199.洞窟
着替えが終わったリンダを尋問する。
「ゴッテスフルスはなんでヴァッサーを占領しなかったの?」
リンダはゴッテスフルス帝国に出向していたビルネンベルク王国の騎士だった。
ビルネンベルクの宰相はゴッテスフルス帝国の内情を探る目的で何回かに分けて、鉱山技術や鉄の加工技術を学ぶために、騎士を含めて人間を派遣している。
リンダはその中の一人だったが、ゴッテスフルス帝国に寝返り、二重スパイとして動いていたそうだ。
そんな中、ゴッテスフルスのビルネンベルク侵略軍に参加し、ヴァッサー攻略後の情報をゴッテスフルスへ提供するためのスパイとして自警団を元に抵抗組織を立ち上げたということだった。
「ヴァッサー以南は、バルド将軍を警戒していたけど、バルド将軍が消えてヴォルフたちの新興勢力がラインを侵略してしたから南ビルネンベルクの戦力を警戒しなくてもいいと思ったんだけど……」
残念ながら、僕たちはその南ビルネンベルクの支援を受けることになっている。
「こんなに強いなんて聞いてなかった」
リンダはなぜかちょっと顔を赤らめている。
「そこは僕の力じゃないんだけど」
婚約者フラグが立ちそうなので、一旦へし折りたかったが、あまり関係なかったようでリンダの顔は赤いままだった。
「ゴッテスフルス帝国の機械化兵団もすごかったけど、ヴォルフの軍隊は正統派って感じがする」
この世界の正統派は魔法使いや騎士なんだろうけど、僕たちのどこが正統派なのか理解に苦しむ。
「カルラはゴッテスフルスの追撃を潰して逃げ切ったんだろ。しかも、重症だったカルラを救ったのはヴォルフだっていうじゃんか。あたし、もう感動してさ!」
着替えている間にそんな話までしたのか。
「もうヴォルフの味方に、いや、身も心も捧げようと思ってさ!」
「ふふふ。これはリンダも婚約者にいれなくてはなりませんね」
カルラが嬉しそうに笑う。
待て待て。
リンダはビルネンベルクを裏切っているわけだからね? 僕の味方に着いたと言ってもまたいつ裏切るかわからないんだよ?
「ヴォルフの心配もわかるが、それはないと思うぞ」
レトが僕の肩を叩く。
「リンダはヴォルフに逆らった瞬間、あの薬品の痛みが復活する呪いがかかっているからな」
「なに、その非人道的な呪い」
呪いに人道的なものがあるわけないんだけど、あまりの酷さにツッコミをいれてしまう。
「流石にそれは解いてあげてよ。僕のことを自主的に好きになってくれるのなら止めはしないけど、それって強制じゃん」
「心配ないよ。あたしはヴォルフのこと好きだし、もう裏切ることはないから!」
そこで言い切ってしまうのがリンダの浅はかなところではないのだろうか。短期的にものごとを考えるから、こんな目にあったのでは?
「ほら、本人もそう言ってるし」
「わかった。リンダのことは信用するよ。じゃあ、早速だけど、僕たちが制圧した抵抗組織の人たちに事情説明をお願いできるかな? 食糧は今はないけど、もう何日かしたら充分な量が届くからそれまでは配給制で我慢してって」
「わかったよ。あたし、命を懸けて説得するよ」
別に命をかけるまでもないんだけど、本人のやる気に水を差すこともないだろう。
◆ ◆ ◆
僕たちはゴッテスフルス軍の情報を得たことで、次の作戦を考えていた。
リンダの説得は成功し、抵抗組織を始め、ヴァッサーの人たちもかなり協力的になった。
冬を越すための物資も明日には届く予定で、倉庫が空になる前になんとかなりそうだし。
「次はゴッテスフルスの領地、シキメタを占領しようと思う」
今までの情報を総合しても、宰相派とゴッテスフルスが敵対しているのか、協力関係にあるのか判断つかなかった。
もし、協力関係にあるのなら、ゴッテスフルス軍の補給経路は二つになり、経戦能力に劣る僕たちに勝ち目はない。
だから、補給経路のひとつを押さえて、ゴッテスフルス軍の出方を見ようと考えたのだ。
逆に敵対しているのなら、話は簡単でゴッテスフルス軍は補給がない状態で僕たちと宰相派の挟撃に会うことになる。
そうなれば、いくらオーバーテクノロジーを持っていると言っても勝ち目はないだろう。
「シキメタには、ゴッテスフルスの防衛軍がいると予想されるから、一度戦闘したことのあるカルラとドーラを中心に、ユキノとハクを連れていくね」
「アテを?」
「相手は、ホバーを機械的に実現した兵器を使ってくるからね。熱の変動に弱いはずなんだ」
僕の説明に、この場にいる全員がハテナ顔をしている。
「機械の上の方にある空気を下に送り込んで上向きの推進力を得ているんだ。つまり、その吸い込む空気を冷やしたり、熱くしたりすれは金属疲労が早く起きてすぐに飛べなくなるというわけ」
なるべく分かりやすいように話したつもりだが、まだハテナ顔だった。
「アテの吹雪を食らったら、人間様の方が先にくたばると思いますけど」
ガーン。
そりゃそうだ。話を聞く限り人間を守るものが設置されているということは聞いていないから、環境が厳しいなれば人間の方が先にまいるのは当たり前だった。
「もう、抜けてますね」
「ヴォルフは凄いが、時々、誰でも気がつくようなことをわからないときがあるな」
カルラの呆れた台詞に、ドーラも同意する。
僕の常識は未だに前世に引きずられている気がする。
ゴッテスフルスの機械を開発した人もそうなんだろうなあと思う。
ユキノのような妖精が使う魔法を考慮に入れ忘れて設計してしまうのだから。
もしかしたら、僕のように「異世界転生」したわけではなく「異世界転移」した人なのかもしれない。
「コホン。いずれにしろ、ユキノやハクが居れば、僕たちは相手の機械兵器に対して有利に戦いを進められる。でも、油断は禁物だからね。危ないと思ったら、まずは自分が逃げることを優先で考えて」
僕が真面目な雰囲気で話したので、みんな神妙に頷いた。
「シキメタ攻略は、僕、カルラ、ドーラ、ユキノ、ハク、レト、リンダの七人で行う。あとのみんなはヴァッサーの防衛をお願い」
「はい!」
クロが元気よく返事をするのと同時に他のみんなも深く頷いた。
「早速で悪いけど、レトは鉄猪を二台用意して補給物資の積み込みをお願い」
「誰か一人借りてもいいかい?」
「それなら私が手伝います。持ってきた物資は把握済みですから手早く準備を終えられます」
ラインから物資を運び終わったソニアが手をあげた。
「ソニア、頼むね」
因みに僕はソニアよりも力が弱いので、悲しいことに物資の運搬では逆に足手まといになる。
「準備が終わったら、ヴァッサーの門の前に集合ね」
僕はそれだけ告げると、部屋をあとにする。ヴァッサーやラインの防衛はウルドやライラがいれば、万が一のことがあってもなんとかなると思う。
ここのところ、戦いばかりで町の様子を見ていなかったので、みんなが準備しているところ、ちょっと気が引けるけど、ヴァッサーの町を散策しようと思っていた。
抵抗組織の殲滅作戦を立てているとき、気になったところがあった。
ヴァッサーは切り立った崖の上に出来た町だが、その崖の下は空洞になっているらしく、町の至るところから崖の中に出来ている洞窟へ降りられるのだ。
洞窟の中には魔物が住んでいるわけではないが、町の人は洞窟を有効利用してはいないらしい。
洞窟と言えば、ダンジョンである。
僕もこの世界に来てダンジョンを見たことがなかったけど、ここなら何かありそうな気がするんだ。
いや、何もなくてもかまわない。まずは雰囲気だけでも味わいたい。
「あれ、ヴォルフ?」
声のした方を見ると、そこにはスーが立っていた。
片手には何かのお肉の串焼きが握られている。
「スーは今着いたばかり?」
スーは確かサリーと行動を共にしていたはずだ。統治がうまくいけば、あとで合流する手はずになっていた。
「そう。ちょっと、ズルしてみんなより先についたんで、買い食いしてたところ。ヴォルフは?」
確かにちょっと早すぎる。
僕は船出来たので、陸路よりは早かったはずだが、何かしら新兵器でも開発されたか、僕の知らないアーティファクトでも使ったんだろう。
「僕は次の作戦開始までダンジョンへ潜ってみようかと」
「ダンジョン! それは面白そうだねえ」
「一緒に潜ってみる?」
「大丈夫かなあ? ヴォルフも私も最弱の部類だし、あっさり死んじゃわないかな?」
「ふふふ。そこは秘密兵器となった僕に任せてよ」
僕は腰に手をあて自慢げに反り返った。
「え? ついにチート能力に目覚めたの?」
「そう。詳細はここでは言えないけど」
回りには誰もいないけど、念のため言葉にするのはやめておいた。
「ふーむ。ちょっと行ってみますか」
「では、出発!」
こうして、僕とスーはヴァッサーの地下にあるダンジョンへ潜ることになった。
とは言っても小一時間しかないし、危ないと感じたらすぐに戻るつもりだけどね。




