184.到着
リーベスヴィッセンを出てからはビルネンベルク海軍に出会うこともなく、シュティレンの最南端の港についた。
シュティレンは南北に長いため、港も三つあるらしい。最南端のライン港はリーベスヴィッセンからの荷物を運び入れる最初の港ということで、まだ賑わっていた。
僕たちがグローセンから来る最後の輸送船になるので、これから暫くは北からの荷物を取り扱うだけになるだろう。
バルド将軍と宰相派の戦いが長引けば、北からの荷物もなくなるかもしれない。
「バルド将軍はこの港で足止めをされているはずです。昨日の鳩便の手紙にそう書いてありました」
ここでも鳩便である。この世界の鳩はなかなか凄い性能を有しているらしい。前世でも鳩レースというものがあったが、あれは自分の家に帰るものだったと記憶している。
海の上の指定された船に鳩が飛んでくるのはどういう仕組みなのだろう。
「とりあえず、バルド将軍を探そうか」
「それだったら、ラインの商人を纏めている人がそこにいるから聞けば分かるわよ」
ハイジの指差す先には小さな人がいた。
背の丈は僕の腰ぐらいで、髪は緑色をしている。髭などはないが、人間の子供というには微妙な頭身をしていた。
「グラスランナーのヤクと申します。ライン商人組合の頭取です。はじめまして、ヴォルフ」
丁寧にお辞儀をすると、低い頭の位置がさらに低くなった。
僕はヤクと同じぐらいになるように屈んで挨拶をする。
「僕はヴォルフ。今回はバルド将軍へ援助物資を持ってきました。早速ですが、バルド将軍はどちらに?」
ヤクは肩を竦める。
「はて? バルド将軍とはどなただったか……」
僕はハイジの顔を見た。
「こういう奴なの。のらりくらりとかわすのよ」
こいつにバルド将軍は足止めを食らっているのか。ちょっと手強そうだ。
バルド将軍が強行手段を使わないわけがないと思うけど、どういうかわし方をするのか気になるのでちょっと脅してみよう。
「あまり、協力的ではないようだ。僕はつい一週間ほど前に都市をひとつこの手に納めてきた。ここをそうするつもりはなかったが、占領して無理矢理にでも協力してもらうことも出来るんだよ?」
僕はニヤリと笑った。
「もちろん、邪魔な人には砂糖の角を用意しましょう」
これはザッカーバーグ領の言い回しで前世で言うところの「豆腐の角」である。つまり、あり得ないことが起こりますよ、という警告である。
何か具体的に事を起こすつもりはないので、適当な脅しだけなんだけど、ヤクはどうでるのか。
「おお、それは願ったり叶ったりです。私も年を取ってシュティレンの領主との交渉も骨がおれていたところです。ヴォルフが納めてくれるのなら私の娘を嫁に貰っていただければ役に立つでしょう」
そのパターンで来るとは思わなかったよ。うしろでユキノが声をあげて笑っている。
僕は困った顔をした。ヤクは満面の笑みを浮かべた。
「僕はこう見えても婚約者をすごく多く抱える身なんだ。その辺の女の子じゃ僕の婚約者には出来ないよ」
「なにをおっしゃいますか! 私の娘は器量も良いし頭も回る。それに魔法だって使えるのです! その辺の女には負けません!!」
ヤクにとっては自慢の娘だったようで、僕に唾が飛んできそうなほど、捲し立てた。
「そこまで自慢の娘さんなら、ここにいるユキノと魔法比べをしてみたらどうですか? ユキノは妖精ですが、グラスランナーなら遜色ないでしょう」
グラスランナーがどの程度魔法を使えるか知らないけど、ユキノに勝てるぐらいの魔法使いなら喜んで婚約者の中に加えたいと思う。
カルラも喜ぶだろう。ハイジは苦い顔をしているが。
「いいでしょう! 妖精などこてんぱんにしてやりますよ」
ヤクは元々血の気が多いタイプなのだろう。しかし、町の代表を勤めるようになって、自分を押さえることを学んだらしい。
それでも娘のことになると地が出てくるようだ。ビルネンベルクにはこういうタイプの人が多い。カルラもそんな感じなんだよね。
「じゃあ、ユキノ。お願いね」
「最近、妖精使いが荒くないですか?」
ユキノはものすごく面倒そうな感じだった。
「もう一度ゲオルグのところへ戻してもいいんだよ? いや、妖精王のところで修行してもらうという手も……」
「ヴォルフはアテを脅せば言うことを聞くと思っていますね?」
う、確かにそうも思っていた。ユキノは僕にとっては比較的扱いやすい妖精だと思っていたんだけど、そこを見透かされていたとは。
「妖精王のところへ送られるのはいやなんで、やりますけど、脅さなくてもいいですよ」
あれ。なんかユキノの感じが違う。
急にデレたような……。
「さて、ヤク。ご自慢の娘さんをアテに紹介してくださいな」
ユキノはふわりと雪を纏わせる。陽光に反射してまるでユキノが輝いているのように見えた。
「なんか、ユキノが強そうですね」
「アテもたまには本気を見せてあげないとヴォルフに愛想をつかされそうですからね」
そして、僕の方を向く。
「ヴォルフ」
「ん?」
「アテにほれてもらいましょう。覚悟してください」
ユキノがふふと笑いを漏らす。
「出来るものなら」
僕もそれに不敵な笑顔で返した。
「港では魔法使い同士の戦いは遠慮していただいているので、こちらへどうぞ」
ヤクは僕たちを戦いの場に案内すると共に、自分の部下に命じて娘を呼びにやったようだ。
「バルド将軍にも見てもらった方がいいんじゃない?」
バルド将軍には婚約者がいないし、もしかしたらヤクの娘をもらってくれるかもしれない。
「バルド将軍の目には止まりませんでしたので、お構い無く」
考えてみれば、ヤクの身長を越えているということはないわけで、バルド将軍と比べたら犯罪になっちゃうかもね。
いや、僕もヤバイ気がするぞ。
「ヤクの娘は」
「ハクともうます」
「ハクはさ、どれくらいの身長なの?」
「私と同じぐらいです。ご心配していることはわかります。ハクとヴォルフで子をなすことはできますよ。ご案内ください」
僕が心配していることはそこじゃないんだが、勘違いしたままでいてもらおう。僕もあまり考えたくない。
「つきました」
ヤクの案内で来たのは小高い丘の上だった。そこもまたブラウヴァルトで魔法戦をした場所のように開けている。
まわりはそこそこの草があるのに、ここは本当に剥げたままだ。
「ハクはここで数多の挑戦者を退けてきました。降参するなら今ですよ?」
回りのようすからするとハクは火の魔法を使うと思われた。そうでなければここまで何もないという状況にはならないだろう。
ユキノに取って相性の悪い相手だ。
火は魔力さえあれば理論上、上限温度はない。対して、ユキノが得意としている雪の魔法は、絶対零度という下限が存在している。
同じ魔力でもユキノはその魔力の大きさを最大まで活かせないのだ。
「お待たせしたの。うちの挑戦者はどなた?」
ハクが現れた。
ヤクと同じぐらいの背で僕の腰ぐらいしかない。髪は緑色をしていて、お団子で頭の上に止めていた。
手には魔法使いが使うような杖を持っている。普通魔法使いは腕輪を使うのだが、ハクはなにか特別な魔法を使うのだろうか。
「アテです。ユキノと言います」
ユキノが前に出る。威嚇するようにハクを上から見下ろしている。ハクは負けじとユキノをにらみ返す。
これ、格闘技の試合前にメンチを切る人たちと同じだ。最初に目線をずらした方が負ける。
「うちはハク。ユキノには悪いけど、うちはこれでも負けたことないから」
ハクは背が小さいから相手が舐めてかかることも多いのだろうが、実力もちゃんとあるのだろう。そうでなければユキノに忠告なんてしないはずだ。
「アテも負けたことはありません。魔法を生まれたときから使えるというのがどういうことか教えてやります」
「楽しみね」
そして、二人は広場の端に別れる。
「お互いに死んでも文句は言わないでくださいよ。でははじめ!」
ヤクの掛け声で魔法戦が始まる。
先手はユキノのようで、辺り一面に雪が降り始めた。
「雪はすべてを包み込みます。それがなんであれ」
雪の言葉通り、雪はすぐにつもり始めた。普通、最初の雪は暖まった地面で溶けるはずだが、ユキノが降らせた雪はひとつも溶けていないように見える。
「雪がどうしたの?」
ハクを見ると髪の結びがとけて、赤くなっていた。それは陽炎のように揺らめいている。ユキノの雪はひとつも積もっていなかった。
「あら、アテの最上級の魔法が効かないなんて」
ユキノはびっくりしたいるようだ。これのどこが最上級の魔法かわからなかったが、少なからずショックを受けているように見える。
大丈夫かな……。
「ユキノ、頑張って!」
ユキノは僕の声援にハクを見たまま大きく頷いた。




