185.雪原
雪はまだ降り続けている。ハクにはダメージがないといっていたのに降り続けているのは、ユキノに何か考えがあるのだろう。
僕はユキノをけしかけたことを少し後悔していた。
魔法戦は一歩間違えば命を失うような大ダメージを受ける。ユキノは妖精だから人間なら死んでしまうようなダメージを受けても妖精界へ帰るだけだが、妖精界から帰ってくるには多くの時間が必要になる。
それこそ、僕が生きている間に帰ってくるかわからない。ユキノは成り行きで僕の婚約者になったが、最近は僕との関係が変わってきたように思う。
「さっきから雪ばかり降らせて、それしか脳がないのかしら? それならうちから贈り物をあげるよ!」
ハクは頭上に両手を翳すと、一瞬にして巨大な火球が出来た。赤く見えることから温度はそこまで高いわけではなさそうだ。
「まずは小手調べね。こんなんで死なないでちょうだい!」
ハクがユキノに向かって投げつけると、火球は轟音を上げて飛んでいった。
僕の焦りをよそにユキノは冷静で、手を人ひとふりすると、火球は急速に勢いを弱めてユキノに届く前に消えてしまった。
「やるわね! それなら最大限で撃っても大丈夫そうね!」
ハクは再び両手を翳す。
しかし、火球は出現しない。
「あ、あれ?」
「魔法戦は場を支配するところから始まります。対火魔法戦ならなれたもんです」
ブラウヴァルトではユキノのいた北の妖精は戦争に駆り出されることが多いのだから、火の魔法を使う魔法使いとも戦いなれているのであろう。
対してハクは、ヤクが戦争に出すはずもなく、常に一対一で戦うことが多かったのだろう。だから、場を押さえるという概念はなく、力押しで事がたりたのだと思う。
でも、正直言うとユキノがここまで考えた戦術を取るとは思わなかったよ。いつもなにも考えずに行動しているものだと思っていた。
「では、アテからもプレゼントしましょう」
ユキノは周囲に積もった雪を舞い上げる。雪吹雪の竜巻が二人を覆った。
「火の魔法を使えるからと言っても無限ではないでしょうから、この寒さは体の芯に答えるでしょう?」
雪吹雪は激しく二人の姿は見えない。
「ハク! ハク! 大丈夫か!?」
ハクの声が聞こえなくなったのか、ヤクが呼び掛ける。
これは勝負がついたような気がする。流石、北の妖精の中でも一番の実力者だ。
もう止めた方がいいだろう。
「ああぁ!! 鬱陶しい!!」
ハクがいた辺りから炎が吹き上がる。それと同時に吹雪が打ち消された。
「場を支配? そんなもん圧倒的な力の前には、なんの役にも立たないわよ!」
ハクも脳筋なのか。
ビルネンベルクの女の子はみんなそんな人ばかりだな。
「ユキノ、知らないなら教えてあげる。これがうちの力よ」
白く輝くような炎がハクから放射状に広がる。ある程度まで広がったところで、それは留まり、まるでオーラのように輝いている。
「この炎は純粋な熱なの。ユキノの偽物の熱とはちょっと違うわよ?」
ハクの挑発にユキノは涼しい顔だ。
「熱いだけじゃ、アテには勝てません。もっと頭を使いなさい」
いつの間にかユキノの足元に氷がはっていた。氷はそこまで大きくないのだが、氷をユキノが作るということに驚きを感じる。
「熱さは貯めておけない。この世のものはすべて冷たいのです」
ユキノの言うことは尤もで、熱は上限がない代わりに、貯めておくことが出来ない。
それは熱が高くなるとどんなものでも気体になって発散してしまうからだ。
しかし、冷たいものはその温度を個体の中に閉じ込めておける。表面積が小さければ熱は逃げにくい。氷が溶けにくいのはそういう理由があるからだと異世界小説で読んだ気がする。
「世の中には炎をも凍らせる雪があると知りなさい!」
ユキノの足元の氷が急激に成長する。
それは広場全体に広がったかと思ったら端から持ち上がり、ドーム状に覆った。
透き通った氷の中で、ユキノが腕を降ると、氷は一瞬にして砕け散り広場全体に降り注ぐ。
「きゃあぁぁ!!」
「ハクっ!」
ハクとヤクの悲鳴が響き渡る。ユキノは更に腕をふり、炎の温度が下がって赤くなっているハクに吹雪を当てた。
ハクはがくりと膝をつく。
「ま、参りました」
肌に霜が降りたかのように白く雪がついていた。ハクはもう魔力が切れたようで、自力で雪を振り払う力もないようだ。
「ユキノ、氷をとってあげて」
「はい」
ユキノが腕を降ると広場の氷は一掃された。ハクについていた雪もきれいになくなる。
「これでハクもヴォルフの婚約者です」
ユキノの声にヤクが体を固くする。顔は絶望に満ち溢れていた。
ヤクがハクを僕の婚約者にするとか言い出したんでしょうが!
どうもヤクはハクが負けるとは思っていなかったらしい。大方、ハクに負けるようでは嫁にはやれませんな!とか言って断ろうと思っていたんだろう。
「それよりハクは大丈夫?」
僕はユキノを伴ってハクの近くへ駆け寄る。
少しがくがくと震えているが、顔色が悪いということもなく、大丈夫なようだ。
「ユキノは強かった。うちもユキノのように強くなりたい」
「アテは実戦で鍛えられた口ですが、ヴォルフと一緒にいればもっとすごい婚約者たちと一緒に実戦に参加できます」
どういう勧誘方法だよ……とは思ったけど、以前と状況が違う。僕たちも本格的に戦争に参加していかなければならない時が近づいている。戦争に参加するぐらいの覚悟は欲しい。
「望むところ。うちはヴォルフの婚約者になるわ」
「ちょっと待て。ハクはジラフ様に輿入れが決まって……」
ヤクは滑らせた口を押さえる。
「ヤクは忘れているようだけど、僕はこの港を占領するからね? ジラフへは事実上の宣戦布告になると思うよ」
ヤクが言っていたことが全部嘘だとわかったので、僕も遠慮はしない。ユキノに負けたとはいえ、ハクはよい魔法使いだ。魔力も多いし、使える魔法の種類も多い。
ジラフへ渡したらかなりの驚異になることは間違いない。
「しかし、我々はビルネンベルク海軍に目をつけられたら、まともな商売など望めなくなります」
確かに湊町として栄えてきたラインはビルネンベルク海軍に目をつけられたら商売上がったりだろう。
「そのビルネンベルク海軍ならクロとクララが沈めてきたわよ」
ハイジがなんでもないことのように言うと、ヤクはさらに絶望が深くなった表情に変わった。
「ジラフ王は海戦で負けなしなのです! 海戦王の怒りを買いますよ!」
ヤクの心配する内容を聞いて僕はなるほどと思った。
ジラフは実質ビルネンベルク以外に敵がいない状況になっている海戦で名をはせて王位継承権をあげたのだろう。
宰相は頭が回る。
バルド将軍を活躍しにくいフリーデンとの戦いへ送り出し、自分の子飼は安全地帯でリスクなく育てる。
「ヤクに教えてあげなさいよ、クロ」
ハイジが命令すると、クロが僕の肩から浮き上がる。
なんか、すっかりハイジの子分みたいな扱いになっている。
「ヴォルフ、レーザーは機密兵器なので人前では威力を押さえておいた方がいいでしょうか?」
クロの方がよく考えてるよね。
「いや、この辺でレーザーの威力を見せて噂を流してもらおう。僕たちにはレーザーのさらに上の兵器もあるからね」
レーザー自体はライトニングボルトという魔法に良く似ているので見せたところで「すごい威力のライトニングボルト」としか思われないだろう。
単なるライトニングボルトと違うところは自動標準に、無人運用というところだろう。つまり、僕たちはタレットによる機雷運用で制海権を握れるのだ。
「では、派手にやりましょう!」
クロは両手を前に出す。
「来たれ! 時代を変える玉子たち」
どこに準備していたのか、タレットが無数に現れ、クロの回りを浮遊している。
「目標! 広場中央。撃て!」
タレットからレーザーがいく筋にも発射される。普段は連射を可能にするために、威力を押さえているのだが、今回はタレットが耐えることが出来る最大出力で放ったようだ。
急速に光が収縮して、エネルギーが一転に収斂していく。
「伏せろ!」
僕は危険を感じて思わず叫ぶ。
次の瞬間、広場中央が噴火したかのように大爆発した。
みんな、僕の声のお陰か直撃は避けることが出来たようだが、あまりの爆発に驚愕していた。
「見ましたか! これがヴォルフに逆らったものの末路です!」
ビルネンベルク海軍と戦ったときもそこまでやってないし、僕の意思でもないのだが、なぜか僕がやったことにされてしまう。
「クロ、やり過ぎ……」
僕の呟きは、喧騒の中、クロに届くことはなかった。




