192.集落
僕たちはコトネの集落の話を納めて、鉄猪のところへ向かった。鉄猪をレトがハッキングしたという話をしたところ非常に驚いていた。
鉄猪は王都でも有名な魔工師が作ったものらしく、その技術はビルネンベルク王国最高の魔工師であるクランシーに匹敵するそうだ。
クランシーと言えば、どこかで聞いたことがあると思ったら、クララの師匠じゃないか。クララは凄い魔工師だと思っていたがエリートだったのね。
「クランシーの弟子のクララがヴォルフの婚約者にいると伝えたら、ヴォルフの婚約者になりたいと言っています」
「え? 集落にいる婚約者どうするの?」
「あ」
コトネが初めて声を出した。あわてて自分の口を押さえている。
あ、じゃないし。婚約者いること忘れちゃダメでしょ。
「まあ、わからんでもないです。ヴォルフと一緒にいるとなぜか惹かれるんです」
最初はユキノも僕のことをどうでもいいし、自由にしてくれる人間としか見てなかったもんね。
なんか、僕の異世界転生したときのチート能力って女の子に好かれるようになることなのかな? と言っても、前世で読んだ異世界転生小説はほとんどの主人公が持っていた標準的な能力だと思うけど。
「とりあえず、鉄猪を動かすのを手伝って貰って陣地へ帰ろう。そこでウリ丸を持ってドーラにコトネの集落まで飛んで行ってもらう」
「それは、ヴォルフの持っているタレットに言えばすむ話じゃないのか?」
レトが他人事のように言う。
「レトがいいなら、それでいいんだけど……」
「あ、鉄猪が動かせないのか」
「クララがいれば良かったんだけどね」
クララはバルド将軍とともに南ビルネンベルクの説得工作に行っているので、一ヶ月以上戻らないだろう。
ラインから王都までは三週間ぐらいかかる。ビルネンベルクはグローセンを中心として南北に船で一ヶ月弱の距離で広がっている。
レトも納得したところで、僕たちは鉄猪の上に載って快適に帰った。
◆ ◆ ◆
早速、コトネの集落に来ていた。
クララが婚約者にいるとわかった瞬間から僕への信頼度は上限に達したらしく、簡単に教えてくれた。
ウリ丸とライラ、カルラの指名でハクを連れていくことになった。森の中での戦いになれているらしい。
コトネは初めて見るドラゴンにびっくりしていたが、飛び立つとすぐに周囲を見回してはしゃいでいた。
集落までは一時間ぐらいで到着する。
上空から見た感じ、ビルネンベルクの兵士は居なかった。エルフェンしか居ないように見える。
「このまま集落の広場に降りてくれ」
僕は状況をすぐに把握したかったので、広場に強硬着陸をしてもらうようにお願いする。
『うむ。任せてくれ』
ドーラは少しずつ小さくなると言う器用なことをしながら、僕たちは広場に降り立つ。
周囲には既に武装したエルフェンが集まっている。しかし、中にビルネンベルク兵の姿はない。
もう解放されたのか、それともラインを占領している僕たちと戦うための兵力を引き上げたのか。どちらかと言えば後者なのかもしれない。
コトネを奪い、鉄猪も奪ったことで僕たちはかなり警戒されているだろう。
コトネに聞いた話では向こうの戦力は鉄猪に頼りきっているらしく、コトネがいなければ残りの三十二台の鉄猪も動かせない。
兵士は千人ぐらいいるらしいが練度は低く、占領するための警備が精一杯ということみたいだ。
そこでエルフェンの集落を攻め落とすほどの練度が高い兵士を呼び戻したのだろう。
僕が向こうの隊長ならそうすると思う。
「コトネに任せてもいい?」
この状況で穏便に事を済ませるには、この集落の出身であるコトネに任せた方がいいだろう。
コトネは無言で頷く。
ここからは僕たちには聞こえない直接のやり取りが進むんだろうなあと思ったら、コトネが片手を上げただけで取り囲んでいた兵士が膝をつく。
もちろん魔法ではなく、コトネの言うことを聞いて、そこにかしづいたという方が正しいだろう。
「コトネの婚約者のところへ案内してもらえるようです」
ライラに言われて、僕たちは案内するエルフェンの兵士の後を追う。コトネはなぜか広場に残っていた。
「あれ、コトネが……」
「先に行って下さい、とのことです」
僕は不思議に思いつつも、コトネを広場に残して歩いた。
兵士は始終無言で、何の説明もなく歩いていく。集落からは外れた場所に小高い丘が見えてきた。今進んでいる道を見ると、そこが目的地のようだ。
僕はなんとなく気がついてしまった。
あの丘には建物らしいものが見えない。
人が住んでいるようには見えないのだ。
「まさか」
間に合わなかったのか、と思った。しかし、自分の目で確かめるまでは言葉にしてはいけないと、思い直し丘を上る。
やがて大きな木が一本だけある場所に出た。
「ここにコトネの婚約者だったマイナーが眠っております」
神妙にエルフェンの兵士は僕たちに告げる。
「心中お察しいたします。しかし、いつ?」
妖精は妖精界へ戻ることをどういうのか分からず、僕は口ごもる。
「実はコトネを送り出したあとすぐに妖精界へ召されました」
「そうですか。ライラ。妖精は妖精界へ戻るとどうなるの?」
僕は妖精を多く婚約者に迎えながら基本的なことも知らなかった。
「エルフェンは受肉して長いこと人間界で暮らしていますから、妖精界へ戻ると本当に小さな妖精として生まれ変わります。人間界のことも覚えていないですし、小さな妖精は自我を持ちませんので」
つまり、マイナーを妖精界から呼び戻すことは出来ず、コトネは婚約者を失ったままということだ。
「コトネからマイナーを助けに来たと聞いています。結果的に間に合いませんでしたが、あなたたちのご厚意に感謝します」
「改めて自己紹介いたしましょう。私はライラ。妖精王の娘です。こちらは私の婚約者のヴォルフ」
「我はドーラ。ドラゴンだ」
「うちはハク。グラスランナー」
エルフェンの兵士は一つずつ丁寧に聞いたあと、「私は集落の長の代理をしている、コトネの弟のハリヤーと言います。コトネをビルネンベルク軍が取り戻してくれてありがとうございます」
ハリヤーは深くお辞儀をした。
「場所を変えて少し話をしましょう。コトネからもそう言付かっています」
僕たちにそれを断る理由もなく、ハリヤーの案内で集落の中心にほど近い大きな家に入った。
中にはすでにコトネが待っており、両脇にはエルフェンの兵士が二人立っていた。
「もうええやろ」
コトネが口を開くと、前世の関西弁に近いイントネーションが聞こえてくる。なんだろう。この世界の言語をしゃべっているはずなのに、関西弁に聞こえるなんて凄い違和感がある。
「うちは、コトネ。この世界とは違う世界から輪廻転生してきたもんや」
僕はわざと驚かずにいた。
無言のうちに僕も転生者だと伝えるためだ。
「ほお、ヴォルフはんはあまり驚かんようやな」
コトネは感心している。
「ほいでな、うちは前世ですでに百年近い時を過ごして、この世界へ転生してきとる。もう伴侶をなくしたかて、悲しくあっても気落ちするようなことやない」
そうなのかな。僕にはそう見えないけど。どちらかと言えば、コトネは強がっているように見える。集落の地位のある人なんだろうから、ここで弱さを見せるわけにもいかないのだろう。
「ヴォルフはんにはこの集落の怪我人を見てもらいたい。うちらは妖精かと言うて、人間界での死は本当の死に近い。なるべくなら死なせたないんじゃ」
それはライラから聞いていたので十分わかっている。
「わかった。怪我人のところへ案内してくれるかな? ウリ丸に癒してもらう」
「じゃあ、ハリヤー頼むわ」
ハリヤーは頷くと僕たちを案内するために建物を出た。
「コトネはどうするの?」
僕はなんとなくコトネが心配で側を離れない方がいいんじゃないかって思った。
異世界転生者ということをエルフェンたちには話しているのだろうけど、わざわざ僕たちにばらす理由がない。
それに「もうええやろ」という投げやりな言葉も気になった。
「ヴォルフはんは、なんや敏感なんやな。大丈夫や。ちと家宝を取りに行ってくるだけやから心配せなや」
これって確実にマイナーの敵討ちをするためのアーティファクトか何がを取りに行く流れだよね? この世界には魔力の棺をはじめとしてひどいアーティファクトがたくさんあるので、油断できない。
僕がなんて言っていいか旬順していると、コトネはははと短く笑った。
「大丈夫や。自暴自棄になったりなんかせん。うちはこれでも百年以上生きとるんやで」
それは前世を含めてだろうけど、それだけの年齢を重ねれば冷静な判断が出来るようになるのかな。
「ひとつだけ約束して」
「なんや」
「僕はマイナーの代わりにコトネを守りたい。もう百年生きて貰うために」
自分でも格好つけすぎかなと思ったが、偽らざる僕の言葉だ。
「ああ、約束や」
そうして僕たちは怪我人の手当てに当たった。




