198.姫式
抵抗組織には複数の拠点があるらしく、乗り込むに当たって、僕たちはアジトの同時襲撃を計画した。
こちらには幸い氷の魔法使いミーがいるので、場の支配という面において、ひとりの魔法使いでひとつの場所を制圧できる強さがある。
ハクは炎の魔法以外に木を操る魔法を使えるらしく、こちらもアジトのひとつを単独で制圧できるということだった。
それぞれバックアップとしてナターシャとライラについてもらうことにした。ナターシャもライラもひとりを守りながら退却する能力はある。
「そして、私たちは本部があるこのアジトを叩き潰せば言い訳ですね!」
色んな魔法を覚えたカルラが腕捲りして張り切っている。
「張り切っているところ悪いんだけど、今回はレトを中心として戦うつもりなんだ」
「御姉様が?」
カルラは意外だという感想のようだ。
「戦いは嫌いではなかったですか?」
「うーん。好きか嫌いかで言えば今も嫌いだよ。でも、ヴォルフに頼まれちゃったからね。僕も頑張らないと」
「御姉様もヴォルフのことが好きなんですね?」
「うん。そうだよ」
隣でそういう話をされると実にこそばゆい。
恥ずかしがる必要はないのだろうけど、恥ずかしい。
恥ずかしいというよりも、そういう意思表示を受けとることに慣れていないので、どう反応したらいいかわからないのだ。
「それならば応援いたしましょう。御姉様がヴォルフに良いところを見せられるように支援します」
カルラは広い場所での戦いは得意だが、狭いところではその能力を発揮するだけの経験がない。
対してレトはカルラとクララが作ったタレットにヒントを得た屋内戦用のアーティファクトを発明したらしく、今回のアジト制圧に自信を見せていた。
「ところでアーティファクトってどんな奴なの?」
「魔力の少ない僕でも効果的に運用出来る爆弾と言えばいいのかな? まあ、タレットが移動式の砲台だとしたら、僕のアーティファクトは移動式の爆弾だね」
なにそれ、怖いんだけど。
タレットの自動運用もそうだけど、味方に当たらないように運用しなければ……。
「ふふふ。ヴォルフの考えていることはわかるよ。でも、爆弾と言っても殺傷能力はそんなにないんだ。精々おでこを叩かれるぐらいだね」
「そんな、低威力の爆弾を何に使うんですか?」
カルラの疑問ももっともだった。
今回、相手する抵抗組織はヴァッサーの人たちと言っても、僕たちを殺しに来るスパイも混じっている可能性がある。
手加減していたらやられるのは僕たちだ。
「そこはちゃんと考えてあるよ。でもね、僕は一応この国の王族だからね。ヴァッサーの人たちを可能な限り傷つけたくないんだ」
レトはビルネンベルク王国の王族としては優しすぎたのかもしれないな。
この性格では王位継承権を争うことなどできないだろう。
「じゃあ、そろそろ時間だし、はじめようか!」
レトは腰に下げた革袋から丸い木の実のようなものを取り出した。あれが爆弾なのだろう。
「御姉様、正面扉と二階に人の気配があります」
「了解」
カルラの報告を聞いたレトは軽く投げるようにして爆弾を正面の扉と二階の窓に投げた。
爆弾は自動的に浮遊すると、扉の中に入り込む。
「あれ?」
戸に当たって跳ね返るかと思ったが、爆弾はそれをすり抜けて部屋の中に入ってしまった。
「今、扉をすり抜けなかった?」
「そうだよ。これぞ、僕が開発した座標転送型の爆弾さ」
レトは瞬間移動を出来る魔法使いだけど、これは反則級のチートだ。
ずるいどころの騒ぎではない。
僕が驚く間もなく、建物から高い爆発音が聞こえる。そのあと、一瞬遅れて悲鳴みたいなものが聞こえてきた。
殺傷能力がないといっていた気がするが、建物から聞こえてくる悲鳴は鬼気迫っている。
「レト、爆弾に何入れたの?」
「あはは。大したことないよ。ちょっと、肌が痛くなる薬品を入れただけさ」
それって塩酸とか硫酸じゃないよね?
「なんにしろ、敵はまともに戦えない状態になったよ。これなら僕やヴォルフでも倒せると思う」
中で何が起こっているかは自分の目で確かめればいいだろう。
「では、突入します!」
カルラのタレットが一階の扉を破壊する。
中ではもがき苦しむ人たちが鎧や服を脱ごうと暴れていた。
カルラはそれを見ても冷静にタレットをぶつけて気絶させていく。
中に入っても異臭がするわけでもないし、僕たちの肌が痛くなるわけでもない。
あの爆弾でいったい何がばらまかれたのであろうか。
スーのチート能力と同じように、相手を広範囲に無力化するという意味ではかなり悪質な部類ではないだろうか。
「これって、どのくらい効果があるの?」
「大体、三日ぐらいかな? その間、毎日水浴びをすればだけど」
この寒い冬に水浴びなど鬼の所業だ。
やはり、レトもビルネンベルクの王女だった。
「さてと、親玉はどこにいるかなあ?」
レトとカルラは迅速に建物の二階に上がっていく。
事前の予想では抵抗組織の中心人物は八人。その中でも僕たちに敵対する行動をしているのが、二階にいるであろうリンダだった。
リンダ自身は魔法使いというより、隠密を得意とするハフステファイア領の騎士のようだ。
ハフステファイアは宰相派になる領地で、王都に近い位置にあることから、ハフステファイア領の騎士のほとんどは王都の防衛に当たっていると思われる。
アイリのドライファッハ領とは犬猿の中で、源流は同じでも争いや代理戦争が絶えないようだ。
「親玉発見!」
レトの指差す先を見ると、素っ裸で身体中をテーブルクロスで吹きまくっているリンダがいた。
リンダは南方の血を引いているらしく、褐色の肌にちょっとスレンダーなスタイルだった。
赤い髪が褐色の肌と鮮やかなコントラストを描いている。
「うわ! 敵? これってあんたらの仕業か!!」
ちょっと、いや、凄い怒っている。
しかし、すぐに体を拭く作業に戻る。
「くっそー」
男の僕に肌をさらしながらも、体を拭く作業をしなければならないなんて、なんて凶悪な薬品なんだろう。
「リンダだよね? その痛みを取りたかったら、これから質問に正直に答えてね?」
リンダは激しくうなずいた。
「ヴァッサーの抵抗組織を操っていたのはリンダだけ?」
「他に、五人。名前はそこの紙に書いてある」
カルラが指差された紙を手に取ると、レトに向かって頷く。
どうやら、事前に調べていたことと合致したらしい。
「では、次の質問。リンダはゴッテスフルス帝国と繋がっている?」
リンダは急に口を閉じた。
何かを考えているようだ。
しかし、じっとしていると痛みがひどくなっていくのか、冷や汗が出ている。
そして、ついに我慢できなくなったのか、「繋がっている。繋がっているよー!」と叫び、体をかきむしり始めた。
「レト、もういいよ。楽にしてあげて」
僕の言葉にリンダは青ざめる。
「痛みを取るってそういうことかよ……」
何を勘違いしているのか、わからないけど、レトは腰に下げた水筒を取り外すと、中身をリンダに振りかけた。
「なに、これ」
「中和剤です。それを身体中に塗ってください」
振りかかったところから痛みが取れたようで、リンダはそれを塗り広げると深く息を吐いた。
そして、転がっていた自分の服を取ると、僕の方を向く。
「もう降参してるんだから男はちょっと出ていってくれないか」
「もう私たちだけで大丈夫でしょう。こちらにはまだ爆弾の在庫もありますし」
僕はカルラの言葉に難色を示そうとしたが、リンダの着替えを見たいわけではないので、おとなしくドアの外で待つことにした。
「どうせリンダもヴォルフの許嫁になるんだから、いてもいいんじゃない?」
「それとこれとは別です。やはり着替えは見せたくないです」
二人の言い合いにツッコミをいれたかったけど、僕は外に出てドアを閉めた。




