197.反乱
ヴァッサーの食糧が足りないため、当面の間は配給制を取ることに決めた。一番近いラインから運ぶとしても大量に運ぶ必要があるため一週間は掛かる。
ドーラにハイジ、ソニアを運んでもらい、ラインで押収した積み荷を持ってきてもらうことにした。
幸いと言うか、ラインで押収した積み荷は凄い多い。戦争の準備をしていたんだろうけど。
そう考えると、ラインを僕たちが占領したから物資が足りなくなって、ヴァッサーの物資を持っていってしまったのかもしれない。
宰相派は何を考えて自国に焦土作戦をしているのかわからないけど、これでは内戦に勝ってもビルネンベルクの国力はがた落ちだろう。
「ヴォルフ、抵抗組織が見つかりました」
クロの報告の声を聞いて、思考モードから切り替える。
ヴァッサーがすんなり占領できるとは思っていなかったけど、レジスタンスみたいな組織がこうも早く出来るとは思っていなかった。
もしかしたらゴッテスフルス軍に占領されて出来たのかもしれないし、ここの市長は逃げちゃう感じで、当てにならないので自警団みたいなものがあって、それが前身になったのかもしれない。
「どうしようかな」
何れにしても抵抗組織の中の人たちはヴァッサーの住人な訳であって、無下に扱うことも出来ない。
「要求はなんだかわかる?」
「食糧の開放だそうです。どうやら、倉庫に食糧があると考えているようです。私たちが食糧を奪取して、配給制を強いていると」
そう思うのはなぜなんだろう。
いくらなんでもヴァッサーの人たちの力を借りなければ一都市が冬を越せるほどの食糧を船に積み込めるわけがない。積み込みに協力した人が全員船に乗れるわけはないので、町にはまだ倉庫が空であることを知っている人はたくさんいると思われた。
抵抗組織の中にあって、僕たちに敵対するように虚偽の情報を流して煽動している人がいるのだろう。
こういう潜入任務はアイリに頼みたいところなんだけど、アイリはバルド将軍と南ビルネンベルクへ行っている。
クララにしろ、アイリにしろ、南ビルネンベルクへ派遣する人を間違えた気がしてならない。
いっそ、バルド将軍ひとりに行って貰えばよかったなぁ。
「何を悩んでいるんだい?」
僕がクロと頭を抱えて黙り込んでいると、レトが入ってきた。
戸に鍵は着いていないものの、ノックぐらいするものじゃなかろうか。
「クロの報告によれば抵抗組織の中に宰相派と思われるメンバーがいて、反乱を煽動しているようなんだ。こんなときにアイリがいてくれたらなあと、考えていたところ」
「アイリと言うのは僕が直接あったことがない、騎士の女性だね? なんでも胸が大きいとか」
胸は大きいけど、なぜそれを強調したの……。
「僕の胸も小さくはないからね。そういうことがしたかったらいつでも言ってくれ」
さっぱり意味がわからない。
「ところで、潜入なら僕に任せてくれないか? これでも図書館都市に潜入していたんでね」
え? そうだった?
「レトは王女の身分でリーベスヴィッセンに入ったんじゃないの?」
「ふふふ。それが違うのだよ。僕は王女として育てられてなかったからね。リーベスヴィッセンには研究者として潜入したのさ!」
もしそうだったとしてもバレバレだったんじゃないだろうか。
「ということで、僕を抵抗組織に派遣したまえ」
この辺の判断は最近ミスしたばかりなので、慎重にならざるを得ない。
カルラも大丈夫だと思って送り出したらひどいことになったもんなあ。
「ダメ。レトは王女だし、何かあったら僕がバルド将軍に殺されちゃうよ」
「ははは。そうはならないだろう。僕は要らない子だからね」
レトが自嘲気味なのが気になった。
「要らない?」
第二王女という身分なのだから要らないということはないだろう。
「僕はね、魔法の才能もないし、頭も悪いし、この身長だから騎士になろうと思ったんだ。でも、ダメだった。厳しい訓練にはついていけなくて、途中で脱落したんだ」
僕も前世で身に覚えがあるだけに胸が痛い。
あれがだめならこれ。
それ自体はなにも悪いことはないんだけど、僕は何をしても誰かと比較して「僕には才能がない」と諦めていた。
そして、新しいことをすれば、今度こそ才能が活かせる分野に出会えると思っていたんだ。
そんな態度で教えてくれるような人も、ライバルになってくれるような友達も出来るはずはなく、僕はいつも何もものにならないうちにやめていた。
今考えれば、もう少し頑張れば結果が残ることも多かったと思う。
この世界に来て結果が残らない魔法の勉強を続けてみて思ったんだ。
世の中のことは、単独で存在しているわけではないから必ずどこかに繋がっているって。
「レトは自信が欲しいんでしょう?」
僕の言葉にレトは目を見開いた。だが、直ぐに目線をそらす。
僕もそうだってからわかるが、何か誇れるものがないと、生きていくのが辛くなるんだ。
「でも、レトに必要なのは自信じゃない。生きている理由だよ。僕はレトに死んでほしくない。もっとレトと話をして仲良くなりたいと思っている」
抵抗組織に潜入して危ない目に会わないってことはないだろう。レトは女の子だし、王女でもある。正体がばれたらただではすまない。
「ヴォルフが心配してくれるのはうれしいが……」
「潜入は止めないよ。レトにとっては一大決心で言ってくれたことだろうからね。だから、僕も一緒にいく。もちろんクロも」
「ダメだ! それでヴォルフに何かあったら……」
顔が恐怖に歪む。
「カルラに何をされるか。例え、僕が死んでいたとしても生き返らせて報いを受けさせるぐらいのことはしそうだ」
いや、そんなことできるんだったら僕を生き返らせてもらった方がいいんじゃ。
「まあ、安心してよ。クロが入れば大抵のことは切り抜けられるし、僕は……」
そこまで言って言葉を飲み込む。
回復魔法が使えるからと言いたかったが、僕が行動不能になったら回復魔法も何もないんだよね。
うーん、保険の保険としてウリ丸も連れていこうかな?
「まあ、レトは心配しないでいいよ。僕はこれでも貴族としての教育を受けてるから、一般市民相手なら負けないぐらいには強いよ」
レトは疑惑の目で見てくる。
「本当だよ。これでもそこそこ強いんだから」
そりゃ、本職のアイリなんかと比べたら弱いけど。
「ヴォルフは非力だと思ってた。ちょっと僕と力比べしてみようよ」
レトは近くの机に移動すると肘をおいて腕相撲の体勢をとった。
この世界でも力比べは腕相撲と決まっている。名前も腕相撲だ。
よく考えたら相撲が単語にある時点で日本人が転生してきた可能性があるんじゃないか?
今まではあまりに自然すぎて気がつかなかったのと、僕が魔法に夢中になりすぎていたこともあるけど、なんて間抜けな……。
「よし。レトぐらいなら僕も負けないよ!」
そう言いながらレトの反対側に座って掌を合わせる。
「油断しない方がいいよ。僕は腕相撲ならカルラにも勝てるんだから」
それは何年も前の話じゃないんだろうか。
その頃の腕力と比べたところで僕の勝利は揺るがないだろう。
「じゃ、いくよ」
「「3、2、1……ゼロ!」」
二人でカウントダウンして腕相撲を開始する。恐ろしいことにレトと僕の腕力はほぼ互角で僕が全力で押しているのに、開始位置から少しもずれていなかった。
「ヴォルフの全力はこんなもんかい?」
レトが挑発してくるが、僕はそれを受け流す。これは長期戦になる。どこまで力を入れ続けることができるかの勝負だ。
「さて、そろそろ本気出すよ」
レトの宣言と同時に次第にレトが優性になっていく。
なぜ……?
僕は力を一切抜いていないし最初の頃と比べてもそんなに力が抜けているわけではない。
「ふふふ。驚いているね? ダメだよ。こんなことで同様を顔に出しちゃ。潜入操作なんて出来ないよ?」
そして、一度も押し返すこともなく僕の手の甲が机に着いた。
「だー! 負けた!!」
レトに完敗してしまった。
「まあ、僕も騎士としても訓練は受けているからね。ヴォルフが意外と強かったのはわかったけど、僕ほどではなかったね」
地味に悔しい。
最近は婚約者たちに力で負けてばかりだったので、勝てると思っていたレトにも負けたことで僕はかなり非力なんじゃないかと落ち込んでしまう。
「一般市民には勝てるかもしれないけど、騎士には無理そうだね」
僕もそう思ってはいたけど、これはなんとかしないと、これから戦いが進む上で僕が足手まといになりかねない。
「潜入操作もやめたほうがいいんじゃない?」
「そうだね」
僕はあっさりとレトの提案を受け入れる。
「潜入はやめだ。カルラ式で行くことにするよ」
僕の宣言にレトが顔をひきつらせた。




