109.強風
「塩焼きです!」
もう待ちきれないと言った感じでカルラはウサギを差し出してくる。とても王都で貴族的な生活をしていたとは思えない。
「わかった。取り敢えず、三匹とも捌いて焼いてしまおう。焼いておけばそう簡単には腐らないだろうし」
僕はいつも通り波の近くに行くとまな板代わりの流木の上で捌き始める。ザッカーバーグ家では狩りをしたあと、獲物を捌くのは狩ったものの役目だった。
最初こそ怯みはしたが慣れてしまえばなんてことのない作業だ。幼い頃からやっているので、血や油で汚れることなくテキパキと作業をする。
横では興味深そうにカルラが見ていた。
「面白い?」
カルラに聞いてみると頷いた。
「うちではこんなことを見せてくれることはなかったし」
「まあ、普通、上流の家では女の子に見せないよね」
貴族の女性は料理すらしないだろうし。社交に特化しているので、料理のアイデアを出すことがあっても自ら包丁を持つことはないだろう。
「やってみる?」
「え……」
カルラは迷っているようだった。
「命を感じる意味でも一度ぐらいはやる価値があるよ。でも無理強いはしない。今まで築いてきた倫理観もあるしね」
「じゃあ、少しだけ手伝う」
意を決したようにカルラは血だらけのナイフを受け取った。
そして、まだ暖かいウサギを受けとる。気絶しているだけなので、心臓は動いたままだ。
「血抜きするためにまずはお腹を切ってよ。血が吹き出すかもしれないから、最初のひとつきは浴びないようにお腹を横にして持ってやって」
内出血でお腹に血がたまっていて盛大に血を浴びたことがあるので、ずっとこのやり方をしてきた。
「はい」
カルラは慎重にナイフを入れていく。
「そのまま上へ引き上げて」
血が吹き出さないことを確認すると、カルラの手をとって一緒に引き上げた。中の内臓に指が辺り暖かい体温が伝わってくる。
「ごめんなさい」
カルラは謝っていた。たぶんウサギに。
「今日はここまでにしておこうか」
命を絶つ部分を経験すれば、僕の言った「経験する価値がある」はもう終わったも同然だ。
「最後までやります」
気丈にもカルラは続けると言った。僕はそれに応えて最後まで教えたのだった。
◆ ◆ ◆
夕食に塩をふって焼いたウサギを食べてカルラは満足げだ。
ウサギを捌いたショックも美味しいお肉の前には大したことではなかったようだ。
東の洞窟には上着を風呂敷代わりにして運んだ枯れ葉を敷き詰めた。ちょっと大変だったが、途中からカルラが小石をうまいこと使って、枯れ葉を包んだ上着を洞窟の入り口まで運んだので体力と時間を節約できた。
夕方には空が黒く染まってきていた。なんか嵐が来そうだ。
ここは気候の割りには嵐が来やすい特殊な地域なのかもしれない。
風も強くなってきたので、早めに東の洞窟の中に避難する。
洞窟の中はそんなに風が入ってこないようだった。入り口で風が巻いて弱まっているようだ。
「また嵐が来ているのかな?」
カルラがウリ丸を抱きながら不安そうに呟く。ウリ丸はカルラの膝が気に入ったようで、ぐっすり寝ている。
「こうも嵐が続くと救助に来るか怪しいね……」
ザッカーバーグ領から王都までは飛空船で約二週間の距離だ。大半は海の上で救助に来るとしてもかなり大がかりな補給物資が必要になる。
飛空船を使う人はそれなりに身分の高い人が多いので、全く出さないということはないだろうが、困難を伴うことは予想される。
「私はヴォルフさえいれば、ずっとここに住んでもいいのですが……」
僕も魔法が使えないとわかった時点で王都に行く意味もないし、カルラとここで暮らすのも悪くない選択だとは思う。
だけど、カルラはすごい魔法使いになることは間違いないので、出来れば脱出したい。
「魅力的な提案だけど、カルラの両親に婚約の許可をもらわないとね」
「そ、そうですね! そうしないと子供も作れませんし……」
赤くなりながら言うカルラを見て気が早いなあと思った。
「それまではウリ丸を僕らの子供と思って育てようか」
「ウリ丸が私たちの子供……」
「ちょっと毛深いけどね」
そういうとカルラは笑いながらウリ丸を優しく撫でた。
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