182.禁書
「さあ! ついたよ!」
と言われても辺りに見えるのは書架と本棚だけだ。もうザ・図書館だよね、ここ。
「全然船じゃないと思うんだけど?」
僕の意見にユキノが頷く。
「おかしい。確かにここは港の座標なのに」
僕は凄いいやな予感がしていた。
「それって平面に限った話?」
案の定、レトは頷いた。
「たまにこうなっちゃうんだよねえ」
それってひとつ間違えれば土の中じゃんか! 笑い事じゃないよ!
「レトの瞬間移動魔法が売れない理由がわかりました」
クララが呟いたが、それはここにいる全員がよくわかったと思う。
「まあまあ。この直上は船で間違いないからさ。天井ぶちやぶっていこうよ」
「ダメダメダメ! そんなことしたら生き埋めになるでしょ!?」
レトは人間としての常識がないばかりか、普通の物理法則も理解しているか怪しいぞ。ぶち抜いたら絶対海水が勢いよく流れてきて僕たちは埋まるよね。
「ええー。僕の瞬間移動の魔法は上下には動けないんだよ」
ものすごい不便な魔法だな。もし、本当に土の中とか埋まったらどうするんだ?
「でも安心して。僕の瞬間移動は土の中とかはいけないから。少なくても人間が入る空間がないと瞬間移動しないんだ。多分」
さっきの呪文のおかしさを見てわかってしまったが、レトは魔法使いとしてはかなり未熟な部類だ。勉強を真面目にしていない学生がたまたま出来た魔法を使ってみたというレベルである。
「ここは幸い、人の手が入っているところのようですし、どこかに繋がっているから歩けば出られますよ」
クララは冷静なようだった。僕たちが多少なりとも混乱しているのをよそに脱出方法を考えていたのだ。なお、ユキノはレトを人間ではないものを見る目で見ている。
「それにしても、ここの本は素晴らしいです」
やっぱりクララは冷静ではなかった。近くにあった本を手に取り、持ってきたリュックサックの中身を全部捨てて詰め込んでいる。
「何してるの!?」
僕が聞くとクララは僕に五冊の本を持たせた。
「ヴォルフが喉から手が出るほど欲しいであろう本です」
本の題名は「魔法の使い方(生け贄編)」とか「人肉食べて魔法を使おう」とかヤバイ感じのものばかりだった。
「そこにある儀式を行えば魔法が使えるようになるかもしれませんよ?」
ごくりと喉をならすが、周囲の本を見て考えを改めた。
ここにあるのはいわゆる禁書と呼ばれるものではないだろうか。
僕は改めて回りを見渡す。
恐ろしい数の本があった。
おそらく、ここは世に出せない研究成果を封じ込めておく場所なのだろう。
「もしかしたら本当に使える研究成果もあるかもしれないけど、ここの大半は成果がなくて研究が止まった魔法の本だよ」
レトが補足してくれた。
クララは持っていた本をマジマジと見る。
「なんで、そんなものをこんなに保管してあるんですか……」
口調が明らかに落胆しているそれだ。
僕も冷静になって考えてみれば、ここにある本がすべて倫理面から禁止されているものだとしたら図書館都市自体が悪の巣窟になっていそうだし。
「因みに、本を保管しておく理由は、魔法使いが間違って有名になったら、ここの本を出して、世にばらされたくなければ成果を寄越せ!と脅すためらしいよ」
なに、その黒歴史博物館。
クララはそれを聞いて再び目を皿のようにして何かを探し始めた。
「クララ、なに探してるの?」
「え? 御構い無く。大したことではありませんし」
明らかに何か重要なものを探している。ここにある本の内容はたった今価値がないものだとわかったはずなんどけど。
「クララが探しているものが重要なものなら僕たちも手伝うよ」
クララは我に返ったように手を止める。
「重要度で言えばそこまでは……もしかして師匠の本があるかなと……」
次第に赤くなっていく。
「師匠はすごい魔工師なんですが、その研究成果を公表していないのです。カルラの暗殺騒動のときに自分ひとりだけさっさとリーベスヴィッセンへ逃げてしまって、逃げ遅れた私が捕まって手伝わされるはめに……」
なるほど、その師匠には恨み辛みがあるんだね。
でも、この雑多な本の中から探すのは無理な気がする。パッとみた感じでは整理されていないんじゃないかな?
「クロが探しましょう。ヴォルフ、すべての本の索引を作るのに少しお時間をください。その作業で一緒に帰りの道も検索出来るようにします」
クロは僕の横で憤慨しているようだった。クララの今の話で怒っているようだ。
前世でも感情はどこから生まれるのかという議論はあったけど、クロは思考を拡張したことで感情が生まれたような気がする。
いや、それ以前にも誉められると嬉しいぐらいの感情はあったかもしれない。
今回は他者の感情に同調して、怒ったと言うことが大切なポイントなのだと思った。
「じゃあ、クロ頼むよ」
僕はクロの成長をほほえましく思うと、同時に感情が芽生えたことで苦しんだり、間違えたりしないように注意しなければと思った。
クロは人間ではないので、感情に左右されるようなことはないのかもしれないが、なんとなく人間の子供の成長を見守っているような気がするんだよね。
「了解しました。索引を作成します」
クロは動きを止めると、声もなくなった。多分、索引の作成に全処理能力を回しているのだろう。
ちょっとだけ静寂が訪れる。
「索引の作成が完了しました。クララ、あなたの師匠の名前を教えて下さい」
「クランシーです。若いときも同じ名前を使っていたと聞いてますから、ここにもあるはずです。師匠の黒い歴史が!」
この世界でもそう表現するんだなあと妙な関心をしつつ、クロの回答を待つ。そこそこの情報量なので該当する本が見つかるまで時間がかかるのだろう。
「全検索が終わりました。該当する本は十五冊あります」
多いな! クララの師匠はどんだけ役に立たない研究してたんだ?
いや、前世でも役に立たない論文を書いている人はたくさんいたし、そういう論文を投稿している人もたくさんいた。
研究とはそういうものなのかもしれない。
「一番近いところに案内してください!」
クララは僕の肩にいるクロに向かって懇願した。
「あの師匠に一泡ふかせてやりたいんです!」
藁人形にもすがる勢いだね。そこまでクランシーという人はひどい人なのかな。
「任せてください。ヴォルフの婚約者を苦しめるものはクロが排除します!」
クロからレーザーが放たれたと思ったら通路を右に曲がっていった。
「あれ、それってどうやってるの?」
「カルラとハイジの魔法戦を見て空気でも代用できるのではないかと思って試したらうまく行ったのです」
つまり、クロは空気の密度を操って光の屈折率を操作しているということになる。
「凄いね……」
僕は素直に感心する。
「クロは論理回路を増やしたので少しは頭がよくなったのです!」
歩きながら、クロと話をする。ユキノはもう飽きたようで、近くにある本を眺めながら歩いている。
クララはレトから図書館都市の構造について説明を受けていた。
「ここから五分ぐらい歩いた本棚にあります。よく考えたらクロが取ってくれば良かったです」
「え? クロは飛べるの?」
「はい。クロは元々物質ですから、グラビィタで自由に飛べます」
うわ、それは盲点だった。
「通り道にある本は一冊だけですから、あとは取り寄せますね」
なにこの優秀な司書。
将来的になクロを司書にした図書館を建てたいなあ。
「あそこです」
クロから伸びる光の線を確認するとなにやら分厚い本を指していた。タイトルは「風の精霊の召喚方法」だ。
ここにある他の本と比べても普通のタイトルだった。
「割と普通だね」
「いえ、あの師匠のことですから、絶対に恥ずかしくなるような内容なんです!」
師匠はどれだけ弟子に嫌われているのでしょうか。僕がカルラにこんなことを言われたら泣いちゃうよ。
「では、クロが持ちましょう。内容を覚えます」
クロは浮かせて目の前に本を持ってくると、手を使わずに本のページを兵をめくり始める。
独りでにページがめくられるのを見ると、ちょっと血がたぎるよね。なんというか、魔法的というか。
他の本も来たようで、クロの回りに集まり始めた。その様子は前世で見たゲームの演出みたいだった。




