さん!」


 青年を照らす光がいよいよ強くなる。

 赤面している女神に手を振ったのを最後に光は収まり、彼の姿は跡形もなく消えた。


 「……ふぅ……」


 幻想的な空間に一人残された女神は、肩の力を抜いて腕をだらんと垂らし、一息つく。彼女を囲んでいた優しい光もいつの間にか消えている。


 「…………」


 そして、完璧なまでに整った顔を上げ、今度は大きく息を吸い込み……。














    「やってられるかーーーーー!!!!!」











 心の底から雄叫びを上げた。


 「もう、毎度毎度叫ばないで下さい。お気持ちは分かりますが……」

 「はい、光源撤収-!煙ももう大丈夫ー」

 「はーい……」


 神聖な雰囲気が一気に消え去り、天上の星々も次々と輝きを失っていく。

 それに代わるように、どこからともなく数人の天使が現れ、てきぱきと後片付けを開始し始めた。


 一人の小さな天使が、息を切らしている女神へと近づいていく。


 「お疲れ様でした、エルリア様。仕事を終えたからって、叫ぶのはどうかと思いますよ?」

 「今回は!今回だけは我慢の限界だったのですよ、ミーチャ!」

 「最近は毎回そうおっしゃってるではないですか……」


 ミーチャと呼ばれた天使は、小学生と思われても不思議ではない身長に、小さく可愛らしい顔立ち。

 そんな少女に、先程まで女神と呼ばれていた存在が涙目で訴えかける様子は、中々にシュールだった。

 

 落ち着きを持って話すミーチャとは対照的に、エルリアは感情を隠すことなく、それを身振り手振りで表現する。


 「敬語も使わない!様付けもしない!要求が多い!いくら何でも失礼ですよ!」

 「はぁ……」

 「最後の発言聞きました!?完全にセクハラでしょうああぁぁーー!鳥肌が!鳥肌が!!」

 「そうですか?甘い少女漫画さながらの光景でしたが……」


 エルリアのマシンガントークは止まらない。

 鳥肌が出てきた両腕を何度もさすりながら、思いつく限りの不満を爆発させる。


 「俺にその可愛らしい唇を……」

 「うわあああぁぁぁーー!!?ザ、ザルドキエ!冗談になりませんよ!?」

 

 突然エルリアの耳元で彼女のトラウマをリピートしたのは、女性の天使であるザルドキエ。

 すみれ色の長髪をストレートに伸ばし、右目はそれに隠れているが、露出している左目から子供のようないたずら心が伺える。


 「いや~毎度毎度バラエティー豊富なリアクションが面白くて、つい」

 「あなたもこの仕事やってみますか!?」

 「遠慮しとく。この仕事に相応しいのは神様である、“女神エルリアさま”だけだしね」

 「こんなときだけ女神扱いですか……」

 「ちょっと~。ザルドキエも部長もバカやってないで、片付け手伝うっすよ~」


 三人が話し込む中、一人黙々と働いていたのはジョイフィル。

 黒髪を短く整えた彼女は正にスポーツ系女子といった感じで、空間の後片付けに勤しんでいた。

 天上の星々を回収し、煙を出していたスモーク缶を一つずつ拾い上げる。

 彼女は嫌な顔もせず、むしろ楽しそうだ。


 彼女の発言に、ミーチャは軽くうなずく。


 「そうですね。今日はこれで上がりですし、あと少し頑張りましょう」

 「すでに残業ですけどね……。そういえば、カルエルはどこです?」

 「彼女には私がお願いして、本部長に報告書を出しに行ってもらってます。提出が終わり次第、そのまま帰宅するそうです」

 「そうですか。私も早く終わらせて帰るとしましょう……」

 「明日も早いですしね」

 「言わないで下さい。未来のことなんて考えたくもない……」

 

 背骨を曲げてだらだらと片付けを開始するエルリア。

 そんな彼女にザルドキエは、本当に女神なのか?という怪訝な視線を向けるも、作業へと戻る。


 そんなこんなで、彼女たち天使の業務の一日が終わった。






 ここは転生機関。


 一人の神の元、多くの天使が勤めるこの機関の活動目的は名前の通り、人々を転生させること。

 転生機関はいくつかの部署に分かれており、それぞれが与えられた業務をこなして、天使たちは神々から報酬(給料)を得る。

 

 その中でも転生を行うのが、エルリアが部長を勤める転生執行部だ。


 しかし、この部はある問題を抱えていた。


 それは、転生させる度に悪化する転生者の態度。

 敬語を使わなくなり、尊敬の念など微塵もない。終いには転生に対して特定のハンデを与えるよう要求してくる始末。

 機関側は、それらに加えて追加の仕事をよこす(給料はそのまま)。


 清らかだった天使たちの心も、ブラック企業並みに真っ黒に染まり、淀んだ。

 人間への評価もだだ下がりだった。


 神だろうと天使だろうと、働く義務からは逃げられない。

 それが現代社会であり、現代天界なのだ。


 そんなことを考えながら、エルリアは一刻も早く帰るために作業をこなす。


 翌日から、新たなとんでもなく重い仕事が追加されるとも知らずに……。











   ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 「おはようございま~す……」

 「おはようございます、エルリア様」

 

 翌日、眠そうに目を擦りながらエルリアが出勤した。

 その様子に反して身だしなみはしっかりと整っており、腰まで伸びた亜麻色の髪に一切の乱れもない。


 ミーチャたち部下と挨拶を交わしながら、デスクへと向かう。

 昨日の作業の途中なのか、机上にはペンやらひっくり返ったキーボードが散乱している。

 ……何をどうすればキーボードが裏返しになるのだろうか。


 「おはよ~エルちゃん。重役出勤だね~」


 今度はエルリアの席に最も近いデスクにいたカルエルが、彼女に声をかけた。

 どこか気の抜けた口調。それに比例するように彼女の薄金色の髪がふわふわと動く。


 言葉だけ見れば皮肉にも思える発言だが、彼女に悪気は一切ない。ただ思ったことと知っている言葉を口にしただけである。


 もちろん、彼女と同期であるエルリアにも、悪気がないことは分かっている。


 普段は多忙を極める地球課も、珍しく和やかな空気が流れていた。


 「まあ、私はその名の通り重役ですし?女神ですし?ノープログレムというやつですよ」

 「ほぅ、この機関は重役は遅れてもいいのか。それは初めて知った」

 「そりゃ私が今作ったルール……で……」


 和やかな空気が一瞬にして砕け散った。

 エルリアの顔は真っ青になり、他の天使たちも動きを止める。


 「わ~、今空間に、ピシッとヒビが入ったよ~」


 カルエルは通常営業だが。


 「ヴァ、ヴァルキリー本部長!?おおお、お疲れ様です!」

 

 執行部の扉の前に立っていたのは、全ての部のまとめ役、本部長であるヴァルキリー。

 突然の来訪に天使たちは慌てながらも彼女の前に行き頭を下げる。


 ちなみにカルエルはやっと席を立ったところだ。


 「あああのですね本部長、先程の発言は軽い冗談というか。そもそも私は出勤時間内にちゃんと来た訳でして、給料を上げて頂けると大変嬉しかったりするのですが!」

 「何ちゃっかり給料アップを願い出てんだこの女神!」


 中でもエルリアの慌てようは尋常ではない。汗を滝のように流しながら必死に弁解する。


 しかしヴァルキリーはニコニコと表情を崩さない。

 仮面でも貼り付けているのか、と疑いたくなる笑顔は、逆に執行部の天使たちに恐怖を感じさせた。


 一方、カルエルは向かう途中で足をもつらせ転倒していた。


 「と、所で本部長。なぜこちらへ?御用があればあなたのご足労をお掛けせずとも、私たちが向かいましたのに……」

 「あぁ、お前たちに伝えねばならんことがあってな……」

 「……何でしょうか?」


 エルリアはヴァルキリーに尋ねながらも薄々勘づいていた。間違いなく、厄介事(仕事)の類である、と。

 出来ることなら聞きたくない。しかし聞かなければ話が進まない。

 話が進まない=仕事が終わらないとなれば、エルリアに聞く以外の選択肢はなかった。

 

 「……入ってきなさい」

 

 気を沈めるルリアを尻目に、ヴァルキリーは扉の方へ向けて手招きをした。


 「わあ、ホントに天使ばかりだ……」

 「……人間の、男?」


 扉の奥から顔を覗かせたのは、若い男性。

 中性的な顔立ちが、彼が大人への成長途中であることをうかがわせている。

 天使たちは彼を凝視、彼は天使たちと、執行部のオフィスをキョロキョロと見渡す。


 「……?」

 「あの、本部長。なぜ人間の男性がここに……」


 エルリアはその男の顔をじっと見つめる。


 地球課を代表してミーチャが尋ねるも、天使たちのほとんどは薄々感づいていた。


 良い話ではない、と。


 「今日からこの部署で働いてもらうことになった人間だ。しっかりと教育するように」

 「か、神田楠(かんだくすのき)です。よろしくお願いします!」

 「わ~。人間の男の子と働けるなんて楽しみ~」


 他の天使が絶句する中、喜んでいるのはカルエルだけ。


 執行部は今日からまた新しい環境になる。

 恐らく、マイナス方面の環境に。


 エルリアは、乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。


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