1.同一性とは何か
さんざん議論され尽くされた事柄だとは思うが、パソコンの補助記憶装置をそっくり入れかえたとき、それはどれくらい元のパソコンと同一なのだろうか。というかそもそもパソコンにおける同一性とは何だろうか。
とりあえず、わかりやすく人間に置き換えてみる。
例えば記憶喪失モノってよく見かけるじゃないか。ここでそう滅多に人の記憶はなくならないモンだとか突っ込むのはおそらく無粋で、人間どもは昔から記憶喪失モノとか自己同一性の破れるシチュが好み、そういう認識でよいと思う。僕が好みだから。
こういうので、記憶を喪失したヒロインは喪失前のヒロインと同じ存在か否かYesオアNo、と問われると、僕の答えはYesだ。大体の場合ヒロインの記憶喪失なんてのもタカが知れていて、ちょっとしたことで思い出とか癖とかが出てきて「あー安心した、こいつは記憶を失っても□□ちゃんのままだ。」とか言わしめるだろうからだ。なんだそれ。
僕が言いたいのはそんな生易しいものではない。記憶は全くないのだ。物語の終わりまでそれはブレない。HDDをSSDに取り替えるとはそれくらい大きな事だ。
てことで、記憶が全く消えてしまった人間が元の彼女(ヒロインなので女性だ)と同一性を保持しているか、という判断の基準は彼のもともとの『人格』とか『性格』であろう。そして、同一性云々の判断は彼女自身ではなく、彼女に接する他人たちにゆだねられている(彼女自身が判断したら間違いなくNoだろうからだ)。ということは、彼女が今までと同じように他人と接したならば彼女は彼女のままである、と言えるだろう。
だが、正直僕にはよくわからない。ので、脳内シミュレーションをする。
以降、記憶喪失したヒロインをタヌキと呼称し、かつてタヌキに淡い恋心を抱いていた大手財閥企業の一人息子をメガネと呼称する。
メガネ「俺、おれだよ俺。わかるか?(手首のロレックスがシャンデリアの明かりを反射し七色に輝く) 覚えているのか?」
タヌキ「ごめんなさい。あなたがだれなのかさっぱりわからないの。でもーーあなた、きれいな瞳をしているわね。」
メガネ「え……(顔を赤くする)。まさか、お前――(アルマーニのTシャツが超高層マンションの屋上を吹き抜ける風にはためく)」
タヌキ「いえ――なんでも、ないわ(その場を立ち去る)。」
どうだろうか。正直、まだよくわからない。そこで、タヌキのご両親に登場願おう。これ以降、父親をモグラ、母親をミミズと呼称する。
モグラ「タヌキ。俺のことがわかるか。」
タヌキ「ごめんなさい。確かに私はお医者様からあなたが私のお父さんであると聞いたような気がしないでもないけれど、物的証拠を提示されない限りあなたのことは信用できないの。」
ミミズ「何てこと。」
カラス「カアーカアー」
モグラ「そうか……。では、戸籍謄本を見せれば俺のことを信じてくれるんだな。よし。では今から市役所に行って――」
ミミズ「あなた。今日は祝日じゃないの。市役所はおやすみよ。」
モグラ「あっそういえばそうだったか。」
タヌキ「その、証拠を出せないのであれば、あなた方のことを警察に通報することも考えているのだけど……。出せないの?」
カラス「カアー」
メガネ「あの、お父様、お母様。わたくしでよろしければお手伝い申し上げますが(メガネのフレームだけで100万円はする)。」
モグラ「お、お前は金にものを言わせてわが愛娘の貞操を狙っていると噂のメガネ! なぜここにいる!?」
ネズミ「テュー」
メガネ「落ち着いてくださいよお父様。私にはちょっと市役所のほうとコネクションがありまして(メガネのレンズは片方50万円する)、」
モグラ「コネクションだと!? たわけたことを言うな馬鹿野郎、そんな不正を許してなるものか! お前は金持ってるからって偉そうな態度しやがって――」
タヌキ「や、やめてよお父さん!」
モグラ「お父――?」
ミミズ「さん――!?」
カラス「コネクションの正しい発音はカナクチョン――」
タヌキ「……」
ネズミ「テュー」
ドッグ「ワンワンワン」
ネッコ「ニャー」
メガネ「オオーン(家に自家用車が24台ある)」
カエル「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ」
ここでは生憎タヌキの記憶が蘇ってしまったのでよくわからないことになっているが、仮にタヌキの記憶が戻らなかった場合のことを考えれば、人の同一性は彼自身の記憶により担保されているといえそうだ。
もちろんこれは個人なるものがその記憶から成り立っているということを意味しない。個人とは何かという命題については、一説によれば様々な議論が存在しているといわれているらしいという意味のことがどこかで読んだ本に書いてあったとされている。ややこしいのでここでは触れない。
次回はここで得られた言説をパソコンについて敷衍しようと思う。
真面目な文章を書くのは疲れる