183.地上
地下書庫の出入り口は厳重に封鎖されているかと思ったら、町の中にある小屋の中に出たようだ。
「へえ、こんなところに繋がっていたんだね」
レトが呟くところを見ると、どうも地下書庫の詳しい出入り方法は秘密にされているようだ。膨大な書物があるから目的のものを探すのは難しそうだけど、時間かければできないことではないからね。
それでも、秘密の入口だけで、兵士が守っていないところを見ると、盗まれたところで大したことはないと図書館都市側が考えているようだ。
住人が全員魔法使いという特殊な状況下にあっては、魔法使いの端々まで目を光らすわけには行かないのだろう。
「急いで船に戻らないと。クロはひと足先に戻ってハイジに伝えてくれる?」
「わかりました。ヴォルフ」
クロはふわふわと飛んでいった。僕たちは道を歩いて一度大きな通りに出る。
そして、図書館と反対に歩いていけば、やがて外周に出る。そこを海の方へ歩いていけば港につくはずだ。
「レトは近道知ってる?」
「いや、知らない。僕は図書館以外に行くことはあまりなかったからね」
魔法の研究に没頭していたらそんなものかな。僕もサバイバル訓練に駆り出されるとき以外はあまり屋敷の外に出なかったし、ザッカーバーグ領の地理に明るいとも言えない。
「ヴォルフはこのままリーベスヴィッセンを離れるのかい?」
「そのつもりだけど……」
まさか連れていけとか言わないよね? そんなことになったら、ものすごくハイジに怒られそうなんだけど。
「僕を一緒に連れていって貰えないかな? 何を隠そう僕はやんごとのない身分でね。図書館都市の統治を命じられているんだが、王都では宰相が王位継承権を無視して次の王を立てたというじゃないか。僕はそれが許せなくてね。バルドに味方したいんだ」
レトがバルド将軍に味方したら足を引っ張る姿しか見えないけど、連れていってもいいものかな。やんごとのない身分でリーベスヴィッセンの統治を担当しているぐらいなんだからそこそこの身分のなのだろう。
「もしかして、バルド将軍の婚約者とか?」
「あははは。違うよ。僕は第二王女さ。ちょっと王都でやらかしてリーベスヴィッセンへ飛ばされちゃったけど王位継承権十位なのさ」
僕はレトを置いていこうと決心した。カルラは第三王女だし、万が一にもレトと婚約しなければならなくなったら色々ややこしそうだ。
「レトは瞬間移動の魔法があるから、僕たちの船に乗る必要なんてないのでは?」
「それは無理だよ。僕の魔力ではそこまで遠くに跳べない。カルラなら王都までだって余裕で往復出来るだろうけどね」
レトはカルラの魔法の素質が分かっていたらしい。結構仲良かったのかな?
「カルラを知っているの?」
「おいおい。いくらリーベスヴィッセンへ飛ばされたからといって僕は第二王女だぞ。妹を知らないわけないじゃないか」
正直、僕は王族がどのように育つのか全然知らなかったので、ふたりが知り合いということを知って少し安堵した。
「僕はカルラと婚約しているんだ。もちろん、前の王の許可をもらった訳じゃないけど」
「その辺は気にする必要はないよ。カルラが選んだのなら、死んだ父もお許しになるだろう」
やはり、ビルネンベルク王はなくなられたらしい。内乱の原因は王の崩御で、フリーデンへの攻撃はバルド将軍と相討ちを狙ったものだったようだ。
「ヴォルフはリーベスヴィッセンに寄ったということはバルドに物資を届けるのだろう? 僕もつれていってくれよ。もし僕の体が欲しいのなら処女でよければお相手するからさ」
「え、いらない」
「ちょっと! 割と勇気がいる告白だったんだぞ! その断り方はないだろ!!」
告白には聞こえないよね。どう考えても冗談にしかきこえない。
「リトは僕についてくるということはどういうことか分かる? 僕は今さらカルラを差し置いてリトを第一夫人なんかにしないよ?」
「ああ、そんなことか。それなら気にするな。僕は何番目でもいい。なんなら愛人だって構わないぞ。なんといってもカルラは僕なんかよりも王位継承権をあげるだろうからね」
ビルネンベルク王家の基準がだんだんわかってきた。
ひとつは同性の場合、王位継承権で序列が決まる。
男性の場合は婚約者や妻の数で序列が決まる。だからカルラは僕に婚約者を増やしたがっているのだろう。
「悪い話じゃないだろう? 僕は瞬間移動以外にもそこそこ役に立つ魔法を使えるよ」
「例えば?」
「メテオーアだね」
ビルネンベルク王家はメテオーアしか教えないの?
カルラもそれしか使えなかったが、宰相が邪魔しているというより、ビルネンベルク王がそれしか使えなかった疑惑があるな。
「もしかして」
「皆まで言うな。僕もわかってるんだ」
リーベスヴィッセンに来て流石に魔法使いの現実に気がついたらしい。
「レトには先に言っておくけど、カルラはすごい魔法使いになってるからね。多分一対一で戦ったらカルラに勝てる魔法使いはいないぐらい」
レトはちょっと意外だという顔をした。
「カルラがいれば、一国吹っ飛ばすのは簡単だろ?」
何言ってるの、この姉妹。
「ビルネンベルク王家は、戦争に勝てばそれでいいの……?」
「勝てば王位継承権があがるしな。むしろ戦争するなら目的はそれだけさ」
為政者として失格だろ。よかったよ、僕はレトに先に会わなくて。魔法使えていたら、絶対にリーベスヴィッセンに来ていただろうから、使えなくて本当に良かった。
「その辺がカルラとは違うね。カルラは戦争をしない国を作りたいと言ってたよ。僕もその考えに賛成している」
リトは僕の言い分をもっともだと頷いた。
「昔は戦争なしじゃ国が成り立たなかったんだろうけど、今はそこまでじゃないからね。僕もカルラの考えに賛成するよ。元々、戦争なんてやりたくないし。働いたら敗けだよ」
このものぐさ王女と婚約したら負けな気がした来た。
「なんか失礼なことを考えてるね、ヴォルフ。僕は怠け者なんかじゃないよ? だって王女でありながら、平民には頭を下げたし、魔法だって開発したしね。割と働いている方だよ」
問題はこれから先に働く気があるかどうかである。
これからカルラの理想を実現していく上で、レトは手伝ってくれる気はあるのだろうか。
「僕はこれから戦乱の中に入っていく。レトが望むような平穏な生活はさせてあげられない。それでもいいの?」
「悩むね……」
悩むのかよ!
「ヴォルフは戦乱の中に入るつもりなんてないんだろ? 僕はヴォルフのことを買ってるからさ。平穏な生活が送れる方にかけてヴォルフについていくだけさ」
レトの言い回しは気になったけど、さっきの告白の例もあるから多分照れ隠しなのだろう。
「なら大丈夫かな。レトをバルド将軍のところまで連れていくよ」
「よし、これで久々にメテオーアをぶっぱなせるね! 燃えてきたあ」
バルド将軍が困っているのは絶対にそんなことじゃない。メテオーアで解決するようなことじゃないぞ。
レトもビルネンベルク王家の血をひいているんだなあ。
「メテオーアは当面禁止ね。新しい魔法を教えてあげるから、そっちで活躍して」
地形が変わるような魔法をそう簡単に撃たれてたまるか。
「わかったよ。でも、メテオーアが必要なときは遠慮なく言ってくれ。カルラも喜んで撃つだろう」
確かに喜んで撃っていた気がする。
「わかった。その時はお願いするね」
僕がそう返事をすると、港に停泊する船が見えてきた。
「ヴォルフ! 船の出港準備が終わってます! 急いで!」
クロがふわふわと近づきながら叫んだ。
僕たちは慌ただしく走りながら船に向かって走った。
◆ ◆ ◆
そして、何故か船室に正座させられている僕がいる。正座しているのは僕だけだ。
「全く。婚約者を増やすのは帰りだと言ったでしょ!」
ハイジのお小言にうしろでなぜかうんうんとうなずいているレト。
「まあ、間に合ったんだからいいじゃないですか」
正座をせずにハイジの後ろにいるクララが僕を擁護する。
なんで僕だけが正座をしているのか、未だにわからない。
こういうのって、一蓮托生なんじゃないの? そう思うのは僕が日本人だから?
「そうやって、ヴォルフを甘やかすと、ヴォルフひとりで行動しはじめるわよ? そこでヴォルフに何かあったらカルラに殺されるんだからね!」
殺しはしないと思うけど、怒りはするかな。
「大体、レトって第二王女じゃない! この短時間でそんな大物を婚約者にしてくるとか、正気じゃないわ!」
ハイジのおっしゃる通りですね。僕も狂気じみてると思います。
「ヴォルフは凄いです」
クロの感想を聞いてハイジが睨み付ける。
「凄いけど、弱いのよ? そこをちゃんと考えてよね?」
「クロが守ります!」
「そんなのクロだけじゃないわ。婚約者たちは全員命に変えてもヴォルフを守るのよ」
いつの間にそんな話になったんだろう。僕が婚約者を守っているとはいわないものの、婚約者に守られる必要があるほど危ないことはしていないつもりだけど。
「今回は正座で勘弁してあげるわ。次やったらお仕置きなんだからね!」
ハイジは顔を赤くしている。恥ずかしいようなお仕置きはちょっと遠慮したいところだ。
「婚約者全員と混浴なんだからね!」
僕はもういたずらに外出するのをやめようと思った。




