194.追跡
「そうすると、コトネの生きた日本は明治から昭和にかけてなんだね」
「昭和から元号がふたつも変わっているなんて、未来の人間なんやなぁ」
コトネは感慨深く頷いていた。
「ヴォルフは輪廻転生って知っとる?」
輪廻転生はもちろん知っている。異世界転生小説を読んでいるのだから、転生とはなにか?みたいなことは一通り勉強している。
僕は頷いた。
「うちは、その輪廻転生だと思っていたんや。せやけど、どうも様子が違う。自分の見た目も世界の様子もうちが知っているものとは全然な。それでもやっとここは異世界なんやと気ぃついて、受け入れてマイナーと一緒になろうと思ったらこうや」
マイナーは妖精界へ帰ってしまい、自我がなくなった状態になっている。これから時間をかけて自我を作っていき、人間界に来るまで相当な時間がかかるのだ。人間で言えば、死んだと等しいことだった。
「でも、神様はいるんやな。こうしてヴォルフとも会えたし、クララなんちゅうすごい魔工師にもヴォルフのお嫁さんや。ビルネンベルグ軍に攻められたときはもうだめやと思うたが、ほんま生きててよかったで」
「もう知っていると思うけど……」
僕がビルネンベルグ王国の人間で、王位継承権を持っていることを伝えようとしたら、コトネは人差し指で口をふさいだ。
「言わんともわかっとる。うちはビルネンベルクのことを恨んでるわけやない。この世界では戦争は生きるための手段や。エルフェンかて、ゴッテスフルス帝国とビルネンベルグ王国の戦争に加担して利益を得ていたんやから、自分ところだけ攻められないことはないというのはわかっとる」
「そういう世界を変えたいと僕もカルラも考えているんだ。戦争じゃなくて、もっと大きな括りでビルネンベルグ王国を成立させようと思っている」
「そんなことは可能なんか?」
「わからない。前世ではそういうことを可能にした人はたくさんいる。もちろん時代に合わせて変えていく必要があるんだけど、ビルネンベルグ王国を統一した後、僕たちが生きている間は戦争しないようにしたい」
「それはすごいなあ」
コトネは楽しそうに笑った。
「うちもそれを手伝ってもええか?」
「もちろん。お願いするよ」
「まあ、うちはヴォルフみたいに博識やないからな。前世の知識はあんま役に立たんと思うわ」
いや、絶対に僕よりもコトネの方が役に立つ知識を持っていると思うんだけど。
僕が色々知っているのは、あくまでも異世界転生小説を読んで身に着けたものだ。だから知ってはいても実際に使えるわけではない。
対してコトネはものや技術がそこまで発展していなかった時代のことを知っている。この世界のテクノロジーツリーを考えてみればどう考えてもコトネの持っている知識と技術の方が上のような気がする。
テクノロジーツリーの存在を知ったのは偶然だったけど、文明の興亡をシミュレーションするボードゲームが異世界転生小説に出てきたことがあり、そのパソコン版のゲームをやって覚えた。
テクノロジーツリーと言いながら、文明の発展度合いをツリー状に表しているため、文字の発明から始まり、印刷機なども含まれる。
もちろん、青銅の武具から槍、鉄の剣、攻城兵器などの軍事面も含まれている。
それが、古代から僕が生きていた現代まで続いているのだ。
テクノロジーツリーを見てみると、文明が発展するには段階を得る必要があることがよくわかる。
ボードゲームでは一足跳びに文明を発展させることはできないが、パソコン版ではコストさえ支払えば一足跳びの発展も許可されていた。
異世界はパソコン版の方に近く、前提条件が多少足りなくても主人公のスキルでなんとかすることが多い。
この世界では僕のスキルがないために文明の発展を加速させることは出来ないけど、フリーデンで見てきたことを考えると、歪ながら文明が一足跳びに発展していることがわかった。
そこには相当なコストがかかっているんだろう。フリーデンで文明を発展させた人はかなり頭がよかったんだね。
「コトネは僕より知識あると思う。僕も当てにしてるからね」
「ふふふ。かなわんなあ。ヴォルフはんは、ほんまに気遣いが出来る子やで」
そうなのかな……。
僕は前世ではぼっちだったし、この世界に来てからもぼっちだった。
無人島でカルラとあってから変わった気がする。カルラとあって魔法を諦められたから、僕は色んなことに気を向けられるようになったんだ。
「ところで、コトネにはチート能力ってあるのかな?」
「チート?」
「そう。べらぼうに凄い能力のこと。他のエルフェンより優れたところってある?」
「わからんわ」
コトネは魔工師として生きてきたときいたから、魔工師以外の面でチート能力があってもおかしくはないんだよね。
「異世界から転生してきた人には、チート能力があることが多いんだ」
「ヴォルフはんは?」
「僕は特にないみたい。残念ながらね」
「ほうか。でも、そんな能力なくてもヴォルフはんはええ男やで」
「あはは。初めて言われたよ」
「うちもあんま言う気はなかったんやけど、今言っておかんとヴォルフの婚約者になり損ねる気がしてな」
「え」
「マイナーのこともあるから、あんま大きな声じゃ言えんけど、うちはヴォルフはんに惹かれとる。これは偽りない言葉や」
妙なところで告白を受けてしまった。
鉄猪の駆動音と走行音で周囲には聞こえていないと思うが、ちょっと後ろめたい気がする。
まだ結婚に至っていなかったとはいえ、コトネは未亡人に限りなく近い立場だ。
マイナーが妖精界へ帰ってから本の少ししか経っていない。
それはコトネもわかっているはずだが、それでも僕に告白してきたということは、かなりの決意があったんだろう。
僕もそれに答えなければならない。
それに、僕もコトネに惹かれている。
もう倫理観が崩れているのを自覚するぐらいにはなっているが、僕に力がないと思ってからは特にひどい。
もしかしたら、力がある女性に惹かれているのかもしれない。
彼女たちが僕に引かれる理由はわからないけど、僕はそれを利用している。ちょっと心は痛むけれど、最近では吹っ切っている。
僕が責任を負えば清むことだし。
「僕もコトネと一緒にいたい。婚約者になってくれる?」
「ええで」
「ふふ。ありがとう」
コトネは少し赤くなっている。僕もちょっと恥ずかしかった。
「ほな、本気でいこか」
コトネは照れを隠すように前を見てほんのすこし鉄猪の速度を上げた。
◆ ◆ ◆
ヴァッサーに着こうとする頃、カルラから連絡が入った。
ゴッテスフルス軍とおぼしき軍勢を見つけたが、攻撃にあい、ドーラが負傷。カルラはタレットで応戦しながらホバーで逃げているということだった。
ヴァッサーから徒歩で三日はかかる距離で、鉄猪で進軍したとしても一日は掛かる予想だ。
今のところ、カルラは無事ではあるが追撃の手は緩んでおらず、タレットの残りも少なくなっているらしい。
タレットが打ち落とされる事態を想定していなかったため、予備のタレットはない。カルラならグラビィタでその辺の小石を使ってホバーの代わりにすることはできるかもしれないが、端的に言って大ピンチ間違いない。
「カルラにフェルスケでどこかに隠れるように言ってみて」
「それが、カルラはすでに試したそうなんですが、すぐに見破られたそうです」
なんだ、そのチート!
僕は焦っていた。
この世界でカルラに勝てる奴がいるとは思っていなかった。
鉄猪にしても、僕たちが簡単に対処できたのだから、簡単に対処できる奴がいても僕たちより下なんだと無意識に考えていた。
相手は明らかに格上だ。
ドーラの負傷も気になる。
初めて婚約者を失うかもしれないと言う状況に僕の心臓は鼓動を早くした。
「落ち着くんや」
隣にいたコトネが声をかける。
「カルラもドーラも絶対に大丈夫や。安心せい」
そう言われて少しだけ落ち着いた。
「クロ、インテリゲンを北へ張り巡らせて。カルラがインテリゲンの圏内に入ったら急行する。あとライラトとユキノを呼んできて。周囲の妖精の力を借りたい」
こうなれば、僕の持っている総力を持ってカルラを救出する。
「了解です!」
クロはみんなに僕の話を伝えに行った。
「コトネはレトと交代して休んで。ゴッテスフルス軍と遭遇したら鉄猪で戦ってもらう」
「せやけど、鉄猪はゴッテスフルス軍には利かんのちゃう?」
「話からすると相手もレーザーだからミーに何とかしてもらう。多分大丈夫」
「わかったで。レトと代わる」
このまま鉄猪で進軍すれば、一日かからずカルラと合流できる。あとはカルラの体力が持ってくれることを祈るまでだ。
時々忘れているけどカルラは十三才だ。体力もまだそこまでない。負われながら退却するという極限状態の中、どこまで持つのか予想できない。
僕はあせる気持ちを押さえながら、相手と遭遇したときのことを考える。
鉄猪を盾にミーの氷でレーザーを対策すれば用意には防御を抜けられることはないだろう。
だが、相手側の攻撃手段を無力化するには有効な攻撃方法を考えなければならない。
僕にはもう一つしか考え付かないけど、それしかなさそうだった。




