187.回復
「ヴォルフ!」
翌朝、宣言通りにカルラが僕の宿に来た。クロを通して進捗を聞いていたが、ドーラを休みなしで飛ばして来たらしい。
カルラもドーラも目の下に隈ができている。
ウリ丸がすぐに見つかったことは幸いだった。温泉にプカプカ浮いているところを捕獲されたらしい。
「無理を押してくれてありがとう。すぐにバルド将軍のところに行くね」
「私も連れていってください」
ウリ丸を受け取ろうとすると、カルラがウリ丸を抱えたまま僕に進み出る。
カルラにとってバルド将軍は愛すべき叔父なのだろう。父親にあたるビルネンベルク王がなくなってしまった今は精神的な支えになっているかもしれない。
なにしろ、一部の例外を除けば王位継承権を持つ人たちはカルラの敵か、関心のないものたちばかりなのだから。
「わかった。夜通し頑張ってもらったところで、悪いけど、もしかしたら回復魔法が必要になるかもしれない。僕は魔法が使えないから、カルラになんとか頑張って貰うしかない」
ブラウヴァルトに居たときに、回復魔法を簡単に使えるようにする儀式はしたが、うまくいかなかった。なぜ失敗したのかはわからなかったけど、この世界では回復魔法の存在を許さないなんらかの力が働いているように見える。
その中の唯一の例外がウリ丸なのだ。あのとき、カルラやシュバイツに食べられなくて本当に良かった。
「ウリ丸、頼むよ」
ウリ丸も寝ていないのか、眠そうな目をしていた。
カルラは宿の外に出ると、僕に向かって手を差し出した。
「急ぎましょう」
なんのことかわからなかった僕はとりあえずカルラの手を握る。
「飛びます」
カルラの言う通りに、僕とカルラが浮き上がる。
「え? どういう仕組み?」
自分で言ってみて思ったが、魔法に決まっている。でも、カルラはともかく僕を支えるタレットはない。でも浮いている。
「タルに教わったのです。触れたものなら生物に干渉する魔法も使えます」
僕が知らないうちにカルラに教えようとしていた魔法は、カルラの努力で習得されていたようだ。まさかここまで短期間でカルラの魔法が上達してしまうとは驚きだ。
「凄いね! カルラって天才じゃない?」
「ふふふ。ヴォルフに誉められると嬉しいです」
嬉しそうに笑うカルラを見ていると、僕もほんわかした気持ちになる。無人島に流れ着いてからそんなに経っていないのに、僕はカルラに随分やられてしまったようだ。
そのままふわふわ浮いていくと、すぐにバルド将軍のキャンプにつく。
陣地の中に入っていくが誰も咎めない。それどころか、昨日案内してくれた兵士を読んできてくれたようだ。
「ヴォルフ! それにカルラ姫まで。バルド将軍がお待ちです」
どうやら、間に合ったようだ。
バルド将軍が死ぬところは想像出来なかったけど、生きていて良かった。
「バルド将軍、ヴォルフとカルラ姫がいらっしゃいました」
テントの中に入ると、早速、ウリ丸をバルド将軍の近くに置いた。そして、ウリ丸にお願いする。
「バルド将軍は、カルラや僕の大事な人なんだ。怪我を直してあげたい。お願いできるかな?」
ウリ丸が僅かにうなずいたかと思うと、ウリ丸の回りに魔術式が展開される。同時に魔方陣も色濃く浮かび上がった。
「これは?」
バルド将軍が目を見開いて起きようとするのて、手で制した。
「僕が見つけた回復魔法を使える不思議な魔物です。何回も助けられました」
「そうか」
バルド将軍は再び体の力を抜いて横になった。ウリ丸の魔法が気持ちいいようで、痛みに耐えていた顔の緊張が緩んでいる。
「おじ様、お休みしたままでいいので聞いてください」
カルラは改まった口調で話始める。
「まずヴォルフを王位継承権一位にしていただいたことを感謝いたします。これでやりやすくなりました」
何がやりやすくなったのかわからなかったけど、バルド将軍も頷いている。
「ヴォルフは南ビルネンベルクを纏めて、王になるつもりです」
あれ、何か勘違いしてないか?
「ちょっと待って。僕はバルド将軍がご健勝ならバルド将軍が王になるのが一番だと思うよ」
流石にこれは止めておきたい。
前世では一般人だし、この世界では魔法の研究しかしてないし、とても国を納められるとは思えない。
「いや、カルラの言うとおり、ヴォルフに譲った方が私もいいと感じた」
それは鉄戦車のことを指しているということは表情でわかった。
「これからの戦争は根本から変わってしまうのは私でもわかる。それを目の当たりにして来たカルラならもっと実感しているだろう。その時に為政者が新しいやり方に着いていけないのでは国が滅びてしまう」
バルド将軍は冗談を言っている雰囲気ではないし、僕もバルド将軍の意見に賛成だ。しかし、新しいやり方がわからなくても、今まで積み上げてきた実績と人脈がある。
実績も人脈もとてもではないがバルド将軍には及ばない。
「ヴォルフは己を過小評価している節があるな? よいか、ヴォルフはすでに妖精王軍という神の軍隊にも匹敵する戦力を退けたのだ。それに宰相派がフリーデンに仕掛けた卑劣な罠もなんなく切り抜けた。それは凡人には不可能なことだ」
僕はそんな風に誉められたことはなかった。
いや、正確にはこの世界に生まれて、魔法が使えないとわかる年齢までは少しは誉められただろう。でも、魔法が使えないとわかると、誉められるよりは可哀想な存在としては扱われる方が多かった気がする。
「カルラを信じろ。ヴォルフはカルラが信頼に値するとわかっているのだろう?」
僕はバルド将軍の言葉にカルラを見る。
まだ少女から抜け出れないあどけなさの残るカルラは、僕をよく支えてくれたと思う。
魔法を使えなかった僕に生きる目的を与えてくれた。それどころか、教えた魔法を使いこなし、僕の想像を越えた使い方を見つけて驚かせてくれた。
それから、僕のようななんの取り柄もない男の子にたくさんの婚約者が出来たのも、カルラという婚約者がいたからに他ならない。
僕は腕に嵌められた腕輪を見る。相変わらず、腕輪は光っていない。
僕はおもむろに腕輪を外す。
そして、ポケットのなかにしまった。
未練がましくいつまでもつけているわけにはいかない。僕には僕のできることをするしかないんだ。
「わかりました。僕はとても非力ですが、幸いにも僕の力になってくれる婚約者がいる。力を借りながら僕はジラフと戦います」
バルド将軍は立ち上がり僕の肩に両手を載せる。その力は強く、すでに重症を負った人のものとは思えない。
「よくぞ言った。カルラの見込み通りだったな!」
「はい。ヴォルフなら絶対に引き受けてくれると思っていました」
「私たちは力はあるが、いまいち戦略というものが分かっていない。それを宰相はうまいこと隙をついて王国を我が物としたのだ。ならばこちらも戦略に強い頭がいるだろう」
「ヴォルフを旗頭に頑張りますましょう!」
叔父と姪で何かをわかりあっている。
なんだろう。このしてやられたんではないか感。
バルド将軍の怪我ってそこまで酷くなかったのかな。
「私はこれから南ビルネンベルクへ説得に向かおう。ヴォルフの後ろ楯を取ってこようぞ」
「あ、それならクララと武装商船も連れていってください」
ラインに来てわかったことは、ビルネンベルク海軍に恐れをなして言うことを聞いている勢力が少なからずいるということだ。
ビルネンベルク海軍を軽々破った武装商船があれば、寝返る可能性は高い。
宰相派の新兵器がまだ鉄戦車だけなら勝機はある。
「ありがたく借り受けよう。それでヴォルフはどうするのだ?」
「せっかくラインに拠点が出来たから、近くにいる鉄戦車をろかくしてみようと思います」
できれば背景に誰がいるのかも突き止めておきたいし。
「ならば、私の軍を預けよう。資金はまだたくさんあるから、ラインが味方になった今なら困ることもないだろう」
やっぱり、ヤトの嫌がらせに困っていたのか。解決できて良かった。
「今日は少し休んで、明日になったら応援を呼びましょう」
カルラはにっこりと笑った。確かにドーラを二晩徹夜させたら、ドーラが死んじゃいそうだ。
「誰を呼ぶのかよく考えておいてくださいね?」
「え、全員じゃないの?」
僕は全員来てもらおうと思っていたのだが、どうもそうはいかないらしい。
「グローセンは占領したばかりですし、誰も居なくなるのは不味いですね」
でも、元々ビルネンベルク王国なわけで、それを考えると、元に戻してもいいような気がする。
「グローセンは戦略上の要所だからな。代官が不在というわけにもいかないだろう」
なんか、戦国シミュレーションゲームのような展開になってきたぞ。
僕はまだみんなのパラメータを把握出来ていないんだけど。
「手堅いところで言えばタルをグローセンに残すのがいいでしょう。タルは文句を言うと思いますが」
「タルとサリーに残って貰うよ。あと護衛を兼ねてナターシャにも」
この三人がいれば大抵のことには対処出来るだろうし、危なくなったらフリーデンに逃げ込むこともできる。
「では、明日に皆をつれてきますね。バルド将軍の怪我が良くなるまではウリ丸を動かせないし、しばらくここで作戦を練ることになりそうだけどね」
なにしろ、僕もバルド将軍も宰相派の新しい情報を持っていない。それをどう集めるかがこれからの課題になりそうだ。
僕はバルド将軍のところにウリ丸を預けて、ラインの宿に戻った。




