195.後悔
クロの報告でカルラとの合流まで後一時間というところまで来た。
ここはすでにクロのインテリゲンの範囲内で相手の情報も詳しく伝わってくる。
ゴッテスフルス軍はホバーの原理で浮き上がり、魔法使いが乗れる円盤のようなもので追撃しているらしい。
カルラのタレットが発射するレーザーは何らかの結界で吸収されている。
まさかレーザーを吸収する技術がこの世界にあるとは思わなかった。
前世ではスーパーブラックと名付けられた原理で、光の反射を極限まで減らした吸い込まれるようなほど黒い鳥がいるけど、まさしくそれと近い技術のようで、相手の魔法使いは呪文を起動した様子はないらしい。
これは間違いなく、ゴッテスフルス軍には異世界転生者がいる。それも僕のように異世界転生小説で身につけたなんちゃって知識ではなく、実践を伴った技術者だ。
僕は如何に少ない被害に留めるのか、それだけを考えようと思った。
相手に降参することも視野にいれなければならない。
でも。
と考えたときだった。
突然大きな音がして、続いて風と揺れが襲う。
「これは……」
音の発生源は明らかに近い。
さらに二回。それも連続して音が聞こえる。
間違いない。これはメテオーアだ。
「カルラ!」
メテオーアは至近に着弾するように使う魔法ではない。ある程度の距離が保たれた状態で使わないと、術者自身も爆風やそれによって飛ばされた破片などで怪我をする。
「クロ! 危険だけど、先行をお願い!」
「了解です!」
「シャル! ウリ丸と僕をカルラのところへ!」
「はい。お任せください」
シャルは素早く黒虎になると、僕とウリ丸を乗せる。
「しっかり掴まってください。この辺はわたくしも知らない土地ですから少し揺れますよ」
シャルは凄い勢いで走り始める。
僕は必死でシャルに掴まりながら、新しいメテオーアの音が聞こえてこないことに苛立ちを感じていた。
メテオーアを撃たないのは、敵が全滅したからなのか、それともカルラに何かあったからなのか。
「カルラ! 聞こえていたらなにか合図して!」
僕は御守りに話しかける。しかし、なんの合図もない。
「今、そっちに向かっているからね。ウリ丸も一緒だから多少の怪我なら大丈夫だから安心して」
もつ何を話しかけているのか自分でもよくわからない。
でも、とにかく話しかけ続けなければカルラが居なくなってしまいそうに思えた。
やがて森が途切れて崖が現れた。
その崖から下は大きくえぐれており、ここがメテオーアの着弾の跡だとわかった。そこの方ではまだ土煙が燻っており、衝撃の大きさがわかる、
カルラを追っていたゴッテスフルス軍はどこにも見えなかった。
「カルラ!」
僕はカルラを探して周囲を見回す。
「ヴォルフ! カルラを発見しました!」
先行していたクロの声がする方へシャルが移動する。
宙に浮いているクロの下には折り重なるようにしてカルラとドーラが倒れていた。遠目から見てもかなり傷ついている。
僕はウリ丸を抱えると、直ぐ様、シャルから飛び降りてカルラとドーラの横にウリ丸を置く。
「頼むぞ、ウリ丸!」
ウリ丸は何か言おうとしたが、そのまま口を閉じる。
そして、魔法陣が浮かび上がった。
今までにない規模だ。
これまで見た回復の魔術式とはかなり異なる。
さらにウリ丸は苦しそうな表情だった。
この魔術式はウリ丸にかなりの負担になっているみたいだ。
「僕にも魔法が使えたら……」
僕は魔力が多い。ウリ丸の小さな体には負担になる魔法でも簡単に行使できるだろう。
ウリ丸の使う魔術式を一つ残らず覚えようと目を見開く。
そもそも僕が魔法を使えないのはおかしいじゃないか、魔法を使えないのなら僕はなんで魔力が多いんだよ。
何か前提条件を間違っていただけなんじゃないか?
「ウリ丸、もう少しで覚えるからな。それまで頑張ってくれ」
ウリ丸は僕の期待に応えようと、わずかに身震いした。
「よし、覚えた」
僕はそっとウリ丸を抱き上げて人間型に戻ったシャルに渡す。
そして、カルラとドーラに向き直る。
そして、手をかざして魔術式を構築する。魔力を僕の中から外に向けて押し流すようにイメージする。
ほんの少し手応えがあった。
僕はあらかじめ構築していた呪文を唱え始める。これはウリ丸の魔術式を回復魔法にするためのものだ。
その呪文に反応するようにして、僕の回りとカルラとドーラの回りに魔法陣が浮かび上がる。
今まで魔法が発動しなかったのに、今は魔法が発動している。
僕はその嬉しさとモヤモヤする気持ちを押さえながら回復魔法に集中した。
魔法が発動するなら、これほと都合のいいことはない。
呪文が紡がれて魔法陣が構築する度に少なくない魔力が流れ出す。
僕からすれば問題のない量だがウリ丸には大変だっただろう。今までもいやとは言わず、色々な人の怪我を治してくれた。ウリ丸に感謝しなければならない。
そして、呪文が効果を維持するためのループ詠唱に入ると、カルラとドーラの怪我はほとんどなくなっていた。
これは凄い回復魔法だ。
「う」
呻き声を上げて、カルラとドーラが起き上がる。
「あれ……ヴォルフ……?」
まだ意識がはっきりしていないのか、目が虚ろだ。
「カルラ、追ってはどうしましたか?」
呪文で口が塞がっている僕の代わりにシャルが聞いてくれる。僕もそれが気になっていた。
状況を見ればメテオーアで殲滅したんだろうけど、広範囲に追っ手がいたら、まだ残党がいるかもしれない。
「メテオーアでなんとか撃退したと思います」
次第にクリアになっていく頭でカルラは丁寧に考えて答えた。
「そうですか。今、ヴォルフの回復魔法で怪我を治している最中です。しばらくおとなしくしていてください。わたくしとクロは周辺の警戒にあたります」
「ヴォルフが魔法!?」
「愛の力です」
シャルはうっとりとした顔でカルラに語る。
「ヴォルフは愛するものの窮地を前に、ついに目覚めたのです。それは素晴らしい光景でした。落ち着いたらわたくしが目にしたことを余さず語ります」
言うだけ言うとシャルは穴の回りにそって行ってしまった。
「ヴォルフが魔法を……」
「愛の力……」
カルラもドーラもうっとりした目で僕を見ているが、僕としては今呪文を切らせるわけにはいかない。
「カルラが我を助けてくれたのだな?」
「ええ。でも、助けきれませんでした。最後は一か八かの賭けでしたし、ヴォルフが愛の力で魔法に目覚めなければ死んでいたかもしれません」
「愛されていて良かった」
「本当に」
本当に愛の力で僕が魔法を使えるようになったわけではないと思うのだけど、 このまま誤解は解けそうにない。
クロも見回りで居なくなってしまったため、僕はカルラとドーラに笑いかけることしかできない。
カルラもドーラもまだまだ体力が回復していないようで、僕の魔力はどんどん流れ続けている。
それに二人の体調が手に取るようにわかるのだ。
「ウリ丸、こっちおいで」
僕の横でぐったりしているウリ丸をカルラが呼ぶ。
ウリ丸はよろよろと魔法陣の中に入ると、僕の脳裏に今まで見た回復魔法に加えて、ウリ丸の知る回復魔法が全部入ってくる。
それとともにウリ丸がなぜ回復魔法を使えるのかもわかった。
まさか、ウリ丸がキーになっていたなんて。
僕は更に上位の魔法へ詠唱を切り替えると、ウリ丸や僕が回復魔法を使える理由と、その原因について考え始めた。




