191.追加
「待ってください」
ユキノに言われて足を止める。
「先行させていたノームからです。この先に敵陣営が見えるとのこと」
あれ、いつの間にノームを呼び寄せていたの?
「ふふふ。アテもやるでしょう? ゲオルグんとこで一緒に働いたノームを借り受けてきたんです」
僕が驚いているのがわかったのかユキノは得意気に言った。
「仲悪くなかったっけ? それよりもノームって結婚したばかりだよね?」
「よくぞ聞いてくれました。ノームが結婚したばかりなので、二人とも借りてきたんです」
良いのかな? ノームと雪の妖精の結婚は確か季節にとって重要な意味があるんじゃなかったっけ。
「ノームも張り切ってます。妖精王からの勅命ですし」
なんかユキノが意地悪したくて妖精王に頼んだとしか思えないけど、あの優秀なノームが先行してくれるのなら凄い安心だ。
「何人ぐらいかな? もしくは天幕がいくつぐらい?」
陣を築くぐらいなので、それなりの人数はいそうだ。
「えーと、百人ぐらいだそうです。全員埋めますか?と聞かれています」
それはダメ!
やっぱりノームは早く帰ってイチャイチャしたいんじゃないの?
結婚して本の少ししか経っていないのに、また人間界に呼び出されて、気が立っているとしか思えないよ。
「そのまま待機してもらって。無力化はユキノにやってもらう」
「アテが?」
「そう。ノームが本当に百人埋める力があったとしても、僕はそこにいる魔法使いに用事があるからね。死なれたら困る」
「アテ、死なせずに無力化する自信はないです」
ユキノの攻撃方法だと、場を低温で支配するという戦いかただから、すぐには死なないと思うんだよね。特に魔法使いなら。
「何かいい方法はないかな?」
「魔法使いだけ手に入ればいいんですか?」
今は魔法使いが手に入ったら大成功だ。相手もビルネンベルク軍なので余計な消耗はしない方がいい。
「なんか、ノームに考えがあると言っています」
「生き埋めなしだよ!」
「大丈夫だと。魔法使いを捕獲したらすぐにそちらに送るから無力化してくれと言っています」
どんな魔法使いが来るかはわからないけど、予め準備出来るのなら、ユキノに場を整えてもらって相手が自由に動けない状態にしておけばいいだろう。
「じゃあ、ユキノが場を整えたら送ってもらおう。ユキノお願い」
「はい」
ユキノが目を閉じて集中するとすぐに場の空気が氷り始める。比喩ではなく、空気中の水分が氷ってキラキラとダイヤモンドダストになっているのだ。
「もういいでしょう。ノームにお願いします」
僕は緊張した面持ちで魔法使いが送られてくるのを待つ。
「今、確保したそうです。なんかアテらと同類と言ってます」
同類ということは妖精だろうか。
「あー、土の中を通ってくるみたいなので、アテの場の真ん中に出てくれるように頼んでおきました」
なるほど。ノームは落とし穴を掘って魔法使いだけを落としたようだ。しかし、妖精ってひどいチートだよね。死なないし。
「来ますよ」
ユキノの声と同時に女性が土の上に放り出される。この寒い冬にかなりの薄着だ。
まるではだが透けるような薄い布を纏い、緑色の髪と目をしている。
「ドライアド?」
「違うようです。あれはエルフェンです」
ちょっと発音が違うけど、前世でいうエルフみたいなものだろうか。確かにとがった耳をしている。そして、伝統的なエルフと同じように平たい胸だ。多分女性だろう。
「やりましたね。新しい婚約者を手にいれました」
ユキノは冗談を言うと、エルフェンの足を氷で覆った。
「エルフェンはなんの魔法を使うの?」
放り出されたショックでキョロキョロとしてる。そして、寒さに気がついたようで身を縮めていた。
「本人に聞いたらどうですか? あれは抵抗する気はない見たいですし」
確かにエルフェンの女性は僕たちに助けを求める視線を送ってきていた。
「じゃあ、場を元に」
「あい」
場は次第に穏やかな空気に戻っていく。相変わらず魔法は凄いなと感心した。
「大丈夫?」
まだ寒そうなので僕は上着をエルフェンにかけてあげる。暖かな天幕の中に居たんだろう。そうでなければこんなに薄着な訳がない。
僕の問いに無言で頷く。
「あなたを呼び出したのは僕なんだ。あなたは魔法使いですよね?」
またまた無言で頷く。
「そうしたら、少し僕に付き合ってください。聞きたいことがあるんです」
具体的には鉄猪のところへ案内して、構造のことを質問したり、このアイデアがどこから出たものか聴きたいと考えていた。
その過程で異世界転生者ということがわかれば、この人と身を守るためにも仲間になってもらうつもりだ。
「あ、自己紹介が遅れてた。僕はヴォルフ。あそこにいるのはユキノ。よろしくね」
エルフェンは何も言わずに困った顔をして喉を指差した。
「ああ、声が出ないのか。無理しなくてもいいよ。でも、名前がないと不便だなあ」
「その人は、コトネと言うらしいです。珍しい名前ですね」
「なんでわかるの?」
「こう、妖精同士は直接意思の疎通が可能なんです。さっきもノームとそれで連絡取っていました。まあ、それもある程度自我が芽生えた妖精でないと出来ないですが」
そうだったのか。
「じゃあ、コトネを連れて移動しようか」
三人になった僕たちは元来た道を帰りながら話をする。いきなり本題に入ると逃げられるかなと思って当たり障りのないことから話し始める。
「コトネはどうしてビルネンベルク軍に入ったの?」
「なんでもエルフェンの集落がビルネンベルク軍に攻め落とされて人質になっているとか。コトネはエルフェンの姫様らしいですね。アテと同じです」
そう言えばユキノもお姫様だったんだよね。忘れていたけど。
「コトネの集落ってどの辺にあるのかな?」
「ヴァッサーから西へ行った森のなかにあるそうです。これはヴァッサー取り返したらエルフェンの集落も取り返す必要あります」
ユキノの言うとおりなんだけど、そう簡単にいくだろうか。
ヴァッサーに駐留している軍隊の主力が鉄猪だと話は楽なんだけど、人間の兵士が相手だと殺すわけにはいかないから、時間をかけて無力化作戦を遂行しないとならないと思う。
あれ、よく考えたら前にもそんなことを考えていた気がする。グローセンも結局スーに頼ったんだっけ……。
ヴァッサーにいる兵士もその手で無力化して貰おう。
エルフェンの集落がどの程度、森の奥深くにあるか知らないけど、多分兵士が大勢で押し寄せることが出来るほどだから、僕やスーも一緒に行けると思う。
そうなると、ユキノの言うとおり奪還してあげた方が、コトネも喜ぶし仲間になる可能性も高いだろう。
しかし、コトネって……。
僕がふと思い立ってコトネの方を見ると、コトネもこちらを見ていた。
見た目は完全に異世界のエルフに間違いないのだけど、しゃべれないというのが気になる。しゃべれないのではなく、しゃべらないのではないだろうか。
例えば、前世からのイントネーションが抜けなくて関西弁になってしまうとか。僕も気を抜くと前世の知識か言葉をつい使ってしまう。
なるべくこの世界の言葉に直すようにしているのだが、それでスーに正体がばれてしまった。
幸いにもスーは異世界転生者で僕の味方になってくれたけど、これからもそういう幸運が続くとは思えない。
「ヴォルフに見つめられると、恥ずかしいって言ってます」
「え、ごめんなさい」
僕の謝罪の言葉に微かに笑った。顔は赤くはなっていないので、なにか別の理由で僕に見られたくないのかもしれない。
「コトネもヴォルフの婚約者になるといいですよ」
ユキノが冗談めかして言うと、コトネは激しく首を横に振った。
「もう結婚してるとか?」
続けて首を横に振るのでそうではないらしい。
「どうやら、将来を約束した幼馴染みがいるみたいですね。集落を守るために戦って重症なんだそうです」
重症と言われると、心がざわついてしまう。
この世界には回復魔法も発達した医術もないから、重症は死に繋がるのだ。運良く助かったとしてもなんらかの後遺症が残ることが多い。
「ユキノ、集落の場所を詳しく聞けないかな? 重症と言われると放って置けない」
「集落の場所は簡単には教えられないそうです。まあ、アテらを警戒してます」
それは当然なんだけど……。
「僕たちなら治せるかもしれない。信じてほしい」
僕はコトネの顔を見て率直に伝える。
だが、コトネは困ったように微笑んだだけだった。




