189.意義
翌日、ドーラに連れてこられた婚約者たちがそろうと夕方になっていた。
「みんな、長旅お疲れ様。悪いんだけど、少し休憩した後、宰相派の新兵器を鹵獲しに行く」
新兵器は「鉄猪」と名付けた。
砲台を積んでいるようだけど、知的な機能はないようなので、単に固いだけの移動砲台だということで、僕がそう名付けた。
「今回はクララがいないので、レト、ユキノ、ミーでいく。レトは魔工の方も少しはわかるんだよね?」
クララがいれば、鹵獲した新兵器が爆発しないように処理することは簡単そうだけど、今は南ビルネンベルグの説得に向かうバルド将軍と同行している。ちなみにバルド将軍のファンであるアイリもついていってしまった。ちょっと嫉妬を覚えたけど、別れ際のキスでごまかされた。
南ビルネンベルグは危険が少ないと言えども、クララと怪我をしたバルド将軍の護衛としては必要だろう。
「まあ、僕に過度な期待は禁物だよ」
それは分かっているけど。
「ヴォルフ、私が行けばレトは不要です」
「そうなんだけど、クロには別の任務を頼みたいんだ」
クロには次の港町であるヴァッサー港の情報収集を依頼したいと考えていた。ヴァッサーも状況といてはラインと同じなのだろうけど、どの程度宰相派が食い込んでいるのか、僕たちの情報がどこまで伝えられているのか知っておきたい。
「レトだけでは不安です」
クロが理由のはっきりしない不安を口にするのは珍しいことだなぁと思った。
「そうしたら、ウルドを連れて行くのはどうだろう?」
「確かにウルドがいれば、レトが大失敗しても安心です」
「いや、僕も失敗しようと思ってやっているわけじゃないからね。割と真面目にやってるから」
レトは自分を弁解し始める。
「では私はヴァッサーへ出発します」
「ドーラに送ってもらってね」
「はい」
黒はドーラのところへふわふわ浮いて移動していく。もう少ししたらクロ単体で高速移動しそうな気がしてきた。それぐらいクロは急成長している。
「じゃあ、ちょっと休憩したら出発するからね」
レトたちは頷くと、それぞれの部屋に戻っていった。
「さて、僕は鉄猪の場所を特定しなきゃ」
ヤトにもらったライン周辺の地図を見ると、ラインは入り組んだ崖の途中に作られた港のようだ。前世の知識で言えばリアス式海岸というやつだ。その分、海と山の距離は近く、川も多い。
バルド将軍がキャンプしていた平地は、いわゆる台地とか高原と呼ばれる場所のようだ。
よって巨大な鉄猪が隠れられる場所や進軍経路は絞り込まれることになる。
「ヴォルフ、ここの部分があやしいのではないですか?」
隣で地図を見ていたカルラが聞いてくる。
カルラが指さした場所は大きな山や谷を越えなくても北側から進軍できる川沿いだった。
あれだけの重量がある鉄猪が簡単に移動できたとは思えないので、おそらく船か、現地生産されたと思う。船の場合はラインで水揚げされた場合は、ラインの人たちが知っていないとおかしいので、現地生産されたものなのだろう。工廠がどこにあるか知らないが、ラインより南ということは考えにくい。
「僕もそう思う。ここを重点的に調べてみるよ」
「私も行った方がいいと思うのですが」
「カルラはラインの拠点づくりに注力してほしいんだ。宰相派はかなり入念に準備しているだろうから、バルド将軍がラインで足止めを食らった事実を考えると、次のヴァッサーが最初の戦いの場所になる」
そのためにはラインに補給拠点がないと、補給路が長くなって戦争どころではなくなってしまう。現地調達がこの世界の戦争時の基本ではあるが、敵地で現地調達は手間もかかるが、住民の協力を得るのがなり難しい。
「わかりました。ヤトの協力を得ながら頑張ってみます」
カルラのフォローにはソニアやハイジが入る。商人は輸送するのも商売のうちなので、補給経路をうまく策定してくれるだろう。なにせ、ここから王都までの陸路はかなり遠い。補給計画をしっかり作っておかないと、迅速な進軍ができないだろう。
「あと、何かあったらこれでカルラを呼ぶよ。心配しないで」
僕は手に持った小さめのタレットを翳す。
このタレットは自動迎撃機能のほかに、カルラとの通信機能が付いている。
魔法の使えない僕でも使えるようにカルラが工夫してくれた。
「それは強い出力には耐えられませんから、魔力を通し過ぎないようにお願いします」
僕は頷く。
「カルラから貰ったおまもりだし、大事に使うよ」
「ふふふ。嬉しいです」
僕はカルラから貰ったタレットを再び腰に着けたポケットに入れた。
いざというときは、これをおいて逃げればタレットが敵の足止めをしてくれる。妖精王との戦争で使ったタレットより複雑で高性能になっていた。
「じゃあ、もう少し休んだら行くね」
「はい。お気をつけて」
鉄猪の鹵獲方法は一応考えてある。
砲撃はミーの氷でそらすなり、曲げるなりしてもらい、爆発リスクを押さえるために氷付けにしてもらう。念のために爆発したときに備えてユキノに待機してもらい、爆発で飛んできた氷を散らしてもらう。
うまく爆発を押さえ込めたらレトが爆発させる回路を切ってろかくする。
ろかくした鉄猪は、持ってかえって解析し、遭遇戦でどう戦うかの方針を決める。
あと新兵器はコレだけとは思えないので、出来ればあやっている魔法使いも捕らえておきたい。
味方になってくれるかわからないが、あれだけの重い鉄猪を操れるのだから、すごい魔力を持っているのは間違いない。味方になってくれたら非常にうれしい。
そもそも同じビルネンベルグ王国の人なのだから、最終的には宰相を含めてみんな仲間になってほしいとは思っているんだけどね。
僕は出発する前に持っていく荷物を確認しようと思って、ソニアのところへ行く。
ソニアはついたばかりだというのに、ヤトの部下を使って物資の手配をしていた。隣にはバルド将軍のところであった兵士がいる。
「ソニア、忙しいところを悪いんだけど、物資を少し分けてもらいたいんだ」
目的の地点まではゆっくり歩いて二日というところだ。ちょっと遠めではあるものの平地が続くため素人でも旅ができないほどではない。
「いいですよ。とても良いものがあるので、こちらをお持ちください」
ソニアが手にしていた箱には黒い球が入っていた。
「これは……?」
「兵糧丸という携帯食だそうです。パンより重いですが、少量でおかかいっぱいになるとか。私も食べてみましたが、味もおいしかったですよ」
兵糧丸って忍者に携帯食じゃなかったっけ? それがどうしてラインにあるんだろう。
「この兵糧丸は北から来た船に積まれていたものです。おそらくドライファッハかハフステファイアから持ってきたものでしょう。宰相派は戦争になるとしたらラインになると考えていたようですね」
そう言われると、ラインに進軍してきた鉄猪の部隊がすぐに撤退したのも納得できる。彼らは先行部隊としてラインの町に駐留しているバルド将軍を蹴散らすつもりだったのだろう。しかし、結果は思ったようにはいかなかった。
だからすぐに撤退したのだろう。
そして、バルド将軍との戦闘をするフィールドをヴァッサーに定めた。
ヴァッサーまでは十分な準備が終わっているということだと思うので、バルド将軍の軍がおいそれと進軍できない。今はちょっとした硬直状態だ。
でも、鉄猪の増援が来たら、進軍を再開することは目に見えている。
「じゃあ、その兵糧丸を五人十日分欲しい」
「百五十個ですね。少々お待ちください。輸送用の袋とともに持ってきます」
ひとつひとつは小さな兵糧丸だけど、百五十個となるとそれなりの重さになる。誰か手伝ってもらえばよかったな。
あとは水だけど、ミーかユキノがいれば確保できるから問題ないだろう。
「お待たせしました。こちらになります」
そう言って渡された五つの荷物袋はやっぱりかなりの重さだった。兵糧丸がひとつ百グラム程度だとして十五キロだ。それを軽々と持ってきたソニアはどういう構造なのか……。
「お手伝いしますよ。さすがにおひとりでは持てないでしょうから」
「ソニアは軽そうに持ってるよね……」
「これでも米商人ですからね。重いものを持つときのコツは体にしみこんでいます」
そういう問題じゃない気もするけど。
「私に戦闘能力があれば、ヴォルフたちの補助ができるんでしょうけど、今のままだと戦闘になったときに足手まといでしょうから」
僕もそこまで戦闘能力が高いわけではないけど、確かにソニアよりは身を守るすべに長けていると思う。この世界の商人はある程度武術の心得があるのが普通だが、貴族としてある程度のスキルセットを学んできた僕ほどではない。
「ソニアにはもっと重要なことがあるからね。カルラの補助をお願い」
「はい。ちゃんと務めさせていただきます」
僕とソニアは手分けして荷物を宿まで運ぶ。
「ヴォルフは宰相派に勝てると思っていますか?」
ソニアに限ったことでないが、ビルネンベルグ王国をある程度知っている人ならビルネンベルグ海軍の強さや、戦争に長けた兵士たちのことは知っている。僕たちは正規の軍隊と言ってもバルド将軍から借り受けた約三千の兵しかいない。
ビルネンベルグ王国の正規軍がどの程度王都に温存されていたか知らないが、少なくとも三千よりは多いと考えられる。
もちろんそのすべてを倒すことは考えていないが、最悪は自分たちの十倍以上の戦力を相手にすることは考えておかなければならないだろう。
「勝てるとは思うよ。僕はカルラたちの非凡な才能を信じているし。ソニアも含めてね」
「ふふふ。いいですね。私もヴォルフを信じているから不安はないですよ」
ソニアは大きな胸をつぶすようにぎゅっと自分を抱きしめた。
「正直言えば、クロに宰相を暗殺してもらってそのすきに!って考えないでもないけどね」
「あ、それはいい考えなんじゃないですか?」
「うまくいけばね。でも逆に秘密の塊であるクロをとらえられて解析されちゃうと、僕たちの勝ち目がなくなっちゃうから」
「なるほど。戦争とは面倒なものなんですねぇ」
「ふふ。そうだね。戦争なんてしないで話し合いだけで解決した方が、敵も味方も全員が利益を享受できるよね」
戦争なんて生み出す利益を誰が「使う」かの利権争いに過ぎない。話し合いで済めばそれに越したことはないし、公平に振り分ける仕組みさえあれば誰も戦争で得られる利益に執着しなくなるだろう。
そういう話をしているうちに、宿についたので、僕はソニアにお礼を言って別れた。




