181.寄港
ハイジの容赦のない軍艦撃破ののち、僕たちは航路の関係上、図書館都市リーベスヴィッセンに寄港することになった。
「そういえば、ビルネンベルク兵を助けなくてもよかったの?」
僕が知っている船乗りの常識では、例え敵でも海の上で溺れていたら助けるというものだ。
「大丈夫。ビルネンベルク軍艦は補給艦が常に随伴しているから補給艦が助けてくれるわ」
なるほど。確かに軍艦だけで行動しているわけないよね。
「リーベスヴィッセンにはどれくらい滞在するの?」
滞在時間が充分にあるようなら、図書館に行ってみたいと思っていた。
「補給を済ませたらすぐに出港するわ。船を降りている時間はないわよ」
そうか。人目見るだけでもよかったんだけどなあ。
「ここには優秀な魔法使いがいるから婚約者を増やすのにはうってつけだけど、それは帰りね」
待て。誰がそんなことを言った!
僕の興味は女の子ではなく、本だし!
「それより荷物を積み込むのに邪魔だから船室にでも居てね」
僕たちはハイジと船員に追い出されると、船室に入った。
「暇です」
ユキノは船に乗ってからなにもしていない。正直、クロとタレットがあれば、ビルネンベルク海軍も手出しできるとは思えないぐらいだった。
「アテは何のためについてきたのか。海の上がここまで何も出来ないものだとは思いませんでした」
ユキノは自分の存在に疑問を持っているようだった。確かに釣りも出来ないし、輸送船だから船室も狭いし、回りは海しかないしで、なにもすることがない。
「うーん」
「クロは図書館に行くことを提案します」
「でも、図書館に行ったら出港に間に合わないんじゃない?」
クロが折角提案してくれたけど、ハイジは荷物の積込はすぐに終わるといっていた。
「どうやら図書館に瞬間移動の魔法が使える魔法使いがいるようです。帰りは送って貰えば充分に間に合うと思われます」
「テレポート! それは凄いけど、実際に送ってもらえるかどうかは別問題じゃない?」
「インテリゲンで集められた情報を分析すると、どうも飽きたようで、図書館都市から出たいので養ってくれる人を探しているようです」
うわー。ものぐさな人だなあ。
でもテレポートは魅力的ではある。なんでそれが一般に広がっていないのか気になるけど、教えを受けたい気もするな。
「じゃあ、行こうか。ユキノとクララもくる?」
「もちろん」
「行きます!」
「じゃ、クロは道案内ね」
「任せてください」
四人揃って船室を出ると、船員たちがあわただしく動いていた。僕たちは邪魔にならないように端に依りながら、時には船員の抱える荷物の下をくぐり抜けながら船を降りた。
誰かに呼び止められるかと思ったが特に何もなく、船を降りることが出来た。
「さあ、図書館目指して出発です」
ユキノが先頭に立って歩き始める。
船の上からも見えていたが、図書館は町の中心にあり、図書館から放射状に道が延びていた。道に迷うことは無さそうだ。
「遠くから見る限り図書館は大きかったけど何人ぐらいの魔法使いたちが研究してるんだろうね」
「この町に住むにはなんらかの魔法が使える必要があるようです。魔法が使えない人は最大でも三日しか滞在を許されないように結界がはられてました」
「クロはなんでも知ってるね」
「何でもではないです。インテリゲンで収集出来た情報だけです」
インテリゲンで取得できる情報は音声になったものに限られるが、地域に限定されると割と何でも知っている状態に近い気がする。
「あ、見えてきましたよ」
クララの指差す先にはパルテノン神殿のような石造りの荘厳な建物だった。視界に入りきらないほどの横幅を誇り、その屋根までが石造りでとても重厚な作りだ。
「凄いね」
「なんでも魔法の実験に失敗しても被害を最小限にするために建てられたとか」
いや、そこは結界魔法を先に研究しようよ。
「魔法に失敗することなんであるんですかね?」
ユキノは生まれつき魔法が使える妖精なので、そういう心配はないのだろう。
しかし、カルラがグラビィタに失敗したように人間は魔法を失敗することがある。原因は様々だが、魔力の使い方がそこまでうまくないのが失敗の大部分だと考えられている。
僕は魔法が使えないので、失敗する原因についてはそこそこ研究したけど、実践が出来ないので、いまいち実感がわかない。
「ユキノみたいに生まれつき魔法が使える妖精にはわからないかもしれないけど、人間には魔法を使うためには色々上限があるんだよ」
「そういえば、ヴォルフも魔法を使えないのでしたね」
「そうだよ。僕みたいに使えない人がほとんどだけど、クララやカルラみたいに使える人もいる。使える人の中でもうまい人と下手な人がいるんだ」
「妖精の中でも受肉がうまい妖精とそうでない妖精がいるようなもんですかね?」
「それに近いね」
「なるほど。人間も妖精も難儀ですね」
話ながら歩いて一番近い入り口までくる。
「クロ、ここから入っても目的の人には会える?」
「はい。ここから入ってまっすぐいったところに部屋があるはずです」
そこまで詳細にわかってしまうのはどうしてなのか。インテリゲンは音だけなので、そこまで内部構造を詳細にわかるはずがない。
「ここまで近くにくれば、レーザーを使った測量が可能になります」
僕の記憶が確かなら、レーザーを撃って跳ね返ってくる時間で距離を測定する原理だったはずだ。
「それはどうやってるの?」
「簡単なことです。レーザーごとに違う波動を持たせ、インテリゲンを組み込んだ『もの』に複数当たったら、それで距離を計算すればいいだけです」
三角測量をものすごい数行うようなものかな。そんなの人間は到底できないけど、クロは並列計算が可能な論理回路を持っているからできるのだろう。
「あ、あそこに窓口みたいなものがありますよ」
クララは窓口に掛けていった。
「なんか、手続きは要らないそうです!」
研究成果を盗まれたりしないのかな?
僕は不思議に思いながらも図書館の中に入っていく。中は吹き抜けになっており、本らしきものはなかった。
「あれ……?」
本が全くなかったので僕は不安になる。
「ここ、本当に図書館ですか?」
クララが僕の不安を口に出してくれる。
「そう思うのも無理はないさ」
クララの横にいた魔法使いのローブを纏った少女が話しかけてくる。スラリと身長が高く、カルラと同じピンクの髪だが、短く切られている。
口調が気障っぽく聞こえるのは僕がイケメンにいい感情を抱いていないからなのか。しかし、この女の子はイケメンだなあ。
「ここは図書館都市といいながら、本なんでほとんどないからね」
「ご丁寧にありがとうございます。私はクララ。旅の魔工師です」
「君は魔工師なのかい。それは稼ぐだろうねえ。僕の研究は金にならなくてさ。いつも貧乏なんだよ。僕はレト。いつも暇してるから、ここの案内をしてあげよう。もちろん無料だよ。クララみたいな美少女を案内出きるんだから役得というものさ」
あ、なんとなくレトの研究しているものがわかったぞ。
「ヴォルフ、レトが目的の魔法使いです」
クロが耳元で囁いてくれる。そうだよね。この人はヒモっぽいもん。
「レトはなんの研究をしているんですか?」
「ちょっと、瞬間移動する魔法をね。もう出来たと言えば出来たんだけど、それを買ってくれる人が中々いなくて」
へえ。買う人がいないのか。
瞬間移動なんて引く手あまただろうに、なんらかの制限でもあるんだろうか。
「クロは提案します。レトをヴォルフの婚約者にすることを」
空気を読まないクロが大きな声で話した。それにレトがぎらりと視線を向ける。
「あ、気にしないでください。クロはちょっと人間のことがわかっていなくて」
「いや、君は婚約者を募集中なのかい? もし、それが本当なら僕を婚約者にすることをしないかい? もちろん瞬間移動もつけよう」
凄い勢いでズイズイと近づいてくる。
「僕は婚約者なんて身分じゃなくてもいいんだ。愛人とか、なんならペットでもいい。僕はもう働きたくないんだ! どうだい? ヴォルフ、お買い得だよ?」
今のセリフのどこにお買い得情報があったんだろうか。むしろ、買いたくなくなるような情報しかなかったよね。
「婚約者にするためには、私たちを港に停泊中の輸送船まで瞬間移動させてもらう必要があります。ヴォルフの婚約者は実力者揃いですし、相応の実力を見せていただかなければ」
いつからそんなことになったの?という顔で僕とユキノほクララを見た。
「お安いご用さ。それで働かなくてもいいんならね!」
レトは呪文を唱え始める。
割と長い詠唱のようで浮かび上がる魔術式と合わせて完成するようだ。でも、何か足りないような気がする。
このままでは魔法が完成しないような。
「テレポート!」
何かはっきりする前にレトの魔法は発動した。




