186.合流
ヤクの説得はなんとか終わった。ヤクはあの爆発を見ても僕たちがビルネンベルク海軍を破ったとは納得してくれず、ハクのとりなしでなんとか僕たちに協力することにしてくれたようだ。
ビルネンベルク海軍は、他にライバルが居なかったので、伝説的な強さで語られているが、僕たちに新兵器が出来たことで無敵艦隊は僕たちにお株を奪われたといってもいいだろう。
僕たちが気を付けることと言えば、相手も新兵器を使ってくるかも知れないと言うことだ。前世でもイノベーションというのは同時多発的に起きていたし、この世界には僕以外にも転生者がいることがはっきりしている。
今のところはスーにしかあっていないが、そこそこの人数がこの世界へ来ていると思われし、僕が読んでいた異世界転生小説は日本人が多かったが、普通に考えたら世界中の人が転生してくると考えられる。
「バルド将軍が怪我してるって本当ですかね?」
歩きながらクララが僕を見上げて話しかけてくる。
今はクララとクロと一緒にバルド将軍のところへ向かっているところだった。バルド将軍の軍隊はその人数から港町に入ることは許されておらず、町の外にある平原でキャンプしているらしい。
将校ぐらいは町の宿に泊まっているかと思ったら、バルド将軍が自ら兵とともに野営すると言いはじめて、全員が野営しているそうだ。ありそうな話だね。
しかし、怪我しているのに安静にしていなくてもいいんだろうか。あの人は常識から外れたところにあるし、僕としてはそんなもんなのかな?ぐらいにしか思わなかった。
「あれですね」
町から少しだけ歩くと、テントがたくさん張られている陣地があった。まだ戦闘が発生するような地域ではないので、塹壕や馬防柵は設置されていない。
「近くの兵士に聞いてみようか」
いきなり陣地の中にいれてもらえるとは思えず、とりあえず、手近な兵士にバルド将軍に伝言できないか聞いてみることにした。
「すみません。バルド将軍に伝言をお願いしたいのですが」
「ん? もしかして名将ヴォルフではありませんか?」
目の前の兵士は少し良さげの鎧を来ているが、僕を知っているとは……。っていうか、「名将」ってなんのことだよ。
「確かにヴォルフですけど……」
「お待ちしておりました。カルラ姫から鷹便が来ており、話は聞いております。さあ、バルド将軍がお待ちです」
兵士は僕たちを陣地の中にある大きめのテントに案内してくれた。
ここまで話がスムーズに進むとは思ってみなかったが、カルラから話を聞いていたわりには港町に迎えが出てこなかったし、僕たちの騒動にもビルネンベルク軍の兵士は出てこなかった。
もしかしたら、バルド将軍が率いるビルネンベルク軍と関係があると知られるとラインが宰相派に海軍を送られて港を封鎖されると考えたのかもしれない。
今はそんな危険はないとわかっているので、ヤクも場所を教えてくれたのだろう。でも、クロに探してもらえばすぐにわかったかもしれないな。
「バルド将軍。ヴォルフをお連れしました」
「入ってくれ」
バルド将軍に熱烈な歓迎を受けるかも思ったが、弱々しい声がテントの中から聞こえてきただけだった。
「入ります」
兵士に続いて中に入っていく。
中には簡易的な寝台があり、そこにはみ出そうになりながらバルド将軍が横たわっていた。
「ヴォルフです。しばらくぶりです」
「よく来たな。カルラから話は聞いている。支援を感謝する。しかし、」
バルド将軍が身を起こすと、今まで見えていなかった右半身に包帯がわりの布が巻かれていた。傷はかなり深いようで、血糊で赤黒く染まっている。
「この身では王都に居座る者共を一掃するにはちと力が足りなくてな。どうしようか途方に暮れていたところだ」
それは僕も途方にくれる。バルド将軍を旗頭に王都奪回を目論んでいたのに、これではプランBを作るしかない。
「ヴォルフがここに来たのも何かの縁だ。私がビルネンベルク王に代わってヴォルフに王位継承権を授けよう」
「少々お待ち下さい。準備してまいります」
兵士が席をはずすと、バルド将軍と僕とクララ、クロだけになる。
暗殺とかの心配はしていないようだ。それだけ僕たちを信頼してくれているのだろうが、この状態のバルド将軍をひとりにしない方がいい気がするのだけど。
みんな、バルド将軍が強すぎて護衛するということを忘れているのだろうか。
「少し、突っ込んだことを聴いていいですか?」
「ああ」
「そのお怪我はどのようにして負われたのでしょうか?」
あれだけ強かったバルド将軍が怪我をするのは異常事態だ。妖精王との戦いで負った傷にしては新しすぎるように思えた。
「ここで足止めを食らっているうちに、宰相派の貴族が新兵器を携えて攻めてきたのだ。それを破壊するときに負った傷だ」
新兵器!
やはり、宰相派も新兵器を持っていたようだ。まだ転生者が作ったとは限らないが、宰相派がクーデターを起こす後押しになったのは間違いないだろう。
宰相派がクーデターを起こすにはいくつもの条件が必要だ。バルド将軍が王になってからの方がやりやすいことだってある。もっとも、それはバルド将軍に見抜かれて役職などを剥奪されなかった場合に限るけど。
それでも、こんなに急に事態が進んだのは間違いなくバルド将軍に勝てる状況になると踏んだからではないだろうか。
「どんな新兵器だったんでしょうか?」
「あれは岩のように硬い戦車だった。全面に鉄が張り巡らされ、中から魔法を放ってくるのだ。その上、凄い速度で移動するから苦戦した」
「叩いたら爆発したんですか?」
「ああ、中に魔法使いがいると思っていたが、無人だった。あのようなアーティファクトがあったとは不勉強であった。爆発は魔力が暴走したときのようなものだったが、私の怪我はそのときに飛んできた鉄が刺さってできたものだ」
この世界の戦車とは、馬車みたいなものなのだが、引っ張る都合上、どうしても木製になる。バルド将軍に刺さるほどの鉄の破片が出来るとすると、全部鉄で出来ていたとしてもおかしくないだろう。
かなりの重さの鉄を量産できる体制。さらにそれを実戦投入できる技術力。どちらも僕の知っているこの世界の話ではない気がする。
この世界でも鉄はある程度生産されているが、それでも戦車を実戦投入するぐらいとなると桁が違う。
「何台ぐらいいたのですか?」
「ふむ。ヴォルフは新兵器に驚かないのだな」
バルド将軍は僕を見据える。この瞳の前に嘘は無駄だと感じた。
「はい。大きさは違えども、僕たちも似たような新兵器を作っています。クララ、タレットを出して」
このためではないが、護衛としてついてきてもらったクララにタレットを出して貰う。
クララは腰に着けたポケットから二つタレットを取り出した。
「それが私が戦ったアーティファクトと同じものか?」
見た目からすればとても信じられないが、無人で運用できる砲台としては全く同じ機能を備えている。
「後で御覧に入れましょう。それよりも話の続きをお願いします」
「わかった。何台あったのか?だったな。台数は十台もなかっただろう。被害が大きくなる前に私が対応しようと思って、最初の一台を壊したところで他のアーティファクトはすべて引き上げていった。それが三日前のことだ」
三日でここまで回復することにも驚きだ。また一台壊されただけで撤退した点と、破壊と同時に爆発したことを考えると、この戦車は簡単にコピーできるもいうことだろう。
もちろん、クララが作ったタレットもコピーしようと思えば出来るだろう。しかし、どう運用するかが問題なわけで、今のところは船につける砲台の代わりか、カルラが空中に浮かせて使うか、地面にばら蒔いて面制圧するかぐらいしかない。
宰相派はそれを誰かが操るリモート運用にしていると思われる。そして、自重がある鉄でできた戦車は浮かすにはいたらず、前世の戦車と同じように運用したのだろう。
「鉄戦車を操っているものに心当たりはありますか?」
「いや、あそこまで大きな塊を動かすことが出来るものとなると、見当がつかないな」
僕の婚約者の中では割とたくさんいるのだが、ビルネンベルク王国に限らず、普通はそこまで魔力の多いものはいない。
転生者のような人物に心当たりがあるか聞きたかったが、それはやぶ蛇になりそうなのでやめておいた。
「それにしても傷の治りが早いですね。重症でしたでしょうに」
「ははは。それだけが取り柄だからな!」
「戻りました」
ここに案内してくれた兵士が何かの巻物を携えて戻ってきた。
「では、王位継承権の授与を行おう」
あれ、そう言えば、そんなことを言っていたような……。僕が貰っても問題ないんだろうか。
「この度の功績を認め、王位継承権一位に叙する」
意義あり!
心のなかでそう思ったけど、言えるような雰囲気ではない。無言の圧力がある。
「私はもう長くない。私の代わりにビルネンベルク王国を守ってくれ」
そういうことだったのか。
僕は事情を察する。しかし、そこで素直にうなずく気もなかった。
「もう少しだけ踏ん張れますか? 僕がバルド将軍を直して見せます」
「何かのよい薬でもお持ちですか?」
兵士の人が聞いてくるが、僕は首を降る。
「薬ではありませんが、傷を癒してくれる魔物を知っています。ここに連れてくるまでに少し時間がかかりますが、その位の重症でも回復に向かうでしょう」
僕はクロに向かう。
「カルラ、聞いていたら無人島に戻ってウリ丸を連れてきて」
「すでに出発しているそうです。明日の朝にはラインに連れてくるとのこと」
クロからの返事に安心する。
「明日の朝にまた来ます。王位継承権は治ってからまた考えてください」
僕はバルド将軍から巻物を受け取って、側の台の上に置いた。
「いや、これは受け取ってくれ。もし、私の怪我がなおれば王位継承権一位の責任においてジラフを討つ。ヴォルフの言うことを信じないわけではないが、これは保険なのだ」
僕は少し考えて受けとることにする。重いバトンではあるが、これはバルド将軍からの信頼の証なのだ。
「わかりました。受けとりましょう。しかし、安心はしないでください。ビルネンベルク王国を守るのはビルネンベルク王家がなさねばなりません。必ず傷を治すと強く念じてください」
病は気からという。怪我も気力がないと治りが遅くなると聞いた。迷信かどうか僕は知らないが、僕にバトンを託して安心されると困るので念を押しておいた。
「わかった。私も王になるのだからな。兄のように強くあるようにしよう」
バルド将軍に挨拶すると、巻物を持ってテントを出た。
「ヴォルフが次の王に……」
クララが妙に感心しているが、王位継承権は今の王が亡くなったときに一位だったものが効力を発揮するもので、バルド将軍が助かればそのうちに順位も入れ替わるだろう。
「暫定だけどね。バルド将軍は回復するだろうし、僕が次の王になることはないよ」
ラインに帰るまでにはクララの熱も覚めているといいなあと思った。




