第五話:雲鎖と雨寧
キャラ紹介
ヨルムンガンドは外から見る限りでは異様でアンバランスだったが中から見ると案外気にならない、住めば都というやつか。
まだ来て5日だがもうここが好きになっている。
僕は今<満月と銀の匙亭>という大衆料理店兼酒場に住んでいる。
営業しているのは、グロック夫妻。デニス・グロックさんとソフィア・グロックさん。
ソフィアさんはアルバートさんの妹さんらしく同じ赤毛とグレーの瞳を持っている。そして性格も同じように明るくサバサバしていて、いきなり転がり込んで来た下宿人の僕をあっさり受け入れた。家賃はお金があるときに払えばいいよとかなり寛容だ。ただし夜は酒場の手伝いをするのが条件だ。
デニスさんは活発なご夫人とは反対に物静かな人だ、黒髪をオールバックにしていつもはシャツにベストをピシッと着こなしなんだか威厳が漂う。実際上流階層の出身らしい。最初は近寄りがたく思えたけど夜酒場が盛り上がってくると声を震わせノリノリで熱唱してくれる以外とお茶目な人だった。
元は宿屋もやっていたようで二階はたくさんの部屋がある。そこに住むのは僕だけではなくアルバートさん、アリスターさん、ルナシアちゃん他に二人いるらしいけど僕はまだ会ってない。
ちなみにルナシアちゃんはここの看板娘らしく昼間はフリルの可愛いエプロンをつけ一階で注文を取っている。
とは言っても僕はまだその姿を見れてない。店が開くのは昼からで僕は朝から中原風の下宿<桂花楼>でバイト……というかアルバートさんと闘った時に破壊した家具代を稼が無ければいけないからだ。(アルバートさんは半額持つと言ってくれたが流石に悪いので断った)
<満月と銀の匙亭>と<桂花楼>は同じ二層に位置しているけど結構離れていて本来なら歩いて一時間ぐらいかかるのだけど幸いここは大都会だけあって公共交通機関が普及されてある。路面列車という田舎者には仕組みすらわからない交通道具が一層除いての各層に環状に走っているらしい。
ちなみに路費は使わないからとアルバートさんが定期券を貸してくれた、優しすぎて涙が出る。詐欺だなんて疑ってすみませんでした。
桂花楼での仕事は基本雑用で1日目は床掃除と買い出し2日目は部屋掃除と鍋磨きだった。今日は裏庭で洗濯物だ。シーツやテーブルクロスなど丈夫で大きい物はここの男性従業員 石頭君が手動洗濯機で洗ってくれるが、破けやすい服などは手洗いだ。そう言って今日従業員の女の子が桶いっぱいに服を持ってきた。この宿屋のオーナー 翼駿さんはアルバートさんとの戦闘で鉄扇持って参戦した黒服の男の人らしいけど、あれ以来会ってなく、基本的に僕に仕事を言いつけるのは、従業員の女の子二人。
「ランマオ、手を休ませるんじゃないネ働くネ」その一人は今机の上でパチパチ算盤を弾きながら僕の仕事を監視している。雨寧ちゃん、あの日カウンターに座っていたお団子髪の女の子だ。あの時は話が通じないかと思ったけど本当は僕が焦ってまくし立てたので聞き取りづらかったのだそうだ。ゆっくり喋ると片言で会話してくれる。ちなみにランマオというのは彼女が僕につけてくれたあだ名で青髪という意味だそうだ。最初は巻毛とも呼ばれたがそれはお断りした。僕の髪は確かに癖毛だけど巻き毛程にはいってない!……はずだ。
「ごめんごめん、いやこれ僕が洗っていいのかなって迷って……」
「なんでネ?」
手の中にあるのは生成色のスカート、ひとえのシャツ、紐ボタンのついた襟なしの上着、確かにこの宿の制服だ。
「いや、よく知らない男性に服洗われるのは平気かい?」
「?別に平気ネ?」
そうなのか……うちの妹は結構気にしてたんだけど……というか私物に触っただけでキレる
もしかしてまだ幼すぎるからか?妹の場合は14ぐらいから僕をハエかヒキガエルかというぐらい鬱陶しがり始めたのだけど
ユーニンちゃんたちはどうだろう、華奢で分かりにくいが12-14ぐらいだと思うけど
「ランマオお前そんな事を言って怠けるつもりか?寧は引っかからないネ」
むうと顔しかめ睨みつけられる。
「いや、そんな事ないよ、君たちが気にしないならいいんだよ」
慌てて作業に戻る。しかし程なくしてまた止まった。
「あの……これとかも洗っていいの?」
「?だからいいって言ってるネ」
明らかに肌着の類が混じってるのだが……
「いい加減にしないと給料引くゾ」ついに脅しをかけられた。まぁ文化の違いってやつかもしれない、心を無にしどんどん洗っていった。
全部洗ったあとは脱水機で絞り最後に風魔法を使いながらぐるぐる回しながら乾かす。その時には太陽はすっかり頭上に登っていた。
「お疲れ〜ランマオ君はこれ終わったら帰っていいヨ」もう一人の女の子の従業員 雲鎖ちゃん(あの日僕をアルバードさんの元に案内してくれた子)がお下げ髪を揺らし裏口から顔をのぞかせた。しかしひまわりのような笑顔は脱水機で回されている服を見て一瞬で凍りついた。
「ランマオさん……ひ、ひょっとしてワタシの下着も……」
あ、やっぱりダメなやつだった。どうしようか。とは言っても言い訳できる状況ではない。僕は正直に頷く。
「あ、あああううう……」
彼女の小さな顔みるみる真っ赤に染まる。ドア枠にかけられた指に力がこもり僕はミシミシという嫌な音を聞いた。これはもしやヤバイのでは……
「ご、ごめんね……い、いや一応確認はとったんだけど」卑怯にも僕はターゲットをそらす。
グリンと音たてユンソちゃんは悪鬼のような目をユーニンちゃんに向けた。
「雨寧……アナタ……あんなに下着は別にしてってワタシ言ったヨ?!」
「だってえ……」
あまりの剣幕に恐れたのかユーニンちゃんはジリジリ後ずさりし始める。
しかし風の速さでユンソちゃんに捕まり中に引きずられていった。中原語でわあわあ騒いでるのが聞こえる。
どうしようか……しばらく僕はその場に固まっていたが、いつまでたっても二人とも帰ってこないので、とりあえず乾かすだけかわかし、肌着を除いての服をたたみ帰ることにした。触らぬ神に祟りなしだ。
しかし見た目で言えばユーニンちゃんの方が背が高く目つきも凛としていて大人っぽいようだったけど、丸顔で目のくりくりした幼そうなユンソちゃんの方が早熟しているみたいだ。……あるいはユーニンちゃんが特例で無頓着なのか……
そんな事を思いながら駅へ向かうとなんだか見覚えのある人物がいた。ヤマト風の服装、腰に刺されたカタナ、長い黒髪。男は4日前見た姿そのままだった。相変わらずふらふらしている。また二日酔いなのだろうか、そう見つめているとふいに男の姿が水面に映った影のように歪む。
「へっ?」思わず目をこすりもう一度見る。間違いなく男の姿はどんどん薄くなりやがて消えていった。
「………………」
もしかして僕は人生初の心霊現象を体験したのだろうか。
ヒガシ風からヤマト風に変えました。
ちなみに中原風=中華風
ヤマト風=和風
という意味です