180.海戦
バルド将軍はグローセンから大分進軍できたようで、グローセンから遠く離れたところまで兵を進めているようだ。
途中にあるリーベスヴィッセンは図書館都市の異名を持ち、魔法使いが数多く常駐している。しかも、権力者には決して味方せず、知識の探究に日々いそしんでいる。
そんな訳で、研究している魔法使いの邪魔をすると兵の損耗が両者とも甚大になるという予想が立ち、リーベスヴィッセンは戦禍に巻き込まれず平穏無事らしい。
そして、その先にあるシュティレンは非常に縦長の領地だ。王都の近くまで広い地域を支配している。
バルド将軍はこの領地の途中まで兵を進めているだろうと予想された。
ハイジやソニアに相談したところ、バルド将軍の買っていった食糧からすれば、シッティレン辺りで困窮することになると言うことだった。
シュティレンは宰相派よりの貴族が多く、激しくはないが、地味な嫌がらせや引き延ばし工作をされているのではないかと、アイリが予想していた。
確かに「全力をあげて取り組んでいるんですが、問題があって中々食糧を調達出来ません」と言われて食糧を小出しにされたらやりようがない気がする。
味方のふりして足を引っ張る人が一番いやな敵だ。
「では、新たなにバルド将軍へ積み荷を届けるのですが、本当にヴォルフも行くんですか?」
ハイジは心配そうに僕を見る。
「本当ならカルラが行った方がバルド将軍としても嬉しいんだろうけど、流石に主戦場にいきなりつれていくわけにはいかず、顔を知る僕が使者としては最適なんだよ」
僕以外にもクロとクララ、それにユキノをつれていく。クロがいればカルラとも連絡がとれるし、ドーラがカルラと居てくれればカルラが必要になったとき、そんなに時間をおかずに呼べる。
「それでも心配です」
「大丈夫だよ。船はそんじょそこらの軍艦に負けないぐらいの武装をしてもらったし」
タレットは固定運用をするのならカルラ以外にも使える。船の上での運用は初めてなので調整できるようにクララをつれていくのだ。
乱戦になるとは思えないけど、相手にも氷の魔法使いがいると乗り込まれる橋を作られる可能性があるので、ユキノをつれていくことにしたのだ。
「大丈夫。安心して。クロがいればヴォルフを守る」
心なしかクロの動きが滑らかになった気がする。それにしゃべり方も中々流暢だ。どんな改造を改造をしてもらったのか。
「クロは最近魔工を覚えたんです。それで『演算』を外出ししている見たいですよ」
僕の疑問に気がついたクララが解説してくれる。確かに元はタルと同じ性能の依り代を操れただけあって、頭はいいようだ。
というか学習スピードが半端ない。
「クロはどうやって演算してるの?」
外出ししている仕組みに興味があった。どうやってクロは思考を外出ししているのだろう。やり方がわかればインテリジェントな魔工具に応用が効くかもしれない。
「思考に必要な論理回路を小石に刻み込んでいます。思考結果のエラーはフィードバックさせてリアルタイムで再構築しています」
「何個ぐらい使っているの?」
「数えられないほどです。いや正確には表現を知らないだけです」
「二の対数で表せる?」
「十一点二五五……」
そのあとも数字が続くがその時点で人間の脳のニューロンの数を越えている。
「もう少し増やさないとヴォルフのサポートもまままりません」
多分クロは僕の考えを先読みしようとしているのだが、この調子ならそう遠くないだろう。
「あ、でも、もしかして移動すると論理回路を作り直さなきゃいけないの?」
「……あ」
クロは気がついていなかったようで愕然としている。藁人形だから表情まではわからないが、肩を落とすしぐさでよく分かる。
「クロはいったいなんのために……」
「各地に回路を作っておけばいいんじゃない?」
クロの話からすると回路自体はフィードバックしないと質が良くならないけど、クロ単体よりはましだろう。
「そんなことしても……いえ、各地に論理回路が出来て、それを繋げられるとしたら……」
クロは何かぶつぶつ呟きながら考え出した。
「流石、ヴォルフです! クロは各地に回路を形成し、その回路を相互接続することで、単に巨大な論理回路に止まらず、人間がするような議論が可能になり、クロはひとつ次元を上げることが出来るわけですね!」
そんな難しいことは全然考えてなかったけど、今クロが言ったような人工知能を古典的アニメで見た気がする。
「そうなるとクロは色々なところに行かねばなりません! 時間は有限です。急ぎましょう!」
やる気が空回りしそうなぐらい回転している。クロも本当の神様になるまでそんなに時間がかからないかもしれないなあ。
「タレットの制御もクロにしてもらうから、カルラと比べても命中率にそんなに違いはないと思います」
クララの手に持っているタレットは船に固定する台座とその上に磁力の反発で浮いているタレット本体があった。
船の動きがダイレクトに伝わらないように改造したらしい。
「出発するわよ」
ハイジに続いて船に乗り込んでいく。
これから僕たちは約一週間の船旅に出ることになる。バルド将軍の陸路の方が若干早かったのは強行軍をしたということもあるが、陸路の方がまっすぐで平坦なため移動しやすいのだ。
対して海路は船が大きいということもあり、一度沖に大きくでなければならず、自然に吹く風がこの季節は進路とは逆になるためジグザグに進まざるを得ず、どうしても船脚が遅くなる。
それでも、大量の荷物を運ぶのは船の方がいいらしい。
ドーラに運んでもらうという案もあったけど、流石に何千人分もの荷物は運べなかった。何よりそれが入り、ドーラの速度に堪えられる入れ物がないのだ。
船に皆が乗り込むとすぐに帆がおろされる。前世では帆船は別の船に引っ張られて港を離れてから帆を張ったが、この世界ではハイジのように風の魔法使いがいるので帆船を思った方向に動かせる。
もちろん、ずっと風の魔法で動かすわけにはいかないので、自然の風を受けて動かす方が多い。
ハイジが風の魔法で帆に風をためる。船はゆっくりと動き始めた。
こうして僕たちの船旅が始まった。
◆ ◆ ◆
「敵襲!!」
それは二日目の朝のことだった。僕たちの行く手に五隻の船影が現れる。朝靄のせいで形しかわからないが完全にビルネンベルク海軍の船影だ。
「向こうとしては、こちらが敵とはわからないんじゃないの?」
僕は疑問に思う。僕がグローセンを占領していたことは、まだ伝わっていないと思うし、海軍が一般商船を襲うとも思えない。
「降伏勧告があったんです」
ハイジの手元には一枚の羊皮紙が握られていた。
「それは?」
「あの軍艦から来た書面です」
見せてもらうと「この先に荷物を運ぶ商船はすべてビルネンベルク海軍が接収する」と書いてあった。
乱暴なことこの上ないけど、署名は僕が知っているビルネンベルク国王ではない。「ジラフ」と書いてあった。
ジラフはおそらく宰相派の王位継承権を持つものなのだろう。
「相手は相当準備しているようね」
ハイジの言うとおりだった。王が亡きあと、ビルネンベルクの実権を握るどころか、その後に起こるバルド将軍の行動まで予測の範囲にあり、それについて前々から準備して、今こうして海上封鎖をしたのだろう。
大きな船というのはどこでも通れるわけではないから、絶対に通るポイントがある。それで広い海の上で待ち伏せが可能になったというわけだ。
「どうする? 私は蹴散らすつもりだけど?」
相手に降伏してしまってバルド将軍へ物資を届けることが出来なくなる。
「もちろん、戦うよ」
でも、相手はこちらも同じぐらい大きな軍艦が五隻だ。それを見て即決で戦うことを決めるハイジの度胸は凄いなと思う。
「じゃあ、先手必勝ね。クロ!」
「了解! 艦長!」
「船長よ!」
「了解、船長! 船首側タレット三百機を起動します」
「目標! 前方ビルネンベルク海軍軍艦。撃て!」
「目標、ビルネンベルク海軍軍艦。撃ちます!」
いつの間に練習したんだろう。命令系統がしっかり出来ている。
クロの発生と同じに光の筋が何本もビルネンベルク軍艦に伸びる。
数瞬後に破壊音が轟いた。
クロが撃ったレーザーは寸分たがわずビルネンベルク軍艦のマストを直撃。軍艦はその船影を変えていく。
マストをやられた軍艦は機動力が全くなくなったと言ってもいい。風の魔法で船を動かそうにも帆がなければ、その効果はないに等しい。
「さて、次はあれを航路の邪魔にならないところまで移動させるわよ! クロ、お願い!」
帆をダメにしておいてどうやってやるんだろうか?
「了解!」
クロが何かを唱えたかと思ったら、軍艦が道を譲るかのように左右に別れ始めた。
僕がどうなっているんだろう?と首をひねっていると、クララが「スクリューです」と教えてくれた。
クロはスクリューを発明し、船の推進力として利用することを思いついたらしい。それだけでも凄いと思うのだが、相手の船につけてその行動を自由に操ってしまうとか、完全にチートだ。
「さあ、進むわよ! みんな気を抜かないようにね!」
船が移動できなくなったと言っても、相手の船の近くを通ることになるので、なんらかの移動手段で乗り込んでくるかもしれない。油断しないことに越したことはない。
「クロ、もういいわ。沈めて」
「了解!」
またタレットからレーザーが撃たれた。今度は左右にわかれた軍艦の土手っ腹に突き刺さる。
船底に穴を開けた軍艦たちは次第に沈んでいく。
「ヴォルフに逆らうからこうなるのよ!」
ハイジのセリフを聞いて僕はそこまでするつもりはなかったと思った。




