190.鉄猪
「氷壁防御!」
想定外の座標で鉄猪に遭遇した。僕の叫び声に合わせてミーがすぐさま分厚い氷の山を展開する。
鉄猪が放った弾丸は緩やかな氷の山で起動がそれて僕たちの上を通り過ぎていく。
間一髪だった。
氷壁で全然当たらないのに、鉄猪は連射してくる。
この挙動は周囲に鉄猪を操る魔法使いがいないときの挙動なのだろう。しかし、撤退をするわけでもなく進んでくる。僕から見える範囲には八台の鉄猪がいる。これって前世で言う一部隊の数と同じなんだけど、なにか関係があるのだろうか。
「ユキノ、ここで戦う。場の支配を頼む」
ミーが戦いやすくなるようにユキノには援護を頼む。
「ミー!」
「わかってる!」
ミーはその白い手を振ってこたえた。
すぐに氷の柱が現れ、鉄猪の進路をふさぐ。氷自体も深く地中に刺さっているので、鉄猪の突進力でも容易に破壊できない強度だ。
「レト、解析進んでる?」
レトは何かの書物を取り出して読んでいた。
「もう少し待って、あと三つわからない術式がある」
「どれ?」
「第三式の三百八十項から三つ!」
僕も解析に加わる。
鉄猪は大きいだけあってタレットのような単純な術式で出来ているわけではない。正直予想外だったが、これだけ複雑な術式を破綻なくかけるというだけで、前世でプログラムでもしていた異世界転生者なのかと思ってしまう。
「わかった! この術式は第五式への分岐だ。分岐条件は八台のうち一台がやられたとき!」
レトが叫ぶ。
なるほど、僕たちが鹵獲するにはここを書き換える必要がある。
「第五式をいじりたくないから、分岐後、停止にできる?」
「余裕だ!」
レトは手元に持っていたタレットを鉄猪の方へ投げつける。魔法術式はなんらかの干渉手段がないと書き換えることが難しいので、レトはカルラからタレットを借りてきていた。
タレットは鉄猪の攻撃目標にはならなかったようで、容易に鉄猪へ取り付く。
「さあ、おとなしくしててくれよ」
レトの呪文詠唱とともに鉄猪が淡く光る。どうやら魔術式の書き換えはうまくいったようだ。
相手もまさかハッキングされるとは考えていなかったのだろう。
「終わった!」
レトの書き換えが終わったので今度は一台壊す番だ。
「ミー、思いっきりやっちゃって!」
「はいはい!」
ミーが呪文を唱えると、一台の鉄猪の下から巨大な氷柱がすごい勢いで伸びていく。
氷柱の上に載った鉄猪はその巨体を上空に向けて浮き上がらせる。
「ユキノお願い!」
ユキノは鉄猪の砲撃をかいくぐりながら、長く伸びた氷柱に近づく。
「これで終わりです!」
ユキノが氷柱に触れると、氷柱は一瞬で雪に変わり周囲に飛び散る。
鉄猪の巨体を支えるものがなくなって、勢いよく落ち始めた。
もちろん、その下には地面がない。
氷柱が深く刺さっていたため大きな深い穴が開いている。鉄猪はそこへ真っ逆さまに落ちると、轟音とともに圧壊した。
少しすると、鉄猪は砲撃をやめて停止する。
「案外あっけなかったですね……」
あっけなかったかな? 鉄猪自体はかなり強かったと思うんだよね。
バルド将軍から聞いていた時は中から魔法が飛んできたということだったが、遭遇したのは実弾を発射するタイプだった。
実弾は魔法障壁で防ぐわけにはいかないので、なんらかの物理的な障壁を張る必要がある。
今回は無尽蔵ともいえる魔力量を持つ、ミーとユキノだったから余裕で対処できたのだろうが、これが一般の魔法使いや兵士だったら鉄猪に蹂躙されていただろう。
「自動運用だったみたいだから、周囲に誰かいるようなこともないだろうけど、一応注意してね」
「僕が周りを見ておくよ。カルラからそのためのタレットももらってきたしね」
さすがカルラと同じ血を引いているだけあって、魔法の才能はかなりある。
カルラに色々教えた代わりに魔法をたくさん教えてもらっているようだ。
「それにしても鉄猪はどうやってもってかえるんだい?」
「それはレトの担当だよ」
こんな重いものを僕が持って帰れるわけがない。
「え? さすがの僕でもこれは持って帰れないよ」
「さらに魔術式の解析を続けて、僕たちが動かせるように改造するに決まっているじゃないか」
レトはあからさまに面倒くさそうな顔をした。
止めるのは簡単だったが、これの所有権を移動させようとなると、面倒な作業になることは僕でもすぐわかる。でも、持って帰るにはそれしか方法はないんだよね。
「ミーにとりあえず、一か所に集めてもらうね」
ミーにお願いすると、ミーは氷の坂を作り出して鉄猪を滑らせるようにして一か所に集めた。
近くで見る鉄猪はかなり大きく、前世の戦車と言っても過言ではない。
これほどのアーティファクトを開発できる生産力は僕たちにとって脅威だろう。でも、キーとなる魔法使いか、魔工師はそう多くないはずだ。ビルネンベルグ王が死ぬまで前線に投入しなかったのは、秘密裡に開発を進めていたからだろう。
秘密と言うのは参加するメンバーが多ければ多いほど漏れやすくなる。秘密と言うのは守ろうと意識していても、人間は始終気を張って生きているわけではないから、どこかで漏れてしまう。
これだけの鉄をそろえている時点でかなりの時間がかかっていることは予想できるし、時間がかかっていても秘密が晴れなかったということは一人か二人ぐらいの少人数で開発が進められていたからと思われる。
あとは形状が戦車に似ているような気もするので、軍事方面に詳しくない異世界転生者の可能性も高いと思っている。どういうチート能力を持っているかわからないが、僕やスーの例を見ると圧倒的な力である可能性は皆無に近いだろう。スーの能力は使い方次第では非常に強力ではあるけどね。
「レト、あんまり時間をかけていられないからね。はやくしてね」
「ちょっ、手伝ってよ! 僕一人じゃさすがに読み解けないよ!」
やる前から弱音である。
「大丈夫。レトならできる。僕は信じているよ」
僕は適当に応援の声をかけておく。
僕自身も手伝えることはあるのだが、少し気になることがあるので、周囲を確認しておきたかったのだ。
「ミーはここでレトとウルドの護衛ね。ユキノは僕と周辺の探索をする。ついてきて」
「あい」
ユキノはなぜか僕の手を握りついてきた。
なんで手を握るのかわからなかったけど、特に振りほどくことでもないなと思ってそのまま歩く。
「周辺に魔力増幅器があると思うんだ。ユキノも探して」
「アテにわかることでしたらなんでも手伝います」
ユキノは僕の後ろから周辺を確認しつつ、魔力増幅器がないか調べる。僕も周囲をキョロキョロしながら歩いていく。
僕が魔力増幅器があると思った理由は、周辺に人間の気配が感じられなかったからだ。
魔力で何かを動かすときには、離れれば離れるほど魔力の消費量はすごくなる。カルラはどんなに遠くてもタレットや小石を操っていたが、あれはカルラだからこそできたことであって、普通の魔法使いにはできない。
「ヴォルフ、ここにあるのは魔力増幅器じゃないですか」
ユキノが指さす先にあったのは、背の低い木に隠れるように配置された魔力増幅器だった。
「あ、それそれ」
「なるほど、壊しましょう」
「ちょっと待って!」
壊されたら困る。
魔力増幅器は鉄猪に比べたら単純なアーティファクトだ。これをいじって次の魔力増幅器を逆探知ができるようにしたい。それをさかのぼっていけば、鉄猪を動かしている魔法使いにたどり着けるという戦法だ。
あとは魔力増幅器は安くないアーティファクトなので、誰かが回収に来る可能性もある。そこを狙って捕まえてもいいのだが、あいにくと僕たちには食料に余裕がない。この辺は動物が少なく、食料になるような魔物も少ない。サバイバルには適さない土地だった。
「僕が解析してからね」
僕は魔力増幅器に触れて内部の魔術式を読み取る。
予想通り簡単な構造だった。僕は魔術式を読み取って、次の魔力増幅器がある場所を探っていく。魔力の大体の方向と距離がわかる。
「あっちに同じものがあるから、一緒に行こう。これを辿っていけば敵の魔法使いの場所にたどり着けるからね」
「そうしたら魔法使いを撃破すればいいってことですか」
そうじゃない。そうじゃないけど、ユキノが珍しくやる気を出しているので、僕としてはそのやる気を失わせないようにしたかった。
「撃破するわけじゃないよ。もしかしたら仲間になってくれるかもしれないからね」
「なるほど。魔法使いが女という可能性もありますからね。女だったらヴォルフの婚約者にしてしまうってことですね」
ユキノに限ったことではないけど、僕だって女性だったら誰でも婚約者にしようと思っているわけじゃない。僕の意思で婚約者を増やそうと思ったのはごく最近のことだし。
「まあ、相手がそう思ってくれたらね」
「まあ、そう思いますよ。アテがそうだったのですから」
何かユキノが可愛いことを言った気がしたが、僕はわざと気が付かないふりをしてユキノの手を握った。
「さあ、次の魔力増幅器のところへ行こうか」
ユキノは少しむくれて頷いた。




